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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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得体の知れない不安

部屋に戻るとセオはすぐにハイトラの顔を水で洗い流した。


「大丈夫か」

「うぅ、目が痛い…」

「よくすすいでおけ。麻痺や痺れは?」

「多分平気。吸い込んでないから」


バンビは部屋を見回すと大量に積まれている分厚い本に目を止めた。


「こんなに読んでたの?」

「他にすることがなかったからな」

「ふぅん…」


ハイトラをベッドに寝かせると、セオはバンビに近付いた。


「ケガはしてないか?」

「え…あ、うん。セオこそ血が…」


じっと見下ろされて、バンビは少し狼狽えた。


「な、なに?」


セオは眉を寄せながらバンビの鼻をつまんだ。


「ふぎゃっ!?」

「お前は、何回言ったら前に飛び出す癖が直るんだ?さっきも俺を庇うつもりだっただろ」


無骨な指はバンビの頬についていた飛び血を拭った。


「…頼むから、俺のためにケガなんかしないでくれ」

「せ、セオ…?」


なんだかいつもと雰囲気の違うセオに鼓動が速まる。

セオはセオで不思議な気分でバンビを見下ろしていた。

纏わりついてくる女たちには鬱陶しさしか感じないのに、バンビは何かが違う。

不器用な二人の間に、きゅるきゅると変な音が混じった。

バンビは真っ赤になると自分のお腹を急いで抱えた。


「あ、あのね!昨日から殆ど何も口にしてないから!仕方ないから!」


変な言い訳をしていると隣からも弱々しい声がした。


「オレも腹減ってるぅ…」


ハイトラは丸まりながら唸った。

セオは棚を開くと、大量の焼き菓子を出してきた。


「これでも食べておけ」

「何これ?もしかしてこれ全部貰ったの!?」

「知らん。勝手に増える」


セオに渡せとせがまれた者がせっせとここへ放り込んでいく。

気づけばお菓子の宝庫の出来上がりだ。

バンビは複雑な顔になった。

お腹はすいているけれど、なんだかこれは食べたくない。

ハイトラは気にせずクッキーを次から次へと口に放り込んだが、バンビは結局水しか飲まなかった。


「食べておかないと倒れるぞ」

「私はいらない。セオって本っ当デリカシーないんだから」


何が気に入らないのか分からないが、本当に倒れられても困る。

セオはちょうど運ばれてきた昼食を三人で分けた。

バンビは今度は素直に頂きながら心配そうに言った。


「ねぇ、セオが砂漠の民だってさっきばれちゃったんでしょ?リョウみたいに逃げられなくなっちゃうんじゃないの?」

「そうかもな」


椅子に腰かけるセオに焦っている様子はない。

バンビは何だか嫌な感じにそわそわとした。


「さっき襲ってきたのは誰?」

「あれはユネット教会のキイラギだ。リョウが…シエルが現れたことを疎ましく思っている」

「だからってあんなに本気でこっちにまで襲いかかってくる!?」

「いっその事リョウではなく俺だけを狙ってくれたらやりやすいんだがな」

「え…」


セオは顔を上げるとハイトラとバンビを順に見た。


「俺は何としてもリョウだけでもここから引っ張り出す。お前らは先に外へ戻り、出てきたリョウを引き取ってくれないか」


二人は弾かれたように立ち上がった。


「イヤだぞ!!ただ待つなんてもう充分したし、またセオから離れるのは絶対イヤだ!!」

「私だって!!セオがいなきゃ意味ないじゃない!!」


セオは食い入る二人に目を瞬かせると、至極真面目に聞いた。


「何故だ?」

「え…?」

「そこは別に俺にこだわる必要もないはずだ」

「そ、それは…」


バンビは真っ赤になると黙ってしまったが、ハイトラは更に身を乗り出した。


「セオもリョウも、オレは大好きだ!!だからもっと一緒にいたいし、楽しい事も嬉しい事も悲しい事も、全部!!オレこれからももっとセオの側で知りたいぞ!!」


セオはど直球な好意にたじろいだが、ハイトラは懸命に考えながら続けた。


「オレ、昔からずっと一人でも恐くなかったんだ。でも今はちょっと恐い。それはセオとリョウと、ばんびが大好きになって、だから…」

