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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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媚薬のバンビ

セオが飛び出して行った部屋に、一つの影が忍び込んだ。

影は扉に内側から鍵をかけると聞こえてくる熱い呼吸に近付いた。

だがソファに横になっていたのは予想とは全く違う人だった。


「な…なによっ!!どうしてあなたが薬を飲んだの!?」


バンビはその声で目を覚ました。


「あ…あなたは…」


狂おしいほどの目でバンビを見下ろしていたのはルテだった。

バンビは苦しい胸を押さえながら不思議そうに辺りを見回した。


「…セオは?」

「…」

「セオ…いないの?」


熱に浮かされながらセオを呼ぶ姿に、ルテの中で溜まりに溜まった嫉妬が一気に溢れ出した。


「セオ様が振り向かないのは、この女のせいなのよ…」


テーブルのカップに手を伸ばすと懐から出した赤い薬を残らず放り込む。

それに水を注ぐとルテはバンビの前に立った。


「お前さえいなければ…」


震える手でカップをバンビの口元へ近づけようとした時、ガチャガチャと扉を開こうとする音が聞こえた。

ルテはハッと我にかえると急に震えだした。

真っ青になり逃げようとするもここは二階で窓からも逃げられない。

そうこうしているうちに鍵は外され扉は音を立てて開いた。


「リオ!!」


飛び込んできたのはセオと大司教、そして医師が一人。

セオはルテを見つけると顔色を変えた。


「お前…。お前がバンビに何かを飲ませたのか!?」

「せ、セオ様…!!ち、違います!!違います違います!!」


否定するも手にしたカップに真っ赤に染まった液体がなみなみ揺れている。

怒りを見せたのはセオより大司教セガンだった。


「この…たわけ者が!!毒を盛るとは一体何を考えておるのか!!」

「違います違います!!私は神に誓ってそんなこと…!!」

「ではこれは何か!!」


ガタガタ震えるルテの手からは赤い液体がこぼれ落ちている。


「セガン様…わたし…、私はセオ様にどうしても振り向いて欲しくて…」

「まさかセオ様に一服盛ろうと企んだのか!?」

「で、でも!!セガン様が必ず今週中にはなんとかしろと…!!」

「ものの分別も出来ぬとは呆れたことだな!!」


医師はバンビの瞳孔を確認し、脈を測った。


「これはよくないな」

「バンビが飲んだ薬は一体何なんだ!?」

「それは本人に聞く方が早そうだ」


ルテは涙ぐむと震える声を出した。


「ご、ごめんなさい…。あれは南の国で有名な媚薬と、頭の動きをしばらく鈍くする遅効性の薬をすり潰して混ぜたものです…。どちらも体に害などないはずなのですが…」

「混ぜた?」


医師は恐い顔になった。


「素人が薬と薬を混ぜ合わせるとはなんと愚かなことを。いいか、薬と毒とは常に隣り合わせなんだ。薬師に特別厳しい認定証が必要なのは、それ相応の知識がなければ危険だからなんだぞ」

「す、すみませんでした…」


セガンは部下を呼び泣きじゃくるルテを部屋から退室させた。

医師はルテの残した赤い液体をしばらく調べた後、もう一度呼吸の落ち着かないバンビを診た。


「緊急性はなさそうだが目は離さない方がいいだろう。下手をすれば幻覚を見て窓から飛び降りる危険性もある。今夜はこまめに水分補給をさせて薬を体から出させることが大切だ」


