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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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残せない思い

大司教はセオを部屋へ通すと珍しく自らの手でお茶をいれた。


「どうぞ、お座りください」


セオは威圧的に立ち座ろうとはしない。

セガンは高ぶる気持ちを落ち着かせるように深く息を吸ってから背を伸ばした。

そして深々と頭を下げた。


「セオ様。改めまして数々のご無礼をここで謝罪させてください。貴方様がウワカマスラなどとはつゆ知らず…」

「御託はいい。先に言っておくが俺はリョウのようにここで仕える気もないし、留まるつもりもない」


セガンは頭を上げるとセオの手をがしりと掴んだ。


「シエル様は充分その役割を果たしてくださっていますが、それでもやはり限界があります。我々には本物のウワカマスラがどうしても必要なのです。そして貴方は間違いなく本物だ。それも有難いことに男だ。貴方様さえいらっしゃれば、何人でもウワカマスラが生まれます」


セオは手を振り払うと剣呑に目を細めた。


「馬鹿を言うな。こんな厄介な血筋、わざわざ残すわけないだろうが」

「いや、しかし…!!」

「ウワカマスラの時代はもうとっくに終わっている。それを受け止めない限りウォーター・シストは先へ進めないぞ」


手痛い正論を突かれ、セガンはぐっと詰まった。

いつものように高圧的に攻めたいところだがこれ以上セオの不興は買えない。


「…あの時、そもそもシエル様の片割れを残しておけばこんな事にはならなかった」

「片割れ?」


ひとり言のように落としたセガンの言葉にセオが反応した。

セガンは暗い顔で頷いた。


「セオ様は破滅の双子の言い伝えは知っておられるでしょうか。ウワカマスラに蒼の地と黄金の月の双子が生まれると破滅を呼び起こすと言われているのです」

「…」

「オリーブ様がお生みになられたのはまさにこの蒼と黄金の双子。このことは決して皆に知られてはなりませんでした。ですから我々は…元々息も絶え絶えに生まれた蒼の子を闇に葬りました。ですが、まさかその後でオリーブ様とシエル様まで失うことになろうとは…」


セガンはふらふらと椅子に座ると重いため息を漏らした。

こちらの事情も分かってもらいたいと話したつもりだが、セオは至極冷たい目になった。


「話はそれだけか」

「いえ、あの…、あっ、セオ様!!」


セオは不機嫌さを隠すこともせず背を向けると、さっさと部屋を出て行った。

階段を下る足取りも珍しく荒い。

一階まで一息に下りながら、セオは本気で苛ついていた。

セガンは、ウワカマスラを道具としてしか考えていない。

あれは何も分かっていないのだ。

セオは物心ついた時から自分の宿命をアメットに言い諭されながら育った。

それをある程度受け入れるまでは、幼い胸でかなり苦しんだ覚えがある。

こんな思いは決して誰にも残したくはない。

そう思ったからこそ、自分で終わらせることを決意したのだ。

だから、意に反して子を産ませなければならなかった森の大神すら放ってはおけなかった。

それなのに…。

荒々しく部屋の扉を開くと、テーブルでお茶を分け合っていたハイトラとバンビが驚いて振り返った。


「お、お帰りセオ」


セオは部屋に入った勢いでベッドに転がった。

その様子は明らかにおかしい。

バンビは立ち上がるとセオを覗き込んだ。


「セオ…?」


セオは苛立たしげに前髪を掴んだままバンビを見上げた。


「お前が、もし…」

「え?」


あの時あのまま、大神の子を生むことになってしまっていたら…。


「いや。何でもない」


そうならなくて、良かったと思う。

巻き込まれた者に待つのは大概が悲劇の末路だけだ。

ぱたりと下ろしたセオの手がバンビの指先に触れる。

セオはその指を軽く握った。

何故かは分からないが、その感触はセオの苛立ちを僅かに和らげた。


「せせ、セオ?本当にどうしたの!?なんかかなり変よ??」


少し触れただけの指先が熱い。

バンビが内心一人で悶えていると、ハイトラが軽快に立ち上がった。


「セオ、オレそろそろ動けるからリョウの見張り行ってくる」

「どこにいるか分かるか?」

「リョウの匂いなら覚えてるから大丈夫!」


お腹もふくれたハイトラは、一度大きく体を伸ばすとぴょんぴょんと部屋を出て行った。


「あ、あぁハイトラちゃん…!」


急に二人にされて焦ったのはバンビだ。

何だかとても気まずいし、一人勝手に部屋を出ることも出来ない。

混乱する頭で思い切って筋トレでも始めようかと本気で考えていると、セオに今度は手を掴まれた。


「バンビ」

「うぁ!?ははは、はい!?」


セオは体を起こすとバンビを真っ直ぐに見つめた。


「もしリョウが自由になったら、お前がリョウとハイトラを説得してここから出てくれ」

「え…」


バンビは眉を寄せると胸元で揺れる石を握りしめた。


「さっきも言ったわ。セオも置いてなんか行けない」

「バンビ、頼めるのはお前しかいないんだ。だから…」

「嫌よ!!私はリョウと、セオも助けるって決めたんだから!!」


セオは立ち上がると怒れるバンビの肩を両手で押さえた。


「リオ」


バンビの体が硬直した。

セオの目はどこまでも真剣で、その鮮やかな青い瞳から目を逸らすことができない。


「俺は、どちらにせよいつまでもお前達とはいられない」

「え…」

「だから、今ここで別れておいた方がいい。リョウだってお前らがいれば淋しくはないだろうし、何とかやっていくだろう」

「ちょ、ちょっと待って。それってどういう…」


バンビが聞き返そうとした時、扉をノックする音が響いた。

返事をする前に興奮した声と共に勢いよく扉が開く。


「セオ様!!」


飛び込んできたのはルテと数十人の女たちだった。

バンビの肩を掴んでいるセオを見ると、ルテの顔はみるみる怒りで赤くなった。


「セオ様…」

「何をしに来た」


女たちが部屋まで押しかけてくることは今まで一度もなかった。

セオは不快感をはっきり口調に滲ませたが、ルテは自らを落ち着かせると両手を胸の前で組んだ。


「貴方は、本物のウワカマスラだと今大変な噂になっておられますが、本当なのですか?」


セオはバンビを離すと女たちを部屋から押し出そうとした。


「出て行け」

「いえ、いいえ!!そんな訳には参りません!!私たちは、正式に大司教様から直々に仰せつかってここへ来たのですから!!」


セオは嫌な予感に顔をしかめた。


「これはやはり運命のお導き!!順に手をつけて頂いても、私たちは一向に構いません!!」


ルテの瞳に熱狂的な光が揺らめいた。


「貴方の後継人を、何としてでも私に宿してくださいませ!!」


バンビの顔から、表情が消えた。

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