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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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完璧なシエル

セオは捕らえられてからずっと一室に軟禁されていた。

窓は格子で囲われ、常に見張りもつけられている。

出してもらえるのは朝の祈りとやらに連れ出される時くらいだ。

日に日に苛立ちは募ったが、表面上は大人しく機を待ち、備え付けに置いてある本棚から分厚い本を手に取り読んでいた。

リョウの他にも気になったのは巨大絵画に記されていたサラとユキネのことだ。

ユキネの母であるサラは、突然三歳のユキネを連れて砂漠へ現れた。

だが何か余程大切なものを探していたようでユキネを預けてはしょっ中どこかに行っていた。

そして一年ほどすると、探しものを見つけたからとユキネを連れて新都へ行ったっきり二度と戻ってくることはなかった。


「…ユキネ」


ウォーター・シストから逃げてきたとは言っていたが、まさかこんな場所で暮らしていたなんて思いもしなかった。

物思いに耽っていると、部屋の扉がノックされた。

鍵を開き入ってきたのは愛想の良い中年の信者だ。


「セオ様。今日はシエル様が皆の前で改めて挨拶をされる日です。よろしければセオ様もご覧になられますか」

「リョウが?」

「シエル様です。我々がご一緒でよろしければご案内しますよ」


セオは黙って立ち上がった。

その場でリョウを連れて逃げ出せるとは思わないが、とにかく無事な姿だけでも確認しておきたい。

五人の信者に厳重に囲まれながら部屋を出ると、天井の高い吹き抜けの通路を歩かされた。

それにしてもあちこちからちらちらと妙な視線を感じる。

辺りを見回すと、主に女たちが慌てて視線を逸らし騒いでいた。

セオの隣を歩く見張りが低く笑った。


「この数日、西の部屋の窓辺で本を読みふける色男の噂が出回ってるんですよ」


冗談めかして言うも、セオはひたすら無関心な冷めた目でいるだけだ。

身廊へと辿り着き溢れんばかりの信者の最後列へ回ると、前から大歓声が上がった。


「ちょうどいいタイミングで着きましたよ。シエル様が出て参りました。セオ様もお祈りください」


信者たちは一斉に祈りを始める。

セオは押さえつけようとする手を振り払い、食い入るように前を見た。

だが静々と現れたのはセオの良く知るリョウとはまるで別人だった。

あんなにころころと表情の変わった目は落ち着き払い、化粧を施された白い顔には赤いアイシャドウと口紅まで引かれ、クリームイエローの髪は隠されるように黒いヴェールがかぶせられている。