とりあえず命に別状はないと言われセオはやっと詰めていた息を吐いた。

普段冷たい態度しか見せないセオのこの反応に、セガンは僅かに笑みを浮かべた。


「女をお選びなさらないとは聞きましたが、こちらの方が本命でしたか」


セオは無表情に戻ったが言い返す気にもならない。

この男に借りを作ったことにも内心舌打ちをしていた。


「何かあればまたすぐにでもお申し付けください。それでは私たちは失礼致しますよ」


セガンは医師を連れて部屋を出て行った。

セオは不機嫌に扉を睨んでいたが、いつまでもバンビをソファに寝かせておくわけにもいかない。

ため息をこぼすと、そっと持ち上げベッドに寝かし直した。


「…セオ?」


バンビは薄っすらと目を開いた。


「バンビ、水は飲めるか?」


セオはグラスに冷たい水を注ぎ、バンビに差し出した。

バンビは手を伸ばすもののグラスを掴むことさえままならない。

セオはバンビの隣に腰掛けると上半身を支え起こし水を飲ませた。

バンビは大人しく水を飲んでいたが、半分程で止まると苦しそうにセオにもたれかかった。


「もういらないのか?」

「…うん。…ううん、いる」


バンビは弱々しくセオの服を握りしめた。


「いるよ。セオ、…行かないで」

「…」

「ずっとここにいて…。お願い…」

「しっかりしろ。お前は今薬のせいで一時おかしくなっているだけだ」


寝かせようとしたが、バンビはしがみついて離れない。

間近で見上げる大きな瞳は熱に潤んでいた。


「セオ、消えないで。私、ずっとセオのそばにいたいよ…」


吐息のように囁くバンビに、セオは全くどう対処すればいいのか分からなかった。

困惑していると、バンビは目を閉じそのまま赤い唇を寄せセオに口付けた。

数秒間、セオは完全に真っ白になった。

最後の力だったのかバンビはすぐに崩れ落ち意識を手放した。

セオが呆然としていると、間の悪いことにそこで扉が開きハイトラがひょこりと顔を覗かせた。


「セオ」


セオはベッドから飛び離れるとツカツカとハイトラの元へ歩き、がしりと両肩を掴んだ。


「遅い!!」

「えっ、お、おぅごめん。…セオ、顔おかしいけど熱でもあるのか?」

「俺じゃない!!おかしいのはあいつだ!!」


ハイトラは目を白黒させながら様子のおかしいセオから離れ、ベッドを覗き込んだ。


「ばんび…?」


バンビの状態はセオとは比べものにならないくらい悪そうだ。

ハイトラはすぐにタオルを絞って持ってくるとバンビの汗を拭った。


「ばんび、ばんびどうしたんだ!?変な匂いが混ざってる。何か悪いものでも食べたのか!?」


心配そうに呼びかけながらもテキパキと楽に寝られるように衣服を緩め上掛けを掛け直す。

どう見てもこの場に適任なのはハイトラのようだ。


「バンビは薬を盛られたようだが、命に別状はないそうだ」

「薬…」

「そこの水を定期的に飲ませて正気に戻るまで側にいればいい。ハイトラ、俺の代わりについててやってくれないか」

「オレが?」

「ああ。俺がいればあいつはおかしくなる一方だ」


ハイトラはちらちらと窓の外を見た。


「でも…オレはリョウのそばにいるって約束したんだ。セオ、リョウはもう体が限界だ。あんまり動ける状態じゃないんだよ」

「リョウが?だがさっき見かけた時はそんなこと…」

「リョウは一人以外の時はずっとずっと平気な顔で我慢してる。あんなの、普通じゃない」


セオにとってこれは予定外だった。

リョウが一人であまり動けない状態なのなら、無理矢理脱出させることは出来ない。

それにバンビの容態もいつ安定するのか不明だ。


「セオ、どうする…?」

「…」


セオは黙って考え込んでいた。

打開策は、ある。

最後の手段として考えてはいたが、どうやら仕方がないようだ。


「…セオ?」

「ハイトラ、バンビが落ち着いたらリョウも連れてすぐにここを出よう」

「え…」

「俺が大司教に話をつけてくる。リョウにも直接話す。ここは任せてもいいか」


ハイトラは少し迷ったが頷いた。

バンビがうなされるとセオはぎゅっと眉を寄せた。


「…言っておくが、バンビの様子はかなりおかしいから気をつけろ」

「分かった」


セオは颯爽と踵を返すと部屋を出て行った。

ハイトラは意識のないバンビの看護をしながら何時間も辛抱強く待った。

だが真夜中になってもセオが戻ってくる気配はない。


「セオ遅いな…」


膝を抱えながら座り込んでいると、バンビの目が薄っすらと開いた。


「…セオ?」

「ばんび。大丈夫か?」

「ハイトラちゃん…?」


バンビはみるみる瞳に涙を浮かべるとしくしく泣き出した。


「ハイトラちゃん。セオは…?」

「セオはまだ帰らないぞ」

「いなくなっちゃった…」


ハイトラは困った顔になるとよしよしとバンビの頭を撫でた。


「ばんび。セオはいなくなったわけじゃないぞ」

「私…嫌われちゃった?」


しっとりと見上げてくるその顔は今までになく艶かしい。

ハイトラは確かにいつもと違うバンビに焦った。


「そうじゃないぞ!セオは、…ちょっと用事が出来ただけだ」

「用事…?」

「おう。ばんびはまだ寝てた方がいい」


ハイトラが上掛けをかけ直すと、その腕をそっと掴まれた。


「好き…」

「え…」

「あのね、私…セオが好きなの…」


乱れた呼吸で淡く囁く。

その姿にハイトラの背中がぞくりと泡だった。

これは…セオが逃げた理由が分かる。


「分かった。オレがセオにちゃんと伝えといてやるから、ばんびは休むんだ」


懸命に宥めていると、バンビはまた力尽きたように目を閉じた。

部屋の中には静寂が戻る。

ハイトラはバンビの呼吸が苦しそうじゃないか確認してから複雑そうに座り込んだ。

セオは薬のせいでバンビがおかしくなったと言っていた。

確かに、自分から見ても今バンビはおかしい。

でも涙を見せながらセオを好きだと言ったその言葉は、その心は、ハイトラには本物にしか見えなかった。

ハイトラはかりかりと頭をかくと落ち着かない思いで一夜を過ごした。

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