「…」

「えと、だから、セオだけこんな所に残しておくなんて絶対に嫌なんだ!!セオも大事だから!!」

「…もういい」

「セオのそばにいるとすごくあったかいんだ!!セオはなんだか本当に光みたいで、セオは静かだけどセオの周りは居心地が良くて、それから、それから…!!」

「もういい、分かったから!!」


セオは無理やり話を終わらせるとふてくされたように腕を組み、そっぽを向いてしまった。

だがバンビの位置からは真っ赤に染まった耳がよく見える。

どうやら本気で怒ったのではなく、本気で居たたまれなくなったらしい。

セオはこれ以上追い返そうとしても今は無駄だと悟ると、苦々しいため息を落とした。


「…ハイトラ。俺はまだ見張られている身だから、あまり自由がきかない。リョウが一人になりそうな時は影から見守ってやってくれるか」

「一人になりそうな時?」

「そうだ。普段は信者どもが取り囲んでいるだろうが、キイラギは必ず隙を見てリョウを狙おうとするはずだ」

「さっきの奴だな?分かった!!」


セオが振り返るとバンビはどきりとした。


「バンビ」

「うはっ、はい」

「お前はずっと俺の側にいろ」

「え…」

「もしもの時はその石が必要だからな」


バンビの肩ががっくりと落ちる。

よりによって何故その言葉選びなのだ。


「そ、それじゃあこれもうセオが持ってたら?」

「自分で持っていると意に反して光りだすかもしれない。自分で必要だと思った時にだけあればいい」


セオは右手を握りしめた。

三年前、もう二度とこの黄金の力には頼るまいと心に決めた。

それなのに、今また力を解放することに抵抗がなくなってきている。

己を過信せず制御をかける意味でも今はバンビに持っていてほしかった。

話し合っていると廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

予想していたセオがバンビをハイトラの隣に押しやると、扉が物凄い勢いで開いた。


「セオ様!!」


飛び込んできたのは大司教セガンだ。

抑えきれない興奮に顔を紅潮させながらも、バンビとハイトラに気付くと訝しげな顔になった。


「…見ない顔だな。セオ様のお部屋で何をしている」

「こいつらは俺の連れだ。俺の帰りが遅いと心配してここまで訪ねてきた」

「な、なんと…」


探させていた二人がこんな場所にいる事にセガンは驚いたが、セオは分かっていてしれっと言ってのけた。

本来なら今すぐにでも捕らえておきたいところだが、今はそれどころではない。

セガンはここは黙認してセオに向き直った。


「セオ様、少しお話があります」

「内容は大体分かる。俺はここに留まる気もないしお前らの為に何かしてやるつもりもない」

「お気持ちは分かります。今まで大変失礼致しました。ですがお話はそれだけではございません。ここでは何ですので、私の部屋へ来て頂けませんか」

「…」


どうやら他には聞かせたくない話のようだ。

セオは苦い顔になったが、ここは渋々部屋を出ることにした。


「バンビ、ハイトラを頼む。この部屋からは絶対に出るなよ」

「う、うん…」


バンビは不安を抑えながらも一応頷いた。

セガンは懸命に平静を装いながら廊下を歩いた。

セオのことは既に大きな噂になっている。

一刻も早く自室へ戻り話をつけたかったが、運悪くそこに移動中のリョウとばったり出くわした。

セガンはしまったと思ったが、沢山の信者に囲まれたリョウも、突然出くわしたはずのセオも、微塵も動揺を見せなかった。

リョウは無機質な目のまま静かに頭を下げた。

揺らぎもしないその瞳に、セオはただ沈黙で答えるしかない。

二人は何を言う事もなくすれ違った。

そんな二人にセガンは得体の知れないものを感じた。


「せ、セオ様…」

「何を驚く?あいつを変えてしまったのはお前だ。あいつに俺はもう必要ないし、こっちだって願い下げだ」


セオが吐き捨てるように言うと、セガンはますます顔色を悪くした。

全てが上手くいっていたはずなのに何かがおかしい。

やはり今は手を打つべき時なのだ。

セガンは背中に冷たい汗を感じながらも目まぐるしく頭を回転させていた。

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