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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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壊れた光

ベッドで座り込みぼんやりとしていたセリーの前に、カズラは異様な慌ただしさで駆け込んできた。


「セリー!!休んでいるところ悪いがシィを見てやってくれ!!」

「シュルナーゼ…?」


カズラはシュルナーゼをセリーのそばに寝かせた。

セリーは浅く息をする少女に触れると顔を強張らせた。


「この子に何をしたの!?」


答えたのは後ろから入ってきたアイトだ。


「すまない。僕の三日月陣がシュルナーゼに何か悪い影響を与えてしまったようだ」

「三日月陣…?」

「地に満ちるエネルギーを吸い上げる分子の集合体だ」


シュルナーゼの体からは生気がほとんど感じられない。

カズラは焦りを見せた。


「何とかならないのか!?今シィはどれ程危険なんだ!?」

「すぐにでも失ったエネルギーを得られなければこのまま消えてしまうわ。今の私たちは光でも人でもない中途半端な存在だから…」


セリーは棚から小さなナイフを出すと、刃を浅く腕に滑らせた。


「セリー!?何を…!!」


アイトはすぐにセリーからナイフを取り上げその手を掴んだ。


「見て。これが今の私たちの状態よ」


セリーの傷口からは、赤い砂がどろりと流れ落ちていた。


「砂の塊でも人でもない。作り物のこの体はとても脆いのよ」


カズラとアイトは息を飲んだ。

血の代わりに流れる赤い砂はどう見ても異様だ。

セリーはじっと考え込んだ後、意を决するとアイトを見上げた。


「私の力を全てシュルナーゼに与えるわ」

「だが、セリーはどうなる…?」

「私は一度人として生きていたから、やろうと思えばすぐにでもこの体を人に変える事は出来るの。そうすればシュルナーゼにエネルギーを全て与えても大丈夫よ。ただ…」


シュルナーゼの話を聞いていたアイトはセリーの不安に察しがついた。

実体化が定着することを、セリーの心はずっと拒否している。

それは封じられた記憶が解けることを無意識に恐れているからだ。

今まで食事を極力取らなかったのも、眠る時間がずっと長いのも、全ては少しでも人に近付くのを遅らせる為の防衛本能だろう。


「セリー!!シィが!!」


ずっとシュルナーゼを見ていたカズラが大声で叫んだ。

セリーはシュルナーゼを抱きかかえた。

もう迷っている時間はない。


「アイト、カズラ。もし、私に何かあればシュルナーゼを守って」

「セリー…」

「お願い」


二人は何とも言えない顔で頷いた。

セリーの頼みでアイトとカズラは部屋から出た。

出来るだけ離れていろと言われたが、階段の前に陣取り腰を下ろす。

落ち着かない思いで待っていると、セリーの部屋から眩しいほどの赤い光が漏れ、急に汗が流れるほど室温が上がった。


「なっ…シィ!?」


カズラは部屋へ戻ろうとしたが、アイトがそれを押しとどめた。


「まだ駄目だ。セリーの邪魔になる」

「だが…!!」

「もう少し待つんだ」


まるで高温のサウナのように息苦しい中で、カズラは滝のような汗を流した。


「くそぅ!!何なんだよこれは!?」

「落ち着け、カズラ」

「おお、そうだな!!お前はその歳でいつでも冷静でえらいよな!!」


八つ当たりのように怒鳴ったが、カズラはアイトの握りしめる拳に筋が立っているのに気付いた。

表に出さないだけでアイトも感情を相当な意思で抑え込んでいるだけだ。


「…悪い」


カズラは頭をがしがしかくと、暑さにじっと耐えながらその場に座り込んだ。

どれくらい時間が経ったのだろうか。

肌寒さを覚えた時、セリーがシュルナーゼを抱えて出てきた。


「シィ!!」

「セリー!!」


駆け寄ると、すやすやと安定した寝息がシュルナーゼから聞こえてきた。

頬には赤みも差している。

カズラの肩からどっと力が抜けた。


「シィ…。シィ、良かった…」


カズラにシュルナーゼを預けると、セリーはその場に崩れ落ちた。


「セリー!?」


アイトはすぐにセリーを抱え上げた。

だがその手に違和感を覚える。

今までは羽根のように軽かったセリーから、今は人としての重みがちゃんと感じられるのだ。

ベッドまで運び直すと、アイトはセリーの左腕から流れる赤色に目を止めた。


「血…」


