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砂漠の月  作者: ちあき
第六章 放たれたカナリア
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新都の暗躍部隊

天幕の中でクオリカは急いでリョウを受け取った。


「こ、これはいけません…!!すぐに治療を始めないと!!」


リョウの呼吸と脈は乱れ、冷や汗に全身が濡れている。

血圧は低下し、激痛にうめき声が止まらない。

クオリカとキイラギはすぐにリョウを街へ連れて行くべきだと判断したが、その前にセガンが立ち塞がった。

キイラギは痛烈な舌打ちをした。


「どけ!!こっちは一刻を争ってるんだ!!」

「…シエル様を、こちらへ」

「何!?」

「この責任は、シエル様自身でとって頂く」

「いい加減にしろ!!今それどころか!!新都軍はもうそこに来てるのだぞ!!」

「うるさい…!!クオリカ!!そいつを私に寄越せ!!」


セガンは鬼の形相で掴みかかってきた。

こんな事態を招いたことは世紀の大失態であり、末代までの恥だ。

ここは何としてもリョウに責任を負わせ弁明をさせる必要があった。

だがいつも従順なクオリカは、眉をつり上げると断固として受け渡しを拒否をした。


「セガン様!!僕はリョウさんを病院へ運びます!!これは医師としての判断です!!」

「何だと!?」

「貴方は迷える人々を導く最も尊いお方のはず。ここでリョウさんを死なせてはもう本当に取り返しのつかない事になりますよ!!」

「貴様…!!」


セガンは拳を振り上げたが、その間にキイラギが割って入った。


「おっと、無理をするなよ老いぼれ。力では俺に勝てないぜ」

「キイラギ!!貴様ぁ!!」


セガンは衛兵を呼んだが、兵たちは逆に悲鳴をあげてセガンに飛びついた。


「セガン様!!こちらの指示をお願いします!!各隊長だけではここはまとめきれていません!!」

「このままでは余計な死者が出ます!!セガン様!!こちらにも指示を!!」


戦場に立つのはセガンの仕事ではない。

だがこの混乱の中では誰もがまとめ役を欲している。

キイラギはセガンが信者に掴まっている隙にクオリカを連れて走り出した。


「こっちだ!!来い!!」


向かったのは森に添う剥き出しの崖だ。


「き、キイラギ様!!こっちでは街と逆方向です!!」

「この先にはフライト盤がある!!あれに乗れば西の断崖のエメスに飛び、その先のフライト盤に乗れば街まで一気に飛べる!!」

「そんな所に!?」


争いの最中を駆け抜けるリスクはあるが、それが最短距離になるはずだ。

キイラギは躊躇いなく戦場に乗り込んだが、生まれて初めて戦地に立ったクオリカは足がすくんだ。


「ひっ!!うわっ!!」

「しっかりついて来い!!」


キイラギはクオリカを先導しながら敵と味方の間を上手くすり抜けた。

なんとか目指していた崖の麓まで辿り着いたが、フライト盤まで後少しという所で黒いローブを着た信者が八人立ちはだかった。


「なんだ貴様ら!?そこを退け!!」


キイラギが剣を向けても信者たちは怯みもしなかった。

それどころか揃って薄気味悪い笑みを浮かべながらリョウを指差した。


「そのシエルを…いや、新都のヒガ・リョウを返してもらおうか」

「…何?」


信者たちは揃ってローブを脱ぎ捨てた。

その下に着ているのはウォーター・シストではまず見ない素材の黒い服だ。


「お前ら…新都のスパイか!?」


歳は二十代から五十前後までバラバラだが、纏う雰囲気は揃って同じ曲者のものだ。

その中でも三十半ばの女はにやりと口角をつり上げた。


「こっちでヒガ・リョウも探せとは言われていたけど、探すまでもなくて助かったわ。さあ、その子をこっちへ。急いで手当てをしないと死ぬわよ?」

「一体どうやって…いつから潜り込んでいた!?」


女達はじりじりと距離を詰めてきた。

この気配を押し殺した一種独特の動きは、暗殺者としてかなりの場数を踏んできた者の動きだ。

それが分かってしまうキイラギは皮肉な笑みを浮かべた。


「…貴様らは新都の影といったところか。だが残念だったな。現れた新都軍はじきに追い返されることになる」

「ふふ…。あの馬鹿みたいに甘い報酬で集まった傭兵どもは我らの単なる隠れ蓑よ」 

「何…?」

「アレの情報は既に渡し済み。お前らは精々目の前の敵を嬲って遊んでいるがいい」


キイラギは一気に毛を逆立てた。

女の言わんとするとは明白だ。

今目の前で暴れている傭兵軍に混じって何かがウォーター・シストに潜り込んだのだ。


「新都人め!!何を企んでやがる!!」

「じきに分かるわ。…お前が知ることはもうないけれどね」


女の合図で黒服達は一斉に武器を構えた。

多勢に無勢。

相手は一対一でも勝てるか分からない実力者の上に、こっちは戦えないクオリカとリョウがいる。

まともに戦っても一片の希望もないが、それでもキイラギは剣を構えた。


「ま、待ってくれ!!リョウさんは一刻も早い治療を必要としている!!こんな所で争っている間に手遅れになるぞ!!」


声をあげたのはクオリカだった。

クオリカはどう見ても無謀に抗おうとするキイラギに訴えた。


「キイラギ様、ここはリョウさんの命を優先すべきです。彼らがすぐに治療に取り掛かると約束してくれるのならば、僕はリョウさんを彼らに託します!!」

「こんな奴らにリョウをみすみす渡すと言うのか!?」

「渡さなければ、貴方も僕もやられ、おまけにリョウさんは手遅れです!!違いますか!?」


キイラギはぐっと詰まった。

クオリカの言うことは全くもってその通りだからだ。

女はいつの間にか両手に持っていた細い小太刀を懐にしまい直した。


「その通りよ。さぁ貴方、そのままリョウをこっちへ渡しなさい」

「…本当に、助けてくれるんですね?」


クオリカはキイラギの制止を振り切り、リョウを女に手渡した。


「ありがとう。馬鹿な男」

「!!」


クオリカの目の前に鮮血が飛び散った。

それが自分のものだと認識する前に地面に叩きつけられる。


「いがっ!!」

「心配しなくてもリョウは助けるわ。…リョウはね」

「貴様…!!」


キイラギは女に飛びかかったがその横から他の黒服達が応戦してきた。

女は壮年の白髪男にリョウを渡すと声を張った。


「もたもたしている暇はない。リョウを森へ。すぐに応急処置を取らせなさい。夕刻には任務を終えたレスターが迎えに来る。リョウを連れて夜には新都へ帰るわよ」

「はっ」


キイラギは攻撃を弾き返しながらも耳を疑った。


「夜までに新都にだと!?そんなこと不可能に決まっている!!」

「ふふ。不可能でない物を、お前達は持っているだろう?」

「なに…?…まさか、お前らはリバス護衛軍の…!!」

「察しのいい男ね。そうよ、死の太陽にはアレが不可欠なの」

「死の太陽だと!?」

「あんた、中々惜しい人材だったけど残念だわ。消えなさい」


女の一声を合図に、キイラギは降る程の刃に襲われた。

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