ウワカマスラの血
改めて案内されたセオの家は、やっぱり不思議な物だらけだった。
まずは円盤型の出入り口。
そこに乗れば砂漠のどこかに出られるが出先は毎回変わる上に法則性もなし。
しかも砂漠からはリョウだけでは入れないらしい。
「ってことはおれが一人で外へ出ちゃったら戻って来れないってこと?」
「そういうこと」
「うわ。気をつけないと」
リョウはうっかり円盤を踏まないように後ずさった。
セリーは円盤から伸びる廊下を指差した。
「右側二つの扉はガラスの部屋とセオの倉庫よ」
「倉庫って、部屋なのに?」
「ええ。中は大型船だって入るくらい広いのよ」
「大型船!?いったいこの家どんな構造になってるの??」
仰天するリョウに構わずセリーは説明を続けた。
「左側二つの扉は医療機械が収められた部屋と…開かずの扉ってところね」
「開かずの扉?中に何があるの?」
「それは知らなくてもいいことよ」
取手すらない扉には大いに興味を引かれたが、リョウは大人しくその前を通り過ぎた。
リビングはリョウのよく知る一般的な雰囲気と同じだ。
フローリングにはシンプルなカーペットが敷いてあり、ローテーブルとソファもある。
右手側には何もないこざっぱりとしたキッチンがあり、その側に食卓用のテーブルと四つの椅子があった。
「家具は普通なんだね」
「その辺りは新都から取り寄せているからね。問題はキッチンね」
言われるがままにキッチンに入る。
大きな天板はあるが、そこにはどれだけ目を凝らしてみても電力も火力も水力も使う仕組みにはなっていない。
リョウは難しい顔で唸った。
「これでどうやって料理が出来るの?」
セリーはくすりと笑うと天板の端にある四角い石に手を触れた。
「今のあなたなら使えるはずよ。ここに手を触れて火を思い浮かべるだけ。消す時は逆に火を消すイメージをするだけよ」
リョウは言われた通り白く四角い、磨き上げられた石の上に手を乗せた。
しばらく待つとコンロの上が赤く光りだし熱を持ち始めた。
「え、すごい!本当だ!魔法みたい!」
「魔法じゃないわ。サンドフローと呼ばれる砂漠のエネルギーよ」
「サンドフロー?…流砂??」
「違うわ。感覚として大地の底から溢れるエネルギーみたいなものよ。だから地力とも言われるわ」
「ちりょく…?」
セリーはリョウの手に指でちょんと触れた。
すると手の平で小さな青白い光が少しだけ波打った。
「まぁ、あなたは青なのね。セオと同じ血なのに不思議…」
「なっ、何これ!?」
リョウはまだ薄っすら光る手を開いたり閉じたり振ったりしてみた。
少しすると前触れなく光は消えた。
「基本的にこの家の動力はこの地力なの。でもテディは新都文明も気に入っててね。それを取り入れるものだからこの家はごちゃごちゃなのよ」
「テディ?」
「セオの父親。もういないけどね」
リョウはセオが引き篭もったままの部屋を振り返った。
「セオは、一人ぼっちなの?」
「そうね…。いえ、そんな簡単なものじゃないわ」
「あ、でもセリーたちが家族みたいなものだって言ってたし一人ではないのかな」
セリーは目を見張ると嬉しそうに微笑んだ。
「そう、セオがそんなこと言ったの…」
その微笑みはとても美しかった。
新都一大きな美術館でも見たことのない芸術作品のようだ。
リョウは惚れ惚れと見とれていたが、真っ赤に染まったままのコンロに気付いて慌てて石にもう一度手を乗せた。
同じ原理でとりあえず水も使えたので、これなら簡単な料理くらいは作れそうだ。
「こっち側の廊下は説明はいらないかしら?」
「うん。あそこがセオの部屋でその隣が今セオが寝てる空き部屋。左側が奥からトイレとお風呂だよね」
「そうよ」
セリーは一通りリョウにしていいこととダメなことを教えると、最後にガラス張りの部屋に戻ってきた。
