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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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白塵刀

サンクラシクス大聖堂から逃げ出しゼロヴィウス第八訓練場へ逃げ込んだハイトラとバンビはそこで匿ってもらっていた。

バンビは窓から小高い丘の上にある大聖堂を見上げた。


「それにしてもバケット先生が現役でまだいてくれてよかったわ。こっちは上手く逃げられたけど…」

「リョウたち、大丈夫かな」


ハイトラは無機質な部屋に落ち着かない様子でうろうろと歩いた。


「オレ、もう一回街を探してくる」

「あ、私も行こうかな。そろそろ追っ手も諦めたでしょうし」


ハイトラとバンビは部屋を出ると一声かけようとトレーニングルームに向かった。

だがいつも賑わうそこに今日は誰もいない。


「あれ?おかしいなぁ」

「外から声が沢山するぞ」

「そっか。今日はきっと白塵刀の訓練なんだわ」

「はくじんとう…?」

「マグンを吸い上げて砂獣を創り出す特殊な武器よ。ルナハクト専願の人しか受けられない訓練で…って説明より見た方が分かりやすいかな」


バンビは活気のある外へと向かった。

西側の扉を開くと、山からの強い風が全身に当たる。

外には人工的に掘られた大地の上に山のような砂が積まれており、沢山の若者たちがその側に立っていた。

バンビはその中で一際いかつい壮年の男を見つけると声をかけに行った。


「バケット先生!」

「おう、リオ。いい所に来たな。お前こいつらに白塵刀の使い方を見せてやれ」

「ええ!?今ですか!?」


すらりとした細身の剣を渡されると、バンビは自分を注目する若者たちを振り返った。

若者といっても、そこにいるのはバンビとそう歳の変わらない者ばかりだ。

その目はこんな女が本当に白塵刀を使いこなせるのかと訝しんでいる。

バンビはその視線にムッとした。


「じゃあ、一回だけやります」


白塵刀を一振りすると、砂に向けてぴたりと構える。

ハイトラが目を皿のようにしてその背中を見ていると、バンビの刀が白銀の光を纏い足下の砂がざわりと動いた。

バンビは全神経に集中すると、その光る刀を目の前の宙で閃かせた。

眼前に突如現れた光は、鮮やかな弧を描いた三日月に見えた。


「三日月陣…!!」


訓練生から騒めきが起こる。

三日月陣は真っ白に光ると辺りの砂をその中に一気に吸い込んだ。

そして陣に吸い込まれた砂は、そのままサンドガゼルとなり地面に舞い降りた。


「砂獣…!!」

「嘘だろ!?あんな女の子が…!!」


若者達が仰天していると、サンドガゼルは長い角を振りながらバンビの周りをうろうろとした後砂へと崩れ落ちた。