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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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別離

アイトは月光の降り注ぐ窓辺から外を見下ろしていた。

ずっと考えないようにしていたリョウの事が今更になって頭を巡る。

初めてリョウを見たのは、彼が一歳を超えた頃。

その時ははっきり言って少しも興味がなかった。

父の隠し子だと聞いても、それ故に冷たい大人たちに囲まれ表情もなく育っていく彼を見ても、全く何も感じなかった。

あの忌まわしい事件が起きたのは、リョウが四歳の時だ。

小柄な女に呼び止められた事を自分は一生忘れないだろう。

その女は帽子を深くかぶせた小さな少女を連れていた。

自分と一緒にいたレオ、シオン、クルハがどう思っていたのかは分からない。

ただ幼い自分たちは、程度の差はあれリョウに対して無関心すぎた。

それが、まさかあんなことになるなんて…。

アイトは頭を振ると窓を開けた。

涼しく澄んだ空気が部屋に流れ込む。


「リョウ…」


今頃どこで、何をしているのだろうか。

そう思った途端自嘲気味な笑みが浮かぶ。

リョウを捨てるように置いてきた自分に、そんなことを案ずる資格はとっくにない。

月明かりを浴びていると、後ろからセリーの声がした。


「どうしたのレイマ。眠れないの?」


アイトが振り返ると、上半身を起こしてこちらを見ているセリーと目があった。

彼女は美しく微笑んでいた。

アイトは窓を閉めるとセリーのベッドに腰掛けた。


「セリー、僕は…」


違うと言いかけた言葉は、セリーの口付けで塞がれた。

アイトは驚いてセリーを引き離した。

月明かりは充分にある。

この距離で見間違えることはないはずだ。

セリーは不思議そうに瞬くともう一度アイトの首に腕を回し体を寄せた。


「レイマ?」


アイトはセリーを刺激しないように今度は無理には引き離さなかった。

その頭の中で、どうすべきか目まぐるしく考える。

違うと言い諭して彼女をまた錯乱状態に落とすのは好ましくない。

かといってこのままレイマの代わりをしていれば、正気に戻ったセリーを更に混乱させる事になる。

珍しく対処に迷っていると、セリーは間近でアイトを覗き込み嬉しそうに笑った。


「セ…」

「レイマ、愛してるわ」


疑うことを知らない純粋な瞳。

そこに映し出されているのは確かな信頼と愛情。

これと全く同じ瞳で見上げてきた幼いリョウの面影が重なった途端、冷静に働いていたアイトの思考が一瞬止まった。

青白い月の光が部屋の中に静かに降り注ぐ。

アイトは自分を求めて伸ばされた手を振り解けなくなり、迷っていた手はそっとセリーを抱き返すしかなかった。

夜明けが近付くと、アイトはシュルナーゼのベッドの隣で座り込んで寝ているカズラを起こした。


「カズラ。起きろ」

「…ん。あぁ?なんだアイト…」


扉を顎でしゃくるとそのまま部屋を出る。

カズラは立ち上がるとその後に続いた。


「カズラ、僕は日の出と共にセリーを連れて先に砂漠へ戻る。今はシュルナーゼとも会わせない方がいいのかもしれない」

「そんなにセリーは混乱しているのか?」

「ああ。ある意味錯乱中より危ない状態かもしれない。それに…」


アイトはため息をつくと小さく声をこぼした。


「混乱しそうなのは、僕も同じだ…」

「あ?なんだって?」

「いや、とにかくこんな事態になってしまったのは僕のせいだからな。ゼンに掛け合ってセリーは解放する。シュルナーゼは逃さないように引き続き監視をしておいてくれ」


ガラスは顔をしかめたが、アイトは構わずここを出るための身支度を始めた。

朝になり目を覚ましたセリーはやはり元には戻らなかった。

アイトを見ては嬉しそうにレイマと呼び話しかけてくる。

アイトは否定はせずいつものように冷静に接した。


「セリー、今日は朝から出掛けるよ」

「本当?じゃあ早く朝ごはんの用意をしないと。卵はまだあったかしら?」

「今日は外で食べよう。セリーも食べられるか?」

「もちろん!なんだかすっかりお腹がすいちゃって」


セリーは当たり前のように言った。

今まで一口も食べようとしなかったから、食に意欲的な発言をすることに違和感がある。

長い髪を綺麗に編み込み、生き生きと動き回っている様は本当に別人にでもなったようだった。


「一緒に出かけるなんて久し振りね。いいお天気でよかったわ」


セリーはアイトの手を取ると幸せそうに窓の外を眺めた。

アイトは苦笑するとセリーの頭をぽんと撫でた。


「行こうか」


昨日まで添えるように繋いでいた手が、自然と指を絡めるように繋がれる。

アイトはそっとその手を握り返した。

