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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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バンビの反省

巨大な砂獣でも大神という鬼でも微塵も怯むことなく立ち向かったセオは、今最も厄介な相手に逃げ回るしかできなかった。


「ここから出て行け!!」


西の部屋にセオの怒声が響き渡る。


「いいえ!!私をお選び頂くまで離れません!!」


ルテは逞しい腕にしがみつくと爪を立てた。


「いい加減にしろ!!毎日毎日一体何なんだ!!お前正気か!?」

「当たり前です!!」


即答されては返す言葉もない。

この不毛なやり取りは、実に三日に渡って行われている。

ルテは更に勢い込んだ。


「私はこの大聖堂と多くの信者達の為にも諦めるわけにはいきません!!」

「知るか!!部屋の鍵を返せ!!」

「承知いただけるまで返せません!!」


バンビは一人テーブルでお茶を飲みながら冷めた眼差しでそれを眺めていた。

セオはルテの手が僅かに緩んだ隙に腕を取り戻すと、強引にその背中を押して部屋から締め出した。


「あ!!セオ様!!」

「自分の部屋に帰れ」

「開けてください!!私、絶対諦めませんからね!!」


ぎゃあぎゃあ喚いている声が聞こえたが、しばらく扉を押さえているとやっと静かになった。

セオはぐったりすると壁に体重を預けて座り込んだ。

外はもう真っ暗だ。

全員追い出すのに、実に半日かかったことになる。


「お前…少しくらい助けろよ…」


優雅に茶をすするバンビに八つ当たり半分で言ったが、そのバンビは氷のように冷たい目で見下ろしてきた。


「私に何しろって言うの?火に油を注ぎたいわけ?」


バンビはルテを始め女達の嫉妬が混ざったきつい視線にちゃんと気付いていた。

そんな目で見られる覚えはないが、セオが普通に接しているだけでも気に食わないのだろう。

いや、この広い部屋をシェアしていることがそもそも許し難いのか。


「しかしその血筋だけであれだけ寄ってくるんだから凄いわよねぇ。まるでブランド物扱い?よかったわねぇ」


どことはなしに険がある言い方になってしまう。

セオはつんと顔を逸らしているバンビに眉を寄せた。


「お前までそんな事言うか。俺が喜んでいるように見えるか?」

「男の人なんて何だかんだ言って結局同じだからねー。少しくらいは嬉しいんじゃないの?」


バンビは自分でも自分が止められずについ余計な事を口走っていた。

セオが喜んでなんかいないことくらい、見れば分かる。

セオは心底げんなりしながら片膝を抱えた。


「これはそんな単純な問題じゃない。俺は死ぬまで女も子どもも要らない」


自分に巻き込まれる不幸な者なんて作れるわけがない。

真剣に言うセオに、バンビは違う意味で少し焦った。


「そ、そんな意地になって純潔を守ろうとしなくてもいいんじゃない?結構不健康な事言ったわよ今…」

「お前なぁ…」


セオは立ち上がるとバンビの席の前に座った。


「なな、何よ」

「俺が言っているのは血筋の話だ。何故ウワカマスラはこの一千年、完全に滅びなかったか分かるか」

「へ?」

「ウワカマスラの血は強い。例えば片親が一滴もその血を引いていない者でも、生まれる子どもはいずれウワカマスラとなる」


バンビは意味が分からずティーカップを机に置いた。

セオは淡々と話した。


「生まれた時は勿論その血は半々だ。だが体の成長に伴い、時間をかけて全ての血の質が一つに染まっていく。大体十五を過ぎればもうその血は完全にウワカマスラの血だ」


バンビは初めて聞く話に目を見張った。


「でも、どうやってそんな事が分かるのよ。採血?」

「自分の体が変わるのは自分でもそれなりに分かる。十五を超えた時、俺の力は急激に安定した」


バンビは今度は二人分のお茶を入れると、一つをセオに渡した。


「それで大司教は貴方に沢山子どもを作らせて、沢山ウワカマスラを確保しようとしているわけ?」

「そう上手くいくものでもないけどな。そんなに血が強くても同族がそこまで増えないのは、無事に生まれてくる子ども自体が二割程だったからだ」

「二割!?じゃあ結構頑張らなくちゃダメじゃない!!」

「…」


セオは率直なバンビの意見に痛む頭を押さえた。


「とにかく、それほど俺たちの血は濃い。そしてその濃さによって力の差も変わる。その中でも最も強い作用を持って生まれるのが双子だと言われている」

「双子…」

「血を分け合った二人は大概が攻めの金、守りの蒼の光を纏っているそうだ。ウワカマスラの中でも最高ランクの力を引き出せるらしいが、一歩間違えればとんでもない力を呼び覚ます。…それが破滅の双子と言われる所以だろう」


不本意ながら大司教とのやりとりを思い出すと、セオは険しい顔になった。

気を落ち着かせるために温かいお茶に口をつける。


「まあ、もうほぼ関係ない話だがな。何にしても生き残りは俺一人で、その俺に子を残す意思はない。そういうことだ」

「でも、じゃあ…リョウは?」

「…」

「リョウだってセオの血が混ざっちゃってるんでしょ?」

「…だから、その血を封じる為にあいつはいずれ新都へ帰る必要がある」

「え?どういうこと?」


砂漠から切り離しておくということだろうか。

疑問には思ったが、セオは話を切り上げると立ち上がりソファに移った。

バンビにベッドを譲っているので最近ではここがセオの寝床だ。


「あ、セオ寝るの?もうすぐ夕飯が届くんじゃない?」

「…いらない。お前が食べてろ」

「でも…」


かなり疲れていたのだろう。

セオは背を向けるとさっさと眠りについた。

バンビは複雑な思いで頬杖をついた。

セオが生きる世界は、自分とは全く違う。

その肩にかかるものを少しだけ垣間見た気がして何だか落ち込んできた。


「ごめん…」


自分がつまらないことで腹を立てていたことに反省する。

ぽつりと落とした謝罪の言葉はセオに届くことなく消えた。

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