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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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冷たい怒り

リョウの反撃は水面下で着々と進んだ。

調理場の女たちはすっかりリョウの味方だし、日々大人しく言うことを聞いているせいか監視も少しずつ緩くなってきた。

勉強は個人授業から完全に他の信者の子どもたちと一緒になり、行動範囲も広がった。

リョウはここでもきちんとシエルとして大人しく授業を受け、休み時間も黙々と本に目を通していた。

教師のウウトはすっかり安心し、数日で休憩時間には目を離すようにもなった。


「シエル様はとても優秀なのですね」


いつものように本を読んでいると、先生がいない隙を伺い年上の女の子たちが初めて話しかけてきた。


「ここには慣れましたか?シエル様は森の向こうからいらしたのでしょう?」


リョウは少女たちをゆっくりと見上げた。

待っていたのは、まさにこのタイミングだ。


「し、シエル様…!?」


少女たちはリョウを見ておろおろした。

リョウの瞳からは、幾筋かの涙が伝っていたからだ。


「どうなさいました?具合でもよろしくないのですか?」


少女たちの声を聞いて、他の子たちも集まってきた。

リョウは涙をぬぐいうつむいた。


「ごめんなさい…。なんでも、ない」

「シエル様…」


リョウより一つ年上の青年が声を潜めて言った。


「なぁ、お前…本当にシエルなのか?」

「まぁ!!ラド!!貴方何てことを!!」


ラドは皆を見回した。


「お前らだって、盲目的な大人たちみたいに完全に信じてるわけじゃないだろ?そんな都合よくシエル様が現れるもんか!前の時だって…」

「ラド!!」


少女たちが批難めいて声を上げると、ラドは一度口を閉じた。

だがすぐに気を取り直すとリョウの肩に手を乗せた。


「じゃあ何故こいつは今泣いているんだと思う?」


リョウはラドを見上げると首を振った。


「だめなんだ…。何も、喋るなって言われて…」


少女たちは口元を手で押さえた。

ラドはほらみろと言わんばかりに皆を見回した。


「お前さ、本当の名前はなんて言うんだ?」


リョウは焦りを見せるときつく手を組んだ。


「言えない。余計なこと言ったら、大事な人を殺されちゃうから…」

「まぁ…っ!!」


青年たちも少女たちも、純粋な顔に怒りを浮かべた。

ラドは特に真っ赤になると拳を握った。


「そういうことか…。おい皆、ちょっと集まれよ」


もともとラドはリーダー気質なのだろう。

二十人近くいた子どもたちはさっとリョウの周りに集まった。


「最近の大人たちからは嫌な噂ばかり聞こえてくる。極め付けがこれだ。お前ら、せめて俺たちはこいつの味方にならないか?」


子どもたちは互いに顔を見合わせると頷きあった。

リョウは狼狽すると首を振った。


「だめだよ…!皆を巻き込むなんて…!!」

「気にするなよ。俺たちは絶対この秘密を守り抜くから。…だからさ、名前くらい教えてくれないか?」


リョウは立ち上がるとはらはらと涙を流した。

それは誰がどう見ても守ってあげたくなる儚い姿だった。


「おれ…おれの名前は、リョウだよ…」


ラドは目を剥いた。


「お前…男…!?」


皆が驚愕する中、リョウは小さく頷いた。

ラドは気の毒さが倍増しになった。


「そ、そうか。よし、リョウ!!何か困ったことがあれば俺たちに言えよ?俺たちは味方だ。そうだろ皆!」


子どもたちは揃って頷いた。

少女たちはリョウが男だと聞いて僅かに持っていた競争心がまるっきり消えたし、青年たちは逆により憐れみと親しみが湧いた。

リョウが涙を拭っているとウウトが部屋へ戻ってきた。

皆は素知らぬふりをして席に着いたが、その心はもう一致団結していた。

リョウも席に座りなおすと教材を開いた。


「みんなかわいいな…」


さっきの涙もどこへやら、リョウは一人でひんやり笑った。

新都にいた時から思っていたが、大人に守られながら育った普通の子どもたちは、リョウから見たら信じられないくらい純粋で単純だ。

思った通り、ここも手の内に置ける。


「次は、どこにしようかな…」


リョウは小さくつぶやくと、目は教材を追いながら頭の中では全く違う事を考え始めていた。

授業が終わると、いつものように町に降りて大地の祠を巡る。

祈りを終え帰ってくると大司教が出迎えた。


「シエル様、お帰りなさいませ」

「…」


リョウは黙って睨みつけると決められた通り次の部屋へ向かって歩いた。

大司教は訝しげな顔でその後に続く。


「…何?」

「貴方は、何を考えてらっしゃるのです?」


優秀で従順。

それは願ってもない事なのだが、リョウがあまりにも問題がなさすぎるので逆に不気味に見えてくる。

普通ならもっと嫌そうなそぶりを見せたり投げ出しても何らおかしくはないのだ。


「別に」


リョウは背を向けると、辿り着いた部屋の扉を閉めた。

一人になり席に着くと氷の微笑が浮かぶ。

心が冷えているのが、自分でも分かる。

利用出来るものは全て利用し、こんな場所とあの男だけは必ず叩き潰す。

その為に誰の心を踏みにじることになっても知るものか。

セオを守りたい一心だったはずなのに、冷たい怒りに支配されたリョウはもう自分を抑えることなど出来なかった。

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