こうやってしばらくはレイマの代わりを引き受けるしかない。

その上でセリーが正気になった時に後悔しないよう、適度に距離を取るしかない。

至難の業だが、アイトは腹を決めセリーを連れ出した。

セリーたちが家を出たのを確認してから、カズラはシュルナーゼを起こした。


「シィ、朝だぞ。起きられるか?」

「ん…」


少女は身をよじると目を開いた。

怠そうにその目をこすりやっと顔を上げる。


「カズラ…おはよう…」


いつもならすっきり起きてくるだけに、なかなか動かないシュルナーゼにカズラは心配になった。


「悪い。眠いならまだ横になってて構わないぞ」

「私…昨日、何してたんだっけ…」


カズラは言いにくそうに頭をかいた。


「シィ、そのままでいいから聞いてくれ」

「うん?」

「実はセリーの具合が本格的に良くないんだ。さっきアイトがセリーを治すために先に砂漠へ連れて行った」

「え…」


シュルナーゼは目を大きくすると不安そうにカズラを見上げた。

カズラは出来るだけなんでもないように言った。


「心配するな。アイトなら任せて大丈夫だ。どうせ数日でここを出る予定だったんだ。俺たちはもう少しのんびりしてから基地へ帰ろう」

「…」


泣きそうな顔で黙り込んでしまったシュルナーゼに、カズラは手を伸ばした。

少女は数回瞬きをすると応えるように両手を伸ばし返した。

大男はシュルナーゼをゆっくり抱き上げるとその背をぽんぽんと叩いた。


「そうだな。不安だよな。悪い」


そのまま部屋を出るとリビングに入る。

カズラはシュルナーゼの白いレースの巾着からべっこう飴を取り出した。


「いるか?」


シュルナーゼは首を振った。


「ううん…」

「そうか…」


腕の中で小さく丸まる少女はただ不安に押しつぶされないように耐えていた。

住処から攫われ、不安定な体を強いられ、心の拠り所であったたった一人の仲間はもういない。

カズラはこの小さい少女が不憫だった。

仕事と割り切ってゆっくり向き合ってきたことが、彼にとっては完全に仇となった。


「シィ。俺たちもここを引き払って外へ出ようか」

「ここを…?」

「そうだ。どこか行きたいところはあるか?ゆっくり町を見ながら適当に泊まって、北に上がっていけばいい」


シュルナーゼは顔を上げるとカズラを真っ直ぐな瞳で見つめた。


「私も砂漠へ帰れるの?」


カズラはぐっと詰まった。

基地からまだ許可はおりていない。

だがカズラは罪悪感を押し殺して頷いてみせた。


「そうだな。最終的にはな。その前に何かやりたいこととかないか?その体があるうちにもっと色々な美味いもんでも食べ歩くか?」


シュルナーゼは少しだけ元気を取り戻すと微笑みを浮かべた。


「私の、やりたいこと…」

「おぅ、何でもいいぞ」


カズラは笑顔を見せた少女に景気良く答えた。

シュルナーゼはしばらく考えると、躊躇いながらカズラを伺った。


「なんだよシィ。遠慮せずに言えよ」

「あの、あのね…私…」

「ん?」


両手を組むと少女は消えそうな声で言った。


「ユキネに…会いたい…」


思わぬ願いにカズラは目を見張った。

シュルナーゼはカズラの反応にうつむいた。


「…ごめんなさい」


本当に本物のユキネなら、一目でいいからその姿を見たいとシュルナーゼはひっそりと思っていた。

ただそれはとても困難で、ここにいる限り無理な願いだろうとも思い、今まで口には出さなかった。

カズラはせっかく笑顔を見せたシュルナーゼがまたしぼんでしまったので、慌てて言った。


「分かった!!分かった行こう!!」

「え!?」


シュルナーゼを床に下ろすとカズラは太い腕を組んだ。


「何でもいいって言っただろ?確かオリーブの時も一日に数時間だけ地の祠を巡りに街に出てくる時間帯があったはずだ。その時になら会えるかもしれん」


シュルナーゼはぱっと顔を輝かせた。


「カズラ…ありがとう…!!」


二人はそれから昨日約束をしていたアップルパイを作り、それを持っていつもの海へ向かった。

きらきら光る景色を見納めながら食べるパイはとろけるように美味しかった。

たわいないお喋りをしながら借り家に戻ると、簡単に部屋を片付け荷物を整える。


「シィ、忘れ物はないか?」

「あ、ちょっと待って」


シュルナーゼは最後までテーブルに置いていたレースの巾着を持ってきた。

中からべっこう飴を取り出すと一つ口に放り込む。


「あのね、これは私の宝物なんだよ」


大事そうにその巾着を握りしめる。

太い指がシュルナーゼのおでこを軽くつついた。


「知ってる」


二人で合わせたように小さく笑う。

カズラは数日間過ごした家の扉を閉めると、自分とは不釣り合いの愛らしい少女を連れて大聖堂を目指した。

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