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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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光る結晶石と再会

シエルの大地の祠巡りは、大聖堂まで足を運べない者たちにとってはありがたいものだ。

その人気も相まり、何日経とうと毎回その周りには沢山の人々が押しかけていた。


「うぅ、今日も近付けさえしなかった…」


バンビはがっくりと肩を落とした。

今日はかなり頑張って前まで攻めたにもかかわらず、まともにリョウの姿すら見えなかった。

人混みに滅法弱いハイトラは既に目を回し、隣できゅうと小さくなっている。


「ばんび…。オレ辛い…」

「ハイトラちゃん、こっちに抜けるわよ」


バンビはハイトラの手を掴むと人が少ない路地裏に入った。


「大丈夫?」

「うぅ、皆なんであんなに他人に沢山触られても平気なんだ?」


腕をさすりながら背中を丸めるハイトラは何だか毛を逆立てた小動物みたいだ。

バンビはよしよしとその頭を撫でた。


「困ったわね。まさかここまで長丁場になるなんて…」

「オレ、これ以上は待てないぞ。やっぱりもう一度大聖堂に忍び込む」

「うーん。せめて門番にバレないように潜り込めればいいんだけど」


何度か礼拝する信者に紛れて大聖堂へ近づいた事はあるが、門番の男がバンビとハイトラの顔を覚えているらしく慌てて逃げる羽目になった。

リョウが波風立てずに大人しくしているのにこっちが騒ぎを起こすわけにはいかないと辛抱強く待っていたが、それももう限界だ。


「もういつまでもこんな事してても仕方がないし、行こうハイトラちゃん!」

「おう!」


半分ヤケで歩き出すと、バンビの胸元がほんのりと光り始めた。


「あ、まただ…」


首からかけていた紐を引くと、服の中に隠すように入れていた透明の石が出てきた。

セオが預けたあの結晶石だ。

この数日、こうやって熱を持ち光る時があるのだ。


「一体何に反応してるのかなぁ。なんだか今日は特に光ってる気がする」


日の光に透かして眺めていると後ろから人の声が聞こえた。

自分たちと同じように人混みを避け、路地裏に誰かが入ってきたようだ。


「それにしても信じられん人だかりだな。これじゃあシエルにちっとも近付けん」


低いだみ声が近付いてくる。

ハイトラは相手の気配が只者ではないと察知すると立ち上がった。


「行こうばんび」

「そうね…」


近付いてきた二人組をちらりと見て、バンビはその場で固まった。

それはちぐはぐな二人だった。

一人は巨漢とも言える大男で、迫力のある顔には眉間に大きな傷があった。

剛鉄のような筋肉が盛り上がる体には刺青がびっしりと彫られ、正直一目見ただけで回れ右したくなる風体だ。

そんな恐ろしい男の隣にいるのは、これまた見たことのない可憐な少女だった。

くりっとした目はぱっちり大きく、唇と頬は肌の白さを引き立てるように赤みが差している。

柔らかな畝りのかかった長い髪は腰まで流れ、華奢な体を包み込みながら軽やかに揺れていた。

バンビは目が落っこちてしまいそうな顔で素っ頓狂な声を出した。


「か、カズラぁ!?」


名を呼ばれた大男は驚いて足を止めた。


「…誰だ?」

「私!!私よ!!ルナハクト西基地のリオよ!!」

「リオ!?おぉ本当だ本当だ!!お前どうしたその格好!?そんな女みたいななりしてるもんだから分からんかったぞ!!」