合わせたように着せられた服も黒のレースをあしらった女物だ。


「…あれが、リョウだと?」


驚いたのはその姿形だけではない。

大司教に促されたリョウは一歩前に出ると耳を疑うほどしっとりとした声で話し始めた。


「わたくしは…長い間記憶を失い、地の果てで彷徨っておりました。ですが今、大地の神、そして皆様の祈りにより導かれここに舞い戻ることが出来ました」


淡雪のように澄んだその声は、信者の心に響くには充分なものだ。

リョウは更に慈愛深く微笑んだ。


「この数年、皆様には不安な思いをさせてしまいました。これからはわたくしと共に、また歩んでいただけますか」


針を落としても響きそうなほど静まり返った後、信者たちは爆発的な歓声を上げた。

リョウは優雅に一礼すると踵を返した。

その途中で確かにセオと目が合ったが特に反応も見せない。

セオは唖然とした。


「あいつ…何を考えてるんだ」

「シエル様は自ら望んでああなられたのです」

「そんな馬鹿な事があるかっ。リョウに直接話を聞く。とっとと会わせろ」

「そう仰られると思っておりました」


男は余裕たっぷりに微笑んだ。


「この後、シエル様を歓迎した会食の準備を進めております。ごく一部の地位のある者しか中には入れないのですが、貴方は特別に参加させて頂けるそうです」

「なに…」

「これは大変名誉なことなのですよ。会食が無事終わりさえすれば貴方もシエル様と話せるでしょう。さぁ、参りましょう」


反発を封じられたセオはぐっと拳を握った。

結局逆らうこともできずに、また信者達にぐるりと取り囲まれると身廊を出た。

問題の会場は一度大聖堂を出て、同じ敷地内に建てられた質素ながらも厳かな建物の中に用意されていた。

五十人は入りそうな広い部屋に、それなりに位の高そうな男たちが次々とやって来る。

囲んだテーブルは縦に長く、セオはその一番端に座らされた。

全員が揃うと大司教が最後に登場し、一通り祈りを捧げた後ににこやかに言った。


「皆様、お待たせ致しました。シエル様がご到着です」


皆の視線が一斉に注がれた扉が開くと、見たこともない冷たい顔をしたリョウが現れた。

リョウはゆっくり部屋に入ると、皆を見回して優雅に一礼した。


「この度はわたくしの為にお集まりいただいたとか。ご配慮感謝いたします」


洗礼され美しい所作に皆が揃って頭を下げる。

大司教は一人完璧なシエルに満足しながらそれを眺めていた。

リョウが席に着くと乾杯の音頭が取られ、食事会が始まった。

セオはご馳走には目もくれずにずっとリョウを睨むように見ていた。

だが時折目があっても、いつもならくるりと動くミルクティ色の瞳はすぐに逸らされて終わりだ。

セオは痺れを切らせると音を立てて立ち上がり、ずかずかとリョウに近付いた。

途中で誰かに制止されたが見もせずに振り払う。


「リョウ!!」


目の前で呼ぶと、リョウはゆっくり顔を上げた。


「…何か?」


セオは力任せにリョウの腕を掴んだ。


「帰るぞ。ここはお前の居場所じゃないだろ。お前は他人を演じて一生ここにいる気か!!」


信者たちが一斉に立ち上がろうとしたが、リョウが鋭く制した。


「皆、動くな」


落ち着いた声だが有無を言わせぬ呼吸と間合いだ。

誰もが息を呑みそのまま止まった。

リョウは立ち上がると冷たい目を向けた。


「わたくしの居場所は、ここです」

「…」

「貴方には今までお世話になりました。ですがそれもここまでです。もうわたくしのことなど忘れ、故郷へお帰りください」

「お前…それ本気で言っているのか?」


リョウはセオの手をきつく払いのけた。

そしてふいと反対を向くと更に信じられないことを言った。


「この者を連れて行け。二度とわたくしに近付けるな」

「なっ…」


セオは信者たちに取り押さえられると暴れながら叫んだ。


「リョウ!!ちゃんと分かるように言え!!」


リョウはセオがどれだけ呼ぼうとも背を向けたまま振り返りはしなかった。

セオが部屋から追い出された後は、会食は何事もなく済んだ。

リョウを部屋へ送り届けた大司教はいたくご機嫌に両手を合わせた。


「合格ですよシエル様。貴方は大変素晴らしい」


あの会食にセオが来ることは、あえてリョウには伝えていなかった。

それなのにリョウは微塵の動揺も見せず、最後までシエルとしての対応をしたのだ。


「いやはや、これは想像以上だ。これなら安心して今後もお務めを果たして頂けるでしょう」

「何でもいいから早く出て行ってよ。疲れてるんだ」

「おぉ、これは失礼致しました。それではここに今後のスケジュールを置いておきますので明日までに目を通しておいて下さい。それでは失礼致します」


扉と鍵が締められる音が背後から聞こえてくる。

リョウは窓のそばに立つとガラス戸にそっと触れた。

指先の冷たさに、振り払ったセオの手が蘇る。


「セオ…」


ガラスに額をついたリョウの頬に、やりきれない思いが一筋流れ落ちた。


「おれを、嫌いにならないで…」


誰にも伝わらない願いはぽたぽたと手の上に落ちては消えた。

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