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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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ユネット教会の噂

ある程度大聖堂を自由に歩き回れるようになったセオは、毎朝二階から身廊を見下ろしてはリョウの動向を確認するのが日課となっていた。

エラ・エンガが訪れた日も、上からその様子を見ていた。


「誰だあの男は…?」


信者たちもいつもの和やかな空気とは程遠い緊迫した雰囲気だ。

リョウが奥の廊下へ連れて行かれると、セオはすぐに裏から階段を下りた。

そのまま身廊に入ったが、その途端セオに気付いた女達が次々と集まってきた。


「おはようございます」

「おはようございます。セオ様」


セオはぐっと眉を寄せると女達から離れた。

変に迫られる事はないが、紅潮した頬で目を潤まされても迷惑でしかない。

しかも厄介なのはその数が一人二人ではないことだ。

セオは誰に声をかけられても完全無視でやり過ごし、リョウが消えた奥の通路へと向かった。

見慣れぬ廊下を歩いていると背後から肩を掴まれた。


「セオ様。それ以上はいけません」


止めたのはセオをいつも影から見張っている男だ。

これ以上リョウに近づくなということだろう。


「さっき来たのは誰だ?」

「セオ様には関係のないことです。ご心配なさらずともシエル様ならきっと無事に出て来られるでしょう」

「無事に…?」

「さぁ、こちらへ」


見張りは有無を言わせずにセオを身廊まで押し戻した。

こうあからさまに隠されると嫌でも気になってしまう。

セオは再び見張りが離れると、その辺にいる信者をつかまえすぐに声をかけた。


「さっき大聖堂へ来たのは誰だか知っているか」


振り返ったのは歳若い女だった。

セオはしまったと思ったが、もう手遅れだ。

女は顔を真っ赤に染めると声をうわずらせた。


「せっ、セオ様…!!あの、も、勿論知ってますわ。さっきのはエラ・エンガ様です」

「エラ・エンガ…」

「は、はい。ユネット教会の方でこことは…その、あまり折り合いの良くない人なのです」


セオは意外と欲しい情報をくれそうな女に続けて聞いた。


「さっきの異様に緊張した空気はそのせいだけなのか?」

「いえ…」


女は声を潜めると赤い顔のまま懸命に言った。


「こ、ここではとても話せるお話では御座いません。あの、あの…よろしければ、お庭にご一緒致しませんか…?」


セオは思案顔になると女を見下ろした。

ややこしい事態になるのは避けたかったが、事情を知っている上に話そうという姿勢を見せているならば他を当たることもないと思い直した。


「分かった」


セオが頷くと、女は舞い上がりそうになる自分を必死で抑えながら笑顔を見せた。


「わ、私ルテと申します。セオ様…よ、よろしくお願いします!」


ルテは深々と頭を下げるとセオの気が変わらないうちに庭へ案内した。

大聖堂の庭はどこを見ても手入れをされた美しい庭園だった。

ルテはあえて視界の効く、ベンチしかない広場の真ん中まで歩いた。

これで聞き耳を立てられる心配はない。


「そんなに警戒する話なのか?」


セオが聞くとルテは足を止め何度も頷いた。


「はい。セオ様はシエル様と共にいらっしゃったそうですから知らなくても無理はありませんが…」


ルテは落ち着かない様子で服の裾をいじりながら続けた。


「実は、数年前にもシエル様だという方が現れたことがありました。その少女も、髪の色はオリーブ様によく似てらっしゃいました」

「数年前…」

「はい。ですがその少女は確かに見た目は似ていらしたのですが粗暴というか、とても今のシエル様のように落ち着いてはいらっしゃらなくて…」


あの騒がしいリョウが落ち着いていると言われて、セオは思わず天を仰いだ。


「それに今のシエル様は信者達が見つけて連れてきましたが、以前は突然教会側が見つけてこられたのです。そのうちに偽物だと疑う者が後をたたなくなりました。下手をすれば大きな暴動が起こる一歩手前まで皆は荒れたのです」