「しっ…失礼ね!!」


バンビは満面の笑みで大男に駆け寄った。

砂漠に設けられた三つの基地は、環境が過酷なだけに繋がりが深い。

訓練生時代から砂漠へ移動になったバンビは、カズラとよくチームを組むこともあった。


「お前、こんな所で何やっとるんだ?」

「何って、元々はカズラとアイト様を探しにウォーター・シストに来たんだってば!!」


言いながらはっとする。

少女は手首にガラス細工の飾りを付けている。

これは砂漠の民の力を封じる為に作られた代物のはずだ。


「カズラ…。この子はじゃあ…」

「そうだ。シィはあの時俺たちルナハクトが捕らえた砂漠の民だ。正確には砂漠の、赤い光だったんだがな」


バンビはまじまじとシュルナーゼを見た。

並外れて可愛らしいが、それにしたってどう見ても普通の少女にしか見えない。


「…アイト様は?」

「まぁこっちも色々事情があってな。今は別行動してる」


シュルナーゼはバンビを見上げるとおずおずと手を伸ばした。


「これ、私の石…。やっぱり近くにあった。どうしてあなたが?セオかリョウが持ってるはずなのに」

「あ…」


シュルナーゼが触れると、その石は薄っすらと赤く光りまた熱をもった。


「これは貴女に反応してたのね!?」

「セオは?いないの?」

「セオはサンクラシクス大聖堂の中よ。たぶん軟禁されてるんじゃないかしら。リョウはあそこよ」


バンビが去りゆく人混みを指差すとシュルナーゼは大きな目を更に大きくした。


「まさか…」

「そのまさか。あのシエルはリョウなのよ。なんかオリーブに似てるらしくて信者たちにとっ捕まっちゃって」


シュルナーゼは呆然とした後にみるみる萎れた。


「カズラ…。ユキネじゃなかった…」


カズラは泣きそうな少女を抱え上げると右腕の上に乗せた。


「まぁでも、シィの仲間はこんな所まで迎えに来てくれたんだろ?ところでリョウって誰だ??」

「友だち…」


話してもややこしいだけなので一言で終わらせる。

カズラもそこには突っ込んではこなかった。


「シィ、セオってのはほら、あのセオだろ?大聖堂に捕まってるのはまずいんじゃないか?いや、でも騒がれてるのはシエルばかりだしな。どうなってるんだ?」


普通なら最後のウワカマスラのセオが騒がれるはずだ。

バンビは意味深にシュルナーゼを腕に乗せたままのカズラを見上げた。


「ねぇ、私たち大聖堂に忍びこんでぐずぐずしてるセオたちを引っ張り出したいんだけどちょっと協力してくれない?」

「何?」

「大丈夫。カズラは何もしなくてもいいから」


大男は意味がわからずに首を傾げたが、バンビはにっこりと笑うとずっと黙って様子を伺っていたハイトラの手を取った。


「ほらこっち。大聖堂へ行くわよ」

「ば、ばんび?」

「大丈夫大丈夫。絶対うまくいくから!」


バンビ以外の三人は首を傾げたが、当の本人は自信たっぷりに大聖堂へと向かった。

目のいいハイトラは遠目から目を凝らすと門番の様子を伺った。


「…ダメだ。やっぱりいつもの奴がいるぞ」


歩きながら互いの現状を簡単にカズラと話していたバンビは頭に手持ちのケープをくるりと巻いた。


「カズラはこの後砂漠に帰るのよね?」

「そうだな。そこからはまだ未定だがとりあえず基地の様子を見ながらボスに指示を仰ぐさ」

「私たちもセオと合流したら砂漠に戻るわ。セオとリョウのこと、もう一度ボスにきちんと話してみる。砂漠の民を巻き込むのはやっぱり間違ってるもの。カズラだってそう思うでしょう?」


