不吉な一報
時は数日遡る。
ルナハクト南部基地では今までにない緊張感に包まれていた。
報告されたのは、新都のグレイシス一族が総戦力進軍を開始したというものだった。
「新都め…。遂に本格的に動き出したな」
東南西と三つある基地の統括者であるゼンは、次々と入る情報を元に唸っていた。
新都が本気で攻め入るつもりならルナハクトだけでは抑えきれない。
かといって全面戦争でもない限りウォーター・シストから軍を呼ぶのも困難だ。
その匙加減や判断は非常に難しいものだった。
ゼンの隣では四隊長の一人、ライコオが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ゾラディウス軍も動き出すのなら迷わずこっちも増援を頼むべきだが…。本当にグレイシスだけなんか」
「ああ。だがどうも狙いがよく分からんな」
グレイシス一族総出ならばその辺の小国でも圧することが出来る戦力だ。
ルナハクト殲滅だけが目的だとすれば規模が本格的すぎる。
だがウォーター・シストを視野に入れているのならばこの手勢ではどう考えても足りない。
森という天然の要塞を乗り越えた先には、正規軍もゼロヴィウスも丸々控えているのだ。
「ゼン。アイトとカズラはいつになったら戻るんじゃ。こんな時こそ一人でも多く白塵刀の使い手は必要だろうが」
「以前のように砂嵐がぶつかる可能性も考慮すればどちらにせよ白塵刀にだけは頼れん。ゼロヴィウスには応援を頼むべきだろうな」
燃えるような赤髪を一撫ですると、ゼンは大きな椅子から立ち上がった。
司令室を出ようとしたが、その手前で扉が音を立てて開き黒髪をオールバックにした背の高い男が飛び込んできた。
「ゼン!!」
「騒がしいぞ、ベル」
「グレイシス軍はルートX-12を選んだ。現れるのは東側からだ」
「何…?」
「悪い。てっきりガン・グレイシスと同じ西ルートだと思い込んで発見が遅れた。それにしてもわざわざ以前と別のルートを通る意味が分かんねえ」
ゼンは太い腕を組んだ。
「…東基地の連中に警戒するように呼び掛けておけ。あそこは森からは外れているが念のため襲撃に備えさせる。それから布陣を東寄りに組み直すぞ」
「新都人め…。一体何を考えてるんだ」
「どう動こうが叩き潰すまでよ。この砂漠では俺たちより強い奴はいない」
勝算は充分にある。
長い年月をかけて、今やルナハクトも過去最高の戦力を誇っているのだ。
誰もがそう信じ、開戦に向けて気を高ぶらせていた。
だが後日ウォーター・シストへ届いたのは、砂漠東基地が占拠されたという、まさかの不吉な一報だった。
ーーーーーー
グレイシス軍がルナハクト東部基地を制圧したという知らせは、瞬く間にウォーター・シスト全土に広がり衝撃を与えた。
アイトは居ても立っても居られず、ゼロヴィウス最高指揮官テッド・パングの元を訪れていた。
「お忙しい時にすみません、パング指揮官」
「こんな時にお前がウォーター・シストにいるとは驚いたな。だが新都人であるお前がこのタイミングでゼロヴィウス本部に現れるのは少し思慮が足りないのではないか」
テッドは不快感を隠そうともしなかった。
ゼンはアイトを高く評価しているようだが、テッドからすればアイトはただ少し人より白塵刀が上手く使えるだけの若造だ。
それよりも官僚の実子であることの方が遥かに問題だと認識もしている。
アイトもそれは充分承知の上だったが、今はそれでもルナハクトの現状を正確に把握したかった。
「取り次ぎを振り切ってまで直接押しかたことは申し訳ないと思います。ですがゼンに託されたこちらの極秘事情の件もあります。少しだけお時間を頂けないでしょうか」
「…」
ルナハクトはゼロヴィウスの数ある部隊の中でも地位が高く、しかも森を経ているせいでほぼ完全独立している。
それを統括するゼンは、今や最高指揮官であるテッドと対等として公然と認められている。
そのゼンの名を出されては、いかに意にそぐわなくとも無視をすることは出来なかった。
「…仕方がない。先に話を聞こう」
テッドは人払いをさせると客間にアイトを連れて行った。
双方に時間を無駄にするつもりはない。
アイトはまず、ずっと報告を保留していた現状をざっと話した。
セリー達のことは大地の意思だと言ったところで伝わらないだろうから、とりあえず砂漠の民である可能性が高い者として話を進めた。
テッドは終始眉間に皺を寄せていたが、とりあえずは黙って聞いていた。
一通り報告を終えると、やっと東部基地について話を持っていくことが出来た。
「東部基地は森からも離れています。役割といえば南部基地の補助や応援が主で、間違ってもグレイシスが総出で制圧しに来るような重要性はないはずなのですが…」
「ウォーター・シストへ進軍する為の拠点にするつもりなのかもしれん。今こちらからもベーグル第二とキシャ第五隊までを砂漠に向かわせている。あまり森の道を削りたくはないが致し方あるまい」
一度に大勢の人数が通れば自ずと森の道は広がってしまう。
