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砂漠の月  作者: ちあき
第六章 放たれたカナリア
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取り戻せない時間

ハイトラが献身的な看病をした甲斐もあり、バンビの容態はすっかり安定していた。

額に乗せたタオルを取り替えていると、ずっと閉じていた目が薄っすらと開いた。


「う…んん…」

「ばんび?大丈夫か?」


バンビは目をこすりながら体を起こした。


「あえ?まだよる?」

「もうすぐ朝だぞ」


ボサボサ頭に寝ぼけ顔とやや情けない姿だが、これはいつものバンビだ。

ハイトラはほっとすると嬉しそうにした。


「よかった」

「はぇ?」

「ずっとあのままだったらどうしようかと思った」

「あのまま…??」

「何も覚えてないのか?」

「んん…?」


バンビはふにゃふにゃ何事か言いながらまたベッドに転がった。

ハイトラはまだ眠そうなバンビをそっとしておくことにした。

水でも飲もうかと立ち上がったが、腰に巻いていた毛皮をくいと引っ張られた。


「一人にしないでぇ…」


媚薬に浮かされていた時とは違い、なんとも色気のない言い方だ。

ハイトラはくすりと笑うとベッドに座り直した。


「じゃあもう少しいるよ」

「…ずっと、いて。あたし、また頑張るからぁ…。捨てないで…母さん…」


ハイトラは驚いてバンビを見下ろした。

普段は明るくて、ちょっとおっちょこちょいだけど陰りなんて微塵もないバンビからそんな言葉が出たことが意外だった。


「…オレなら、ずっとそばにいてあげるのに」


よしよしと眠れるバンビの頭を撫でる。

優しいまじないをかけてから、ハイトラはバンビのそばで丸まり眠った。

夜が明け、日が高く昇る頃にはバンビはすっかり全回復していた。

だがそうなると今度はじっとなんてしていられなくなる。

ハイトラが止めるのも聞かずに、バンビは部屋を出ようとしていた。


「ちょっと待ってばんび!!」

「だから、待ってても仕方ないじゃない。大体セオはどこにいるの?私、いったいどうなってたの?」

「だから、ばんびは変な薬を飲んでおかしくなってたんだってば。まだ勝手に動くのは良くないぞ!」

「そのおかしな薬って何よ!?」


言い合っていると扉が内側に開き、セオが姿を現した。


「セオ!!」

「セオぉ!!」


待ちわびていたハイトラはセオにしがみついた。

セオはすぐに正気のバンビに気付いた。


「バンビ…、元に戻ったのか」

「う、うん?なんか倒れちゃったみたいで、ごめん…」

「覚えてないのか?」

「それハイトラちゃんにも言われた気がするけど、私何かしてた?」

「いや…」


セオは安堵したものの、バンビから思いきり目をそらし不自然に離れた。


「セオ?どうしたの?」

「いや…。それよりお前ら、新都が攻めて来る話は聞いているか?」


唐突に言われてバンビとハイトラはきょとんとした。

セオ自身、この話は今さっき大司教に聞かされたばかりだ。

世間の流れをかいつまんで話すと、バンビは驚愕して立ちすくんだ。


「え!?だ、だって、ゼロヴィウスでは何も教えてくれなかったわ!!それにカズラだって会った時に一言もそんなこと…!!」

「誰だ?」


バンビはすっかり忘れていた大事なことを思い出した。


「そうよ!!そうだった!!私あなたの探していたシィちゃんに会ったのよ!!」


今度はバンビがカズラと出会ったことを簡単に話した。


「…ってわけで、二人は先に砂漠へ向かってるわ」

「いたのはシュルナーゼだけか?」

「ええ。もう一人はアイト様と別ルートで砂漠へ向かってるって」

「そうか…」

「安心して。カズラはちゃんとシィちゃんを一人の人として大事に扱ってたわよ。それを証拠にシィちゃんは懐いてたもの」

「あのシュルナーゼが?」

「そう、あの人見知りのシィちゃんがよ」


ずっとあの二人がどんな扱いを受けているのか気になっていただけに、バンビの話はセオの心を少なからず軽くした。

セオはすぐに顔を引き締めると話を戻した。


「バンビ、ハイトラ。じきに新都とウォーター・シストはまたぶつかる。明日、大集会は取り止めになり代わりにサンクラシクス軍が遠征の為に森の入り口へ集結することになった」

「サンクラシクス軍が!?」

「リョウはそこで演説を任された。それが終われば、シエルとしての役目を下ろされる」

「え…じゃあ!!」

「ああ。ここから出られることになった」


ハイトラは目を輝かせた。


「本当か!?じゃあまた四人で旅の続きができるんだな!?」


セオは何とも言えない顔になった。

バンビは嫌な予感に眉を寄せた。

そもそも、こんなに簡単に話がつくわけがない。


「…違うの?」

「…」

「セオ」


バンビはセオに詰め寄った。


「ねぇ、まさかセオは残るんじゃないわよね?」

「…」

「そんなの駄目よ!!駄目って言ったじゃない!!四人で出ないと意味がないわ!!」

「バンビ、今を逃せばリョウがどうなるか分からない。最悪正体を知られればその場で惨殺される危険性もある。それに前も言ったが俺一人なら逃げ出すことくらいわけはない」

「そんなの、何の保証もないじゃない!!相手だってどんな手を使ってくるか分からないわ!!それにリョウが納得するとも思えない!!」

「あいつに話はつけてきた」

「え…」


バツの悪い顔をするセオをバンビは見逃さなかった。


「リョウに、なんて言ったの?」

「…」

「ねぇ、何て言って話をつけたの?」

「お前には関係な…」

「あるわよ!!」


バンビはセオの腕を掴んだ。


「どうせ心にもないことを言って突き放してきたんでしょう!?あんたがリョウを追い詰めてどうするのよ!!」

「じゃあ他にどうしろと言うんだ!!」


怒鳴り返されてバンビはびくりと身を強張らせた。


「…お前のことだってそうだ。これ以上ここにいていいことなど一つもない。今確実にお前たちが出られる方法は他にないんだ」

「セオ…」


セオは辛そうに顔を背けた。


「…頼むからこれ以上ごねないでくれ。無意味に傷付けるのは、もう沢山だ」


それだけ言い残すと、セオは部屋を出て行った。

バンビはぎゅっと締め付ける胸を押さえた。

ハイトラも困惑しながらセオの去った扉を見つめている。

もう、本当に終わりなのだろうか。

少し前までの、四人で笑いあっていたあの楽しい時間は取り戻せないのだろうか。


「は、ハイトラちゃぁん…」

「泣くなばんび」


ハイトラはバンビを慰めながらもどうすればいいのか途方に暮れた。

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