「私の仲間を紹介するわ。アメット、シュルナーゼ。出てきて」
セリーの声に応えるように、ガラステーブルの上のドールハウスが赤く光った。
それは家を飛び出すとリョウの前で人の形になった。
あの老人と少女だ。
「ふんっ、気に入らん面構えじゃの!!甘ったれで根性悪な顔じゃ!!大体新都の子どもというのが気に食わぬ!!して、小僧名は!?」
至近距離まで迫られてリョウは大きくのけぞった。
「り、リョウ」
かろうじて答えるも、老人は厳しい顔のままふっさりとした眉の下からじろじろと睨んできた。
セリーは間に入ると老人をたしなめた。
「アメット。リョウはまだ十と少ししか生きてないのよ?そんなに脅さないで」
アメットはふんとそっぽを向いてしまった。
セリーは老人を放っておいて少女をリョウの前に出した。
「この子はシュルナーゼよ。幼く見えるけれど、リョウよりはだいぶ年上よ」
シュルナーゼはどう見てもほんの五歳くらいだ。
もじもじとセリーの後ろに隠れてはいるがその顔はやはりとても愛らしい。
これで年上と言われてもいまいちピンとこない。
「シュルナーゼは何歳なの?」
リョウが聞くと、セリーは完全に後ろに隠れてしまったシュルナーゼの代わりに答えた。
「私たちに歳の数えはないけれども、そうね。この子は生まれてからまだ四百五十年くらいしか経ってないかしら」
「よんっ…」
あまりの数字に絶句する。
リョウは目の前の三つの光を改めて見つめ直した。
「セリーたちは、一体なんなの…?」
今更こんなことを聞くのは間抜けな気がするが、もう聞かずにはいられない。
セリーは真っ直ぐにリョウを見つめながら口を開いた。
「私たちはこの地で生まれた大地の意思。ずっとずっと、遥か昔からこの砂漠を守っているわ」
リョウは呆然と立ち尽くした。
頭が全然ついていかない。
「じゃあ、セオは…?」
恐る恐る聞いてみると今度は老人が前に出た。
「セオはわしらを生み出したウワカマスラ最後の末裔じゃ」
「う、ウワカマスラだって!?」
リョウは素っ頓狂な声を出した。
それは誰でも知っている神話に出てくる神の民だ。
その昔、地を自在に操り人々を支配した恐ろしい存在として記されている。
「あれって…あれってただの作り話じゃないの!?」
リョウは更に混乱する頭を抱えた。
セリーは美しく微笑むとリョウを抱きしめるようにその腕に包んだ。
途端に身体中が熱くなる。
リョウの全身はさっきの青白い光に包まれた。
「これが貴方に混じったウワカマスラの血よ」
「な、なんで…?」
リョウはハッとすると左腕の点滴跡の痣に触れた。
「もしかして、治療の時に…?」
「そういうこと。セオは自分が負傷した時用にいつも自分の血液を保存しているの。貴方の血液の型が偶然同じだったからそれを大量に使ったみたいね」
「そっか…。そうだったんだ…」
青白い光は優しく波打つとふわりと消えた。
リョウはもう一度手をぱくぱくさせると元気に顔を上げた。
「おじいちゃん、セリー、シュルナーゼ。しばらくお世話になります!新しい家族だなんて、おれ、なんだか嬉しいよ!!」
「おじっ…」
アメットは物怖じしないリョウに顔をしかめた。
シュルナーゼは少しだけ嬉しそうな顔を見せたが、更にもじもじとしながらドールハウスの中に消えた。
セリーだけは優しく笑っている。
「こちらこそよろしくね。まさかこんな形で仲間が増えるとは思わなかったけれどね」
リョウは初めて得る高揚感に胸を踊らせていた。
何だか新しい自分に生まれ変わった気分だ。
後は早くセオが機嫌をなおしてくれれば言うことはない。
「よし、今夜は俺が美味しいものをたくさん作るよ!!」
リョウは張り切りながら腕まくりをし、意気揚々とキッチンへと向かった。