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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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シュルナーゼの異変

サンクラシクス大聖堂にシエルが現れてから数日、ウォーター・シストでは既に大きな変化が生まれていた。

長年生気をなくしていた多くの信者は一気に息を吹き返し、明るい笑顔を取り戻した。

街中の至る所がお祝いムードで、まるで大通りはお祭り状態だ。


「おいおい、なんだこりゃ。街中が浮かれてるじゃねーか」


シュルナーゼの気晴らしに街へ連れてきたカズラは、数日前とはまるで違う様子に驚いていた。

隣を歩くシュルナーゼも両手で紙袋を抱えながら騒ぐ人々をおどおどと見回している。

余所見をしていると、カズラとの間に沢山の人が入り込んだ。


「あ、あ、カズラ。待って…」


慌てた弾みで紙袋からりんごがころころと転げ落ちる。

シュルナーゼは必死に人々の足を掻い潜り、りんごを追いかけた。


「すみません、ごめんなさい、そのりんごを取らせて…」


消えそうな声を出しながら何とかりんごに手を伸ばす。

無事に拾ってほっとしていると、体の大きな青年三人にさっと囲まれた。


「何してるの?」

「何か困ってるのか?」

「こりゃまた…えらく可愛い子だな」


青年たちはからかうように笑うと、泣きそうなシュルナーゼの髪に手を伸ばした。


「君どこから来たの?綺麗な髪だね」

「俺たちと遊びに行かない?」


執拗に絡んでいると後ろから大きな影がぬっと現れた。


「なんだお前ら。俺の連れに用でもあるのか?」

「カズラ!!」


シュルナーゼは急いでカズラの元に飛び込んだ。

青年達は見上げる程の巨体と鬼のような顔をした男に真っ青になるとそそくさと離れて行った。

カズラはシュルナーゼを抱きかかえると自分の右腕に乗せた。


「悪いシィ。離れたのに気付かなかった」

「ううん。あのね、りんごが転がっちゃったの」

「だから俺が持つって言っただろ?」

「ごめんなさい」


シュルナーゼは小さくなったが、以前のように泣きそうにはならなかった。


「とにかく、今日はもう戻るか。信者どもはまだシエルシエルと浮かれ騒ぐだろうからな」


シュルナーゼはさっきからあちこちで聞こえてくる名に首を傾げた。


「カズラ、シエルさまって誰?」

「ん?あぁ、十一年くらい前に母親のオリーブと共に消えた赤ん坊さ。そいつらは信者どもの崇拝対象で…」


言いながらカズラはすぐ隣にあるシュルナーゼの瞳を覗き込んだ。


「そういやオリーブもシエルもウワカマスラじゃないか。お前の方が実はよく知ってるんじゃないのか?」


シュルナーゼは目を瞬いた。


「十一年前…?その頃にはもうウワカマスラの生き残りはセオとテディと、サラとユキネしかいなかったはずなんだけどな…」


カズラはサラとユキネの名に反応した。


「それだシィ!!サラとユキネ!!なんだ、消えたオリーブはやっぱりお前らの所にいるのか?」


シュルナーゼは首を振った。


「サラとユキネは確かに一年くらい私たちといたわ。でも、新都で行方不明になったまま帰ってこなくなってしまって…」

「新都?」

「でもシエルさまが帰って来たっていうことは、ユキネが帰って来たっていうことだよね?セオに教えてあげないと!セオはずっとユキネを探し続けていたのよ!」


シュルナーゼは嬉しそうにカズラの肩にもたれかかった。

すぐそばで柔らかな髪がふわふわと揺れる。

ここまでよく懐いたもんだとカズラは一人苦笑したが、日に日にこの少女を戒めている事実に罪悪感も募っていた。

カズラはいつものべっこう飴を放り込んでやりながら帰路に着いた。


「今日は帰ったらアップルパイでも作るか」

「うん!!セリー、食べてくれるかなぁ…」


いくつかフライト盤を乗り継ぎ長い時間をかけて海の家まで帰ってくると、ちょうどアイトが玄関扉から出てくるのが見えた。


「アイト、ただいま!!」


シュルナーゼが駆けてくると、アイトは少し笑みを返しただけでカズラに言った。


「カズラ、少しいいか?」


カズラはいつもと様子の違うアイトにすぐに反応した。


「おう。シィ、セリーの所で休憩してろ」

「う、うん…」


シュルナーゼは不安そうにアイトとカズラを交互に見たが、言われた通り家へ入った。


