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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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溢れた黄金色

セオの周りには、この数日で更に女たちが群がるようになっていた。

原因は以前立ち話をしたルテだ。


「おはようございます。セオ様」

「またお前か。いい加減にしてくれ」


セオは心底うんざりしたが、ルテは返事が返ってきたことに喜んだ。

こうやってどうあしらってもしつこく纏わりつくものだから、今まで一線を置いて挨拶だけしていた女たちも次々と負けじと寄ってくるようになったのだ。


「セオ様、今日は資料室に行かれるのですか?わたくしもご一緒してよろしいですか?」

「セオ様。このクッキー受け取って頂けませんか?」

「セオ様、今日は良いお天気なので気分転換に庭園でお昼になさいませんか?」


セオは押し合いへし合いしている女たちに冷たい一瞥をくれた。

半分は怯んだが、半分は目が合ったと嬉しそうだ。

だが九時のベルさえ鳴れば皆それぞれ務めがある身だ。

名残惜しそうに別れの挨拶を告げると一人一人と去って行った。

残ったのはルテだけだ。


「お前も早くどこかへ行け」

「いいんです!私の今の務めは、未来のために貴方の側にいる事ですから…!!」


意味が分からなかったが聞き返す気にもならない。

セオは踵を返すと足早に身廊が見下ろせる二階へ向かった。


「あ、セオ様!!待ってください!!」


ルテは慌ててセオの後を追った。

だが暗い階段に差し掛かると前につんのめった。


「あっ…!!」


倒れ込みそうになったが、段差に激突する前にルテの腕が力強く引かれた。


「セオ様…」


反射的にルテを掴んでいたセオは眉を寄せてその手を離した。


「ついてくるな」


それだけを言うとさっさと背を向ける。

その後ろ姿を見ながら、ルテは体を歓喜に震わせた。


「絶対、振り向いてもらうまで諦めないわ…」


掴まれた腕に手を添えながらルテは更に熱を上げた。

やっと一人になったセオはぐったりと手摺にもたれかかり、身廊に現れたリョウを見下ろした。

エンガが来てから数日、おかしくなったリョウは相変わらず慈愛深く信者たちに話しかけている。

ざっと周りに視線を巡らせると、反対側の二階席からリョウを見下ろす青年に目が止まった。


「あれは…」


あのアッシュグレーの髪は間違いなくキイラギだ。

こっちの視線に気付くと、キイラギは酷薄な笑みを刻みそこからいなくなった。


「リョウ…」


狙いは間違いなくリョウのはずだ。

セオはすぐにその場を離れ階段を下りた。

身廊へ向かおうと廊下の角を曲がると、セオの前にまた女が一人飛び出してきた。


「セオ!!」

「いい加減にしろ!!邪魔だ!!」

「じ、邪魔って…!!それって酷くない!?」


ろくに見もせずに怒鳴りつけたのだが、それはよく知る声だった。


「バンビ!?」

「あぁ、そうですかそうですか!!ここで大層おもてになってらっしゃるみたいですからね!!私なんてさぞ邪魔でしょうね!!」

「お前こんな所で何してる!?ハイトラは!?」


セオはつんと顔を逸らすバンビの肩を掴んだ。


「な、なによ!!」

「なぜここへ戻って来た。お前らはあの時逃げ切ったんだろう!?」

「あんたたちがぐずぐずして中々出てこないから侵入してまで迎えにきたんじゃないの!!」


言い合っていると天井からハイトラが落ちてきた。


「セオ!」

「ハイトラ…。お前ら、ここは危険だ。今俺とリョウの命を狙ってる奴もいる。すぐに出ろ」


ハイトラはじっとセオを見つめた。