新都からの侵入を避ける為に、ルナハクトの独自ルートでも今までは森に跡が残らぬように最新の注意を払っていたのだ。
アイトは一度会話を切ると、一番聞きたかったことを口にした。
「パング指揮官。ゼンは…、南部基地は今どうしているか分かりますか」
「グレイシスは東部基地に籠城して動こうとしない。ゼン達は援軍を待ちながら基地を取り戻す為に奔走してることだろう」
テッドの物言いに悲壮的な感じはしない。
ということは、どうやら南部基地は全体的に無事なようだ。
アイトは内心胸を撫で下ろしながらも、目まぐるしく頭を回転させ考え込んだ。
「援軍は砂漠へ辿り着き次第ゼンと共に東部へ向かうんですよね。必然的に南部は手薄か…」
「脅威となる敵は東部に集中してるんだ。背後から突いてくるような大軍が押し寄せるのなら話は変わるが、そうでないのならグレイシスを追い出す事に尽力すべきだろう」
「それは、そうですが…」
「先程サンクラシクスからも連絡が入った。もしもの時に備え、軍を森側へ配備して頂けるそうだ。砂漠の動きは逐一西基地のティアン達に見張らせる。これで問題はないだろう」
確かに、テッドの言う通り対策と布陣はこれ以上ないくらい強固なものだ。
それでもアイトは一抹の不安を拭うことがどうしても出来なかった。
テッドに時間を取らせたことを丁寧に詫び、ゼロヴィウス本部を後にしても暗澹たる思いは失せるどころか膨らむ一方だった。
「…やはり、新都の思惑が不透明すぎる」
長い目で見れば、どう考えてもグレイシスの一手は新都にとって悪手でしかない。
そして新都がそんな甘い見通しなど決してしない事を、自分は骨身に染みて知っている。
アイトは人通りのない小道へ足を向けると、あまり人に知られていないフライト盤へと向かった。
後をつけられていないか入念に確認してからフライト盤へ乗る。
飛んだ先は殺伐とした景色が広がる大渓谷だった。
体を持っていかれそうな強風を横切り、歩くこと三十分。
大きな岩陰に身を隠すように滑り込んだアイトは、左腕につけていたシルバーの装飾品を取り外した。
一見何の仕掛けもないシンプルなバングルに暗証番号を押すかのように指を這わせる。
バングルが淡く光ると、その場で一時間以上待った。
静かに揺れていたバングルの光は、やがてチカチカと点滅を始め、そこから声が聞こえた。
「…アイトか」
「ああ」
アイトはやっと繋がった相手に率直に切り出した。
「新都は今どうなっている?ルナハクトはグレイシス軍と砂漠東部でぶつかったようだが、ゾラディウスやパンドラ一族も進軍を開始したのか」
「いや、二族に動きはない。各官僚にも大きな兵力が動いた形跡はないが…代わりにごろつきの傭兵共がまるで付け焼き刃の軍のようにかき集められている」
「傭兵だと?」
「ああ。流石にこっちも軍事機密までは探れんが、かなりの高額をはたいて人を集めたのは確かだ。官僚共が何を企んでいるのかは今一把握出来ていないが、ただクルハによるとカナリアが動き出したようだ」
「カナリアが?」
アイトは考える顔になった。
「…やはり、新都には何か明確な狙いがあるな」
「恐らくな」
「他に引っかかった情報はないか?」
「目ぼしいものはないが…、そういえば死の太陽の話が出たようだ」
「死の太陽…」
一つ落とせば国の三分の一が一瞬にして消え失せるという古の兵器。
新都は地中深くにそれを隠し持っていると言われているが、打ち込む手段がないのが現状のはずだ。
「馬鹿なことを。あんな諸刃の剣など…」
「その為の傭兵かもしれんな。そいつらを使い捨てるつもりで死の太陽をウォーター・シストまで運ばせ起爆させるか…」
「4t以上あるという爆弾を?あんなもの、エアカーでもバギーでも軍車でもどうにもならないさ。どちらにしても新都の最終目的はウォーター・シストの吸収だ。丸焼きにしても意味はない」
色々模索している中で、アイトはふと別のことが気になった。
「…そういえば、リョウはどうしてる?」
「…」
「こちら側で見たいう話を聞いたのだが、新都にはいないのか」
相手は忌々しそうに舌打ちをした。
「いない。もうひと月以上前だ。森に消えた」
「森?」
「ああ。クルハが一度砂漠で見つけたようだが、その後森へ消えた。ウォーター・シストに行き着いた可能性がないとは言えないな」
「リョウは僕が生きていることも、ましてやルナハクトにいる事も知らないはずだ。それなのに何故…」
「知らん。あいつが馬鹿な新都に利用されるのだけは断固阻止するが、勝手に飛び出て何処ぞで野垂れ死んでも俺は責任持たんぞ」
「…」
アイトの色素の薄い右目に苦悩が浮かぶ。
だがすぐに背を伸ばすとバングルを持ち直した。
「分かった。また連絡する」
「あまり通信は出来ないぞ。お前も身の振り方に気をつけろ」
「ああ。新都にまた何か動きがあったらその時は頼む、レオ」
相手はふんと鼻を鳴らすと通信を切った。
アイトはうんともすんとも言わなくなったバングルを慎重に左腕につけ直した。




