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砂漠の月  作者: ちあき
第五章 不吉なシエル
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シエルの勤め

シエルとしてのリョウの一日は想像以上に忙しかった。

早朝から参拝者の為に身廊で座り続け、ひと段落すれば自らが祈りを捧げる為に祝福の間と呼ばれる独立した塔に放り込まれる。

その合間合間にはウォーター・シストと大聖堂についての勉強や、シエルとしての振る舞いを指導されたりする。

昼休憩は三十分で、質素な食事を済ませるとまた身廊に戻る。

それが終われば街の至る所に祀られている大地の祠を巡らされるか、地方の教会へと出向かなければならない。

二十時過ぎには解放されるが、くたくたに疲れきったリョウは体を流して食事が済むと泥のように眠り込む日が続いた。

今日も祝福の間で祈りを終えたリョウは、休む間も無く空き部屋で大量の課題を押し付けられていた。

文句も言わずに黙々とこなしていると、段々とこのウォーター・シストの事にも詳しくなってきた。


「約一千年前にフューズアイムが崩壊。その数百年後に、残された高度な技術を全て奪い取った者たちが北へ上る…。これ、きっと新都人のことだ」


新都設立年数を計算からしても間違いはなさそうだ。


「残されたのは大量のガラクタと北へ上ることを拒否した人たち。残った者はこの地をウォーター・シストと名を改め、独自の技術を磨きここまで発展した…か。なるほど。道理でこっち側の人達が新都を毛嫌いしてるわけだ」