さっきまでどろりとした赤い砂が溢れていた傷口は、今は自分と変わらない血が流れていた。

アイトがその傷口にガーゼを巻いていると、セリーは身をよじり目を開いた。


「ん…」

「セリー、大丈夫か?」


アイトが覗き込むと、体を起こしたセリーは不思議そうに見つめ返してきた。


「レイマ…?」

「え…?」

「レイマはどこ?」


きょろきょろと辺りを見回すセリーの様子は明らかにおかしい。

セリーは急に立ち上がると半狂乱になって叫び始めた。


「レイマ!!レイマは!?」

「セリー!?」


アイトは暴れ始めたセリーを押さえつけるとカズラを振り返った。


「カズラ!!シュルナーゼを連れてこの部屋を出ろ!!」

「お、おう…」


カズラは何が起こったのか理解できなかったが、とりあえずシュルナーゼの身の安全のために部屋を出た。


「セリー!!落ち着け!!」

「離して!!レイマ…!!」


アイトはセリーを抱き留めその動きを封じた。


「嫌っ!!レイマ…信じていたのに…貴方を信じて、私は…どうして…!!」


セリーはぼろぼろと涙をこぼすとアイトにしがみついた。

そのままずっと子どものように泣きじゃくる。

時折意味のわからないことを叫んでは暴れ出し、また泣き崩れてすがりつく。

シュルナーゼの危惧していたセリーの混乱は、確かに相当なものだった。

アイトはセリーが泣き疲れて眠るまでずっとそれに付き合っていた。

顔も体も引っかき傷だらけになったが、それでも最後までセリーが落ち着くように抱き続ける。

アイトの腕の中で眠りに落ちたセリーは、意識がなくてもまだ涙を流していた。

シュルナーゼを一階の寝室で寝かしたカズラは、華奢な少女の顔をじっと見ていた。

閉じていた瞼が僅かに動くと、そっと呼びかけてみる。


「シィ…」


シュルナーゼはうっすらと目を開いた。

カズラはほっと胸をなでおろした。


「シィ。しっかりしろ。何か欲しいものあるか?何か飲むか?」


シュルナーゼはカズラを見ると手を伸ばしてきた。


「カズラ…」

「心配するな。何も怖いことはないぞ」


伸ばされた手をしっかり掴むと、カズラは安心させるように微笑んだ。

それは他の者が見たら引きつるくらい怖い微笑みだったが、シュルナーゼは小さく頷いた。

朝方に近くなった頃、シュルナーゼがぐっすり寝入ったのを確認したカズラはリビングに戻った。

部屋には明かりが灯り、水をボトルに移しているアイトがいた。


「セリーは落ち着いたのか?」

「まだ正気には戻っていない。とりあえず今は眠っているだけだ」

「ずいぶん暴れていたみたいだな」


アイトは苦笑するとあちこちについた傷をさすった。


「こんなに生傷をつけられたのはリョウ以来だ」

「お前のよく話す弟だな」

「ああ。あれも昔は癇癪を起こしたらかなり暴れたからな」


当時を思い出し温かい笑みを浮かべると、カズラがにやりと笑った。


「相変わらずそのガキだけだな。お前にそんな顔をさせるのは。いや、今はもう一人増えたのか」


アイトは顔を上げると冷めた目になった。


「セリーのことを言っているのか」

「お前にしては大事に接しているからな」

「必要だからそうしてるだけだ」


アイトは無表情になった。


「セリーとシュルナーゼは貴重な情報源だ。それに最後のウワカマスラだというセオを確保するためにやはり懐かせておく必要がある」


セオの事をアイトに話したカズラは顔をしかめた。


「お前の言うことは正しいさ。だがな、俺はこれ以上シィを裏切るようなことは出来んぞ」

「冷血無情に敵をなぎ倒すと恐れられた男が情けないこと言うなよ」

「お前はどうなんだよ。ずっと一緒にいてセリーに情の一つも湧かないのか」

「今更…。お前は知ってるはずだろう?僕にはそんな感傷的になれる情などない」

「…」


冷たく言い切るアイトにカズラは肩をすくめた。

人あたりの良さとその見た目からアイトの周りにはいつも人が集まる。

だがアイトは昔から決まって一定の距離以上誰も己に踏み込ませようとはしなかった。

それが何故なのかは分からないが、人並みに人を想う心は自分にはないと、カズラもアイト自身にはっきり言われたことがある。

カズラはアイトの背中に太い拳をぶつけた。


「お前は、お前が思っているほど冷たい人間じゃないぜ」


アイトは無表情のまま目を伏せた。


「…お前は、僕の罪を知らない」


頑なに拒むアイトを、カズラは理解できずに黙って見下ろしていた。

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