ひどい人見知りをしているこの少女はカズラには心を許しているように見える。

ちゃんと信頼関係が出来ているのなら、カズラは自分の意見に頷いてくれるはずだ。

だが大男は何とも言えずに頭をかいた。

大聖堂が近付くとカズラはバンビとハイトラを見下ろした。


「で?どうすればいいんだ?」

「カズラは予定通り森へ歩いて行くだけでいいわ」

「それだけでいいのか?」

「ええ。じゃあまた基地でね。シィちゃん、ちゃんとセオとリョウを連れて行くから待っていてね」


シュルナーゼは少しだけカズラの後ろから出るとこくこくと頷いた。

別れの挨拶をすませるとバンビはさっさとハイトラと行ってしまった。


「変な奴だな。…まぁいいか。とりあえずシィ、こっちだ」


バンビたちの背中を見送っていたシュルナーゼは、振り返ると大人しく付いてきた。


「カズラ。ここでセオを待っていちゃだめなのかな?」

「あいつらは最終的に強行突破でここを逃げ出してくるつもりかもしれん。そうなると待ってても邪魔になるだけだ」


不安そうなシュルナーゼの頭をぽんぽんと軽く叩くと、カズラはいつものように太い右腕に小さな少女を乗せた。

そのままのんびりと歩いていると、突然後ろから険しい声が聞こえてきた。


「いたぞ!!あの男だ!!」

「確かに見るからに極悪な人相だ!!皆気をつけろ!!」


カズラが何事かと振り返ると、五人の男たちがいきり立ってこっちへ走ってきた。

その格好は大聖堂の門番のものだ。

カズラは明らかに自分に向かってくる男たちに目を剥いた。


「ま、まさかリオの奴…」

「あれが人さらいだ!!少女を救え!!」


シュルナーゼが恐怖にカズラの首にしがみついた。


「カズラ…!!」

「あんのガキ覚えてろよ!?シィ、とにかく逃げるからしっかり掴まっとけ!!」


カズラはシュルナーゼを抱え直すと、信者たちを引き連れたまま人混みの中に慌てて逃げ出した。

空になった門をくぐり抜けたバンビは隠れていたハイトラに合図を送った。

せっかく門番を追い払ったのに、誰かが代わりに出てくる前に大聖堂の中に紛れ込めなければ意味がない。


「ハイトラちゃんこっちよ!!」


ハイトラは風のように門を駆け抜けるとバンビの隣に並んで走った。


「すごいぞばんび。一体どうやって門番たちを遠ざけたんだ?」

「まぁ、気にしないで。とにかく中に入るわよ!」


バンビは曖昧に笑ってごまかした。

まさかその辺の礼拝者に、カズラを指差しながら鬼のような男が妹を攫って行こうとしているから助けを呼んでと門番の元まで走らせたとは言えない。

まあ、カズラなら捕まることもないだろうし後で詫びはきちんと入れておこう。

ふと視線を上げると、二階建ての建物の中庭にまだ取り入れていない洗濯が風に揺れているのが見えた。


「ねえ待って。ハイトラちゃんならあそこまで登れる?」

「一人なら問題なく行けるぞ」

「あの黒い服、二人分取ってきてもらえないかな?」


信者の服を着込んでしまえばすぐに見つかるようなことはないはずだ。

ハイトラは心得るとバンビから離れ壁をするすると登った。

バンビは壁にぴたりと体を寄せるとじっとハイトラが降りてくるのを待った。


「リョウには近付きにくそうだし、先にセオを探すべきかな…」


胸にかかった石を握りしめると一つ深呼吸をする。

自分たちが捕まっては元も子もない。

それだけは避けなければならなかった。


「今度は、私が助けなきゃ…」


眼を閉じればリョウの無邪気な笑顔が浮かぶ。

それを包むのは透き通るような蒼い光。

重なるように黄金の光が浮かぶと、鮮やかな青い瞳で真っ直ぐ自分を見るセオに繋がった。

その体温を思い出すと、バンビの頬は勝手に熱を帯びた。


「ち、違う違う!!」


手の甲でぴたぴたと頬を冷ますが、その赤みはなかなか取れない。

バンビは大きく頭を振ると、目の前の大きな石の建物を目一杯見上げた。

ハイトラは二階から身軽に飛び降りてきた。

その手にはきちんと黒い服が握られている。


「よっと、お待たせ」

「さすが!ありがとう」

「これくらい、礼を言われるまでもないぞ」


はにかみながらも嬉しそうだ。

二人は自分の服の上から黒いローブを着込んだ。


「ばんび、オレさっき中庭にセオを見つけたぞ」

「え!?いたの!?」

「おぅ。でも…」

「何?」

「うーん、確かにセオだったんだけど、意外だなぁと思って」


バンビが訝しげな顔で先を促すと、ハイトラは言いにくそうに鼻先をかいた。


「なんか、女の人たちに沢山囲まれてた」

「…」


バンビは瞬間的に無表情になると握っていた石から手を放した。


「ふーん、そう。確かに意外ね」


なんとか平静に返すが、ハイトラは明らかに気配の変わったバンビに首をすくめた。


「ごめん…」


やっぱり余計なことは言わなければよかったと小さくなる。

バンビはにっこり笑った。


「どうしてハイトラちゃんが謝るの?私には全く関係ないことだから気にしなくていいのよ?」


別にセオが沢山の女に囲まれてようが、その人たちと脇目も振らずにいちゃいちゃしていようが、自分には全く関係ない。

関係ないのだ。

自分に言い聞かせたが、それを想像したバンビは笑顔のまま青筋を立てた。


「大聖堂という神聖な場所で何考えてるのよあいつ!!わ、私はどうでもいいんだけど、風紀的には良くないからやっぱりここは怒っても変じゃないところよね!?ね!?」


ハイトラは一人で百面相をするバンビに目を白黒させたが、ここは逆らわずに黙って頷くことにした。


「行くわよハイトラちゃん!さっさとあの女たらしに喝を入れにいかないと!」

「お、おぅ…」


なんだかすっかり脳内変換されてしまったみたいだが、肩を怒らせるバンビにこれ以上は余計なことは何も言えなかった。

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