「で、どうした」

「ここではちょっと。海へ出よう」

「分かった」


あそこなら波音で声が漏れ聞こえる事もない。

二人は足早に海へ続く林へ向かった。

一人家へ戻ったシュルナーゼは、ランプに灯りをつけるマッチをカズラからもらうのを忘れた事に気が付いた。

込み入った話になれば戻るのは遅いだろうし、そうなれば家の中は真っ暗だ。

窓の外を見ればちょうど林の中へ入っていく二人が見えた。


「あ、待って…!」


シュルナーゼは家から飛び出すと二人の背中を追って林へと走った。

今日は風が強く、波はいつもより高かった。

アイトは適当な場所で立ち止まるとすぐに本題を切り出した。


「新都が正式にウォーター・シストの存在を公表した」

「なに…?」


カズラの鷹のような目は鋭く光った。


「奴ら、遂に本気で乗り込んで来る気になったってわけかい」

「そのようだ」

「新都はこのウォーター・シストを随分なめてかかってるようだな。こっちの戦力はルナハクトだけじゃねえんだぜ」


砂漠ではルナハクトの基地が三つある。

そしてその後ろには大神に守られた迷いの森が待ち受ける。

ウォーター・シストで本腰を入れて戦いを挑むには、どうしてもこの二つの壁を力を温存しながら突破しなければならない。

アイトは考え込むと波を見つめた。


「何か余程の策でもあるのか、もしかしたら…」


言いかけた途端、二人の後ろで砂が大きく舞い上がった。


「な、なんだ!?」


アイトとカズラは反射的に腰の剣を抜くと後ろへ飛び退った。

現れたのは砂が形作った巨大な砂蛇だった。


「これは…白塵刀か!!」


カズラは襲い来る大蛇の牙を剣で弾き返した。

アイトは最小限の動きで攻撃を躱し、ざっと辺りに目を配ると砂獣の出処を突き止めた。

そこにいたのは顔を布で隠してはいるが、明らかに年若い青年たちだ。


「またか…」


アイトは手にした白銀の剣を構えた。

刃先が光ると、それを一閃させ三日月の陣を呼び起こす。

轟音とともに足元からから大量の砂がそこに吸い込まれると、十を超える砂狼が飛び出した。

獰猛な砂狼たちは大蛇に襲いかかり、あっという間にその体を引きちぎった。

蛇が崩れ落ちると、今度は唸りながら青年達に向き直る。

青年達は慌てて林の中に飛び込むとそのまま消えて行った。

カズラは剣を鞘に収めると苦い息を吐いた。


「青二歳め。アイト、お前まだ狙われることがあるのか」

「仕方がないさ」


ゼロヴィウスの中でもルナハクトの地位は高い。

訓練生なら誰でも憧れるものだが、そこにゼンのお気に入りだというだけでろくに訓練すら受けていないアイトは在籍している。

しかも憎き官僚一族の倅というのだから、妬みを通り越して殺意に近いものを抱く者もいる。

アイトを直接知らないものほど噂に踊らされ、こうして挑発的に攻撃を仕掛けてくることは以前から多々あった。


「バカな奴らだな。アイトが白塵刀の最高の使い手だと言われていることすら知らねぇのかよ」


カズラはアイトの隣で生き生きと尾を振る砂狼に肩をすくめた。

これほど鮮やかに砂に命を吹き込む使い手は滅多にいない。

アイトは砂狼の頭を撫でてやると彼らをただの砂に戻した。


「それにしても地のエネルギーが薄いただの砂浜にしては随分はっきりとした砂狼が出てきたな…」


不思議に思い辺りを見回すと、誰かが倒れているのが見えた。


「シィ!?」


即座に反応したのはカズラだった。

すぐに走り寄るとその体を抱き起こす。

シュルナーゼの顔色は紙のように真っ白だった。


「シィ!!シィどうした!?しっかりしろ!!どうしてついて来たんだ!!」


どれだけ呼びかけてもシュルナーゼはぴくりとも動かなかった。

アイトもすぐに少女の容態を確認したが、その呼吸の弱さに驚いた。


「酷く衰弱してる。一体なぜ急にこんなに…」


言いながらハッとする。

アイトは無意識に腰に差している白銀の剣に手を置いた。


「まさか…」


シュルナーゼは自分の事を大地のエネルギーだと言っていた。

引きの強いアイトの三日月陣がシュルナーゼの何かを吸い上げてしまったのだとしたら、この状況にも合点がいく。

同じことに思い至ったカズラはシュルナーゼを抱え上げるとすぐに林に向けて走り出した。


「セリーの所へ行く!!俺たちじゃ対処できないだろっ!!」


アイトもすぐに砂浜を後にし、赤い屋根の家まで走り出した。

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