リョウは滑るように大量の文字を目で追うと、本を閉じた。

二冊目に手に取った本はウワカマスラについて記されている。

だがこれは字もよく分からず難読だ。


「えと…、ディド、ランテ…いや、ライテルストゥだから、月の夜、かな。それから破滅。えーと、これは…」

「破滅の双子。一人は蒼の地、一人は黄金の月也。ですよ」


顔を上げると見たことのない、線の細い女がいた。

歳は五十をいくつか過ぎたくらいだ。

リョウはサッと顔を引き締めた。


「初めましてシエル様。わたくしは子ども達の学問を担当するウウトと申します。明日からシエル様には他の子と同じように大部屋へ集まって勉強をして頂くことになりました」

「はい、ウウト先生。よろしくお願いします。あの…、今の翻訳はどういう意味ですか?」

「破滅の双子ですか?かなり古くからウワカマスラの金に光る子どもと蒼く光る子どもの双子は不吉だと言われているのです」

「不吉?」

「文字通り破滅を呼ぶのです」

「そう、ですか…」


いまいち抽象的すぎて分かりにくいが、ふと似たような言い伝えを思い出した。


「新都にも砂漠について不吉な言い伝えがあります」

「新都…」

「はい。学校で習うわけではないですが、砂漠へ行かせない為の教訓として砂漠の王の話は必ずどこかで聞く話です」


ウウトははっきりと顔をしかめた。


「新都は何の教訓も生かさず全てを忘れようとする痴れ者の集団です。シエル様、ここでは特に新都の話はしてはなりませんよ」


その物言いには嫌悪感さえある。

やはり新都への反発は根強いようだ。


「シエル様は本日も午後三時より大地の祠巡りですね。あそこに記されている一つ一つの教訓はとても大切なものです。きちんと学んで帰られませ」

「分かりました」


そんなものとっくに丸暗記しているが、リョウはここでも逆らわずに大人しく頷いた。






ーーーーーーーー





大聖堂のシエルのことはもう街中の誰もが知っている。

バンビはその噂を耳にするたびにひやひやとしていた。


「リョウ…やっぱりあそこから逃げ出せないでいたんだ。こんな大ごとになっちゃってどうすればいいのよ」


頭を抱えていると、すっかり相談役になってくれている恩師バケットも唸った。


「お前の連れはシエルに祭り上げられてるだけなんだろう?そんな事が今更バレればそのリョウとかいう少年の命が危ういな」

「え…」

「考えてもみろ。これだけの信者が熱狂的にシエルに心酔してやがるんだぜ。あれで偽物だなんて言われた日にゃ全てが偽物憎しにすげ変わる」

「そんな…!!」


バンビが青くなっていると急に扉が開きハイトラが飛び込んできた。


「ばんび!!」

「は、ハイトラちゃん。部屋に入る時はノックをするものなのよ」


バケットの視線を感じながら慌てて言ったが、ハイトラは聞いちゃいなかった。


「ばんび!!リョウがいたぞ!!」

「え!?」

「今あっちでお祈りをしてる!!」


バケットは無精髭を撫でた。


「大地の祠巡りだな。今日はメイドー二番街を訪れてるのか。そばまで近付くことは難しいだろうが、様子を見ることくらいは出来るんじゃないか?」

「先生、行ってきます!!」

「おぅ、気をつけてな」

「はい!!」


バンビは急いで立ち上がると、きっちり礼をしてからハイトラの後に続いた。

大通りに差し掛かろうとした所で、ハイトラは足を止めて振り返った。


「ここから先はすごい人だかりで全然進めないんだ。だから屋根から行く」

「屋根!?」


ハイトラはバンビを引き寄せるとさっと足をさらい横抱きにした。

そのまま凄まじい跳躍で近くの屋根に飛び乗った。

バンビは真っ赤になりながらハイトラにしがみついた。


「ま、またこれ!?」

「うん。しっかり捕まってて」


憧れのお姫様抱っこをされるのは嬉しいのだが、自分より遥かに小さな少年にされても居心地が悪いだけだ。

バンビはなんとか必死で体を丸めて屋根から屋根へと飛び移る衝撃に耐えるしかなかった。

ハイトラが言う通り、大通りはすごい人だかりができていた。

地の祠を巡るシエルを一目見ようと押しかけた信者や、野次馬たちで溢れかえっている。


「あそこだ。ばんび、あそこにいるのがリョウだ」


ハイトラの指差す先に目をこらすと、人だかりの中にぽっかりと空間が出来ている場所があった。

その真ん中で黒いヴェールとレースの服をまとった少女が祈りを捧げているのが見える。


「…どれ?」

「あの黒いのがリョウだよ」

「え、えぇ!?」


遠くてよく見えないが、その少女はリョウのように動きがガサツではないし立ち振る舞いも落ち着き払っている。


「…人違いじゃないの?」

「ううん。あの顔はリョウだ。変な化粧してるけどな」

「ハイトラちゃん、この距離で顔が見えるの!?」

「ばんびは見えないのか?」

「普通、見えないわよ」


ハイトラは立ち上がると大聖堂を見上げた。


「やっぱりあそこにもう一度行かないとちゃんとリョウに会えないかな」

「でも、とにかく無事そうでよかった。近くにセオはいる?」

「うーん…、いない」

「そっか。それにしてもどうしてリョウはあんなに大人しくシエル様の代わりをしてるんだか」

「もう少し近づいてみるか?」


ハイトラは返事も待たずにバンビを抱えあげて屋根から飛び降りた。


「ぎ、ぎゃあぁーーハイトラちゃあぁん!!」


見る見る近付く石の道にバンビはぎゅっと目を閉じた。

地面に着地したハイトラは眉を寄せてバンビを下ろした。


「ばんび、耳が痛いぞ」

「だって!!だってだってぇ!!」


足がすくんでへたり込んでいると、ハイトラが手を差し出した。


「立てるか」

「ま、待ってよぉ」

「立てないならまた担いでやるぞ」


バンビはハイトラの手を借りながら意地でも立ち上がった。


「あのねぇ、軽々しく女性は担ぐもんじゃないのよ」

「だめなのか?」

「いや、ダメというか…」

「ばんびは嫌だった?」

「いや、嫌とかそういうわけじゃないの。ただ…」

「ごめん…」


しゅんと謝るハイトラに、バンビは慌てて言った。


「だ、だから、そうじゃなくて!!恥ずかしいじゃない!!私はハイトラちゃんより大きいし、お、重いんだもん!!」


何てこと言わせるんだと更に真っ赤になったが、ハイトラはきょとんとして見上げてきた。


「ばんび…」

「な、何よ!?」

「ばんびかわいい」

「は!?」


にっこりと微笑まれて言われたものだから、バンビは身体中が熱くなった。


「も、もう!!何なのよぉ!!からかわないでよぉ!!」


ハイトラは自分とバンビとの身長差を手で計った。


「あとこれだけか。オレがばんびより大きくなったら問題ないってことだよな」

「いや、あのねぇ…?」

「分かった!!」


もう何が分かったのかバンビにはさっぱり分からなかったが、何にしても今頼りになるのはこの小さなハイトラしかいない。


「とにかく、大地の祠巡りは定期的に行われるはずだからリョウの様子はこうやって確認できるわね。あとはセオを探さなくちゃ。たぶんまだ大聖堂の中で捕まってると思うんだけど…」

「ばんび」

「え?」


ハイトラはバンビの手を掴むと反対方向に走りだした。


「ち、ちょっとハイトラちゃん??」

「見つかった」

「えっ」


振り返ると信者らしき男が何人かこっちを指差していた。

バンビは慌てて走ったが、何せ人が多くて動きにくい。


「ハイトラちゃん、さっきはあんな我儘言ってごめん!!お願いします!!」

「おう!!」


ハイトラはバンビの了承を得たこともありひょいと抱え上げると高い塀を飛び越え追っ手を鮮やかに置き去りにした。

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