似ているからと仕立て上げ、立ち振る舞いが気に入らないからと偽者の疑惑をかける。

どちらにしても勝手なものだ。


「そんな時にここへいらしたのがあのエンガ様です。何をしたのかは分かりませんが、その後その少女は行方不明になりました…」

「行方不明?」

「はい。人々は酷く落胆しましたか、お陰で暴動は食い止められたようなものです」

「…」


ルテは暗い顔になった。


「ユネット教会では昔から不穏な噂が後を絶ちません。そこを取り仕切る一族はこんな時のための暗殺一族なのだとか」

「…」

「ですから、今回もまたシエル様を消される事になるのではと皆心配しているのです。何よりエンガ様は元々ウワカマスラの末裔を崇拝する風潮を変えようとしてましたので…」


ルテはとんでもない事だと顔をしかめたが、セオはあっさりと頷いた。


「俺もその風潮は変えるべきだと思うぞ」

「え…」

「邪魔したな。色々聞けて助かった」

「あ、セオ様…!」


言い残すとさっさとその場を後にする。

一人置いていかれたルテは、頬に手を添えながらほぅと吐息をこぼした。


「やっぱり、セオ様は私の運命の人…」


遠ざかる背中を見つめながら、ルテは熱っぽく胸を押さえた。

セオが身廊へ戻ると、そう待つ事なくリョウが行きとと変わらぬ様子で帰ってきた。

とりあえず即殺されるようなことはなかったようだ。

セオは遠巻きにリョウの様子を見ていたが、何かがいつもと違う事にすぐに気が付いた。

今朝まではただ座っていただけのリョウが、珍しく自分から信者に話しかけている。

しかもその顔は慈愛深い微笑みという、思い切り作ったものだ。

訝しく思いながら見ていると、突然背中に鋭い切っ先が突きつけられた。


「お前があの偽ユキネと共に現れた男だな?」


耳元で低く囁かれる。

セオは前に跳ぶと振り返った。


「誰だっ」


そこにはアッシュグレーの髪の青年が立っていた。

長いマントの中には隠した短剣がちらついて見える。


「お前に忠告しておく。早々にあの偽者を連れてここを去れ。俺たちにウワカマスラはもう必要ない。あんなのがいれば混乱を招くだけだ」

「初対面の人間に随分なご挨拶だな」

「このままサンクラシクス大聖堂が大人しく衰退していけば全ては上手くいくはずだった。あの偽ユキネさえ現れなければなっ」


セオはさっき聞いたルテの話を思い出した。


「お前、ユネット教会の者だな…」

「その通りだ」


青年は床を蹴りセオとの距離を一気に詰めた。

短剣がひらりと目の前で閃く。

セオは体を反らせることでその軌道から逃れ、逆に青年の手を下から掴み上げると思い切り捻り上げた。


「ぐっ…」


小さな呻き声を上げると青年は堪らず短剣を落とした。

セオの手を振り払うと後ろに逃れ距離をとる。

ここまでの出来事は時間にしてほんの数秒。

周りで気付いた者は誰もいない。


「…俺はキイラギ。お前、名はなんという」


青年からはまだ殺気が立ち込めている。

セオは隙を見せずに簡潔に応えた。


「セオ」

「セオ、か」


キイラギは構えを解くと舌打ちをしながら剣を拾い上げた。


「お前の顔は覚えておくぞ。またすぐに俺はここへ戻ってくる。その時にまだお前と偽ユキネが居座っていれば今度こそ殺す」


踵を返すとそのまま身廊の扉の向こうへ歩き去る。

セオはキイラギが見えなくなると肩の力を抜いた。

リョウの姿は既にない。

いつの間にか昼にさしかかっていたようだ。

セオは部屋に戻る廊下を歩きながら一人考え込んでいた。

キイラギが何者なのかは分からないが向けられた殺気は本物だった。

それにもしかしたらユキネの事を知っているのかもしれない。

何とかもう一度現れる前にリョウとも接触しておきたかったが、やはりそんな機会は訪れず日にちばかりが無情に過ぎていった。

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