「セオはどうしてここを出ないんだ?」

「リョウが出られないからだ。だが俺もあいつが何を考えているのかさっぱり分からん」


バンビが口を開きかけた時、ハイトラが野生動物のようにぴくりと顔を上げた。

その顔にいきなり何かの粉を投げつけられた。


「はぷっ!!」

「ハイトラちゃん!?」


セオは反射的にバンビを掴み思い切り床を蹴った。

今しがたまでいた場所に短剣が突き刺さる。


「キイラギか!!」

「その通りだ」


柱の陰に潜んでいたキイラギは、不敵な笑みを浮かべると長剣を引き抜いた。


「偽ユキネならいつでも殺せるからな。先にお前を片付けておくか!!」


セオはバンビを離すと床に刺さった短剣を引き抜き応戦した。

長剣相手では圧倒的に分が悪いが、風のように攻撃を躱すセオの動きは尋常じゃなく速い。

キイラギは舌打ちをすると急にバンビに狙いを定めて振りかぶった。


「えっ…」

「バンビ!!」


ここからでは止められない。

セオは短剣を捨てるとバンビの元へと飛び込んだ。

刃先がセオの腕をかすり鮮血が飛ぶ。

何事かと驚いていた周りから悲鳴が上がった。


「これでとどめだ!!」


キイラギは姿勢を低くすると長剣を鋭く閃かせた。

バンビは咄嗟にセオを庇おうとしたが、そのセオに動けないようにきつく抱きしめられた。

同時に黄金色が光った。


「何…!?」


キイラギの長剣が弾かれ宙を舞う。

下からすくうように叩き上げたのは、セオの光を具現化した黄金刀だった。

ずっと透明だった結晶石がセオとバンビの重なる胸元で眩しく光る。

バンビは胸を焦がすような熱を感じ体がびくりと強張った。


「な、なに…?熱い…!!」


セオはバンビを離すとキイラギに構え直した。

あちこちから大騒ぎしながら人が集まってくる。


「ちっ…」


キイラギは舌打ちをすると踵を返し足早に去った。

セオが黄金刀を一振りすると刀は粉々に砕け散り、黄金の光も消えた。


「バンビ、ハイトラ、大丈夫か」

「う、うん。でもセオ、これってまずいんじゃ…」


セオの光は沢山の人に目撃されてしまった。

いつもセオを見張っている男は青い顔で飛び出してきた。


「せ、せ、せ、セオ様!!今のは一体…!!それに、ここ、これはまさかウワカマスラの光!?」

「ウワカマスラの光ですって!?」

「わ、私も見たぞ!!あれは確かにウワカマスラの光だ!!」

「でも、どうしてセオ様が!?」

「まさか…セオ様も!!」


興奮した信者たちは手がつけられないくらい騒ぎ始めた。

セオは丸まって起き上がれないハイトラを担ぎ上げると集まった人々に一瞥をくれた。


「後できちんと大司教に話す。それまではこれ以上騒ぎ立てないでくれ。今は負傷者がいる」


話すつもりはこれっぽっちもなかったが、一刻も早くこの場を去るのが先だ。

信者たちは思惑通り一時騒ぐのを抑えると、セオたちの為に道を開けた。


「バンビ、ついて来い」

「う、うん…」


まださっきの衝撃が抜けきらないバンビはふらつきながらセオの隣を歩いた。


「しっかりしろ」

「わ、分かってるけど、しょうがないじゃない…」


セオは右肩にハイトラを担ぎ直すと、左手でバンビの腕を掴んだ。

そのままとりあえず西の部屋へと戻って行く。

セオの姿が見えなくなると、信者たちはまた一気に騒めいた。


「セオ様が…」

「信じられない…!!」


その中にはセオにまとわりついていた女たちも、ルテもいた。


「あの女は、誰なの…」


黄金色の光より、あのセオが体を張ってバンビを庇ったことの方がルテには衝撃的だった。

その瞳に激しい嫉妬の色が浮かぶ。


「セオ様…」


ルテは小さな拳を握りながらじっとセオの消えた先を睨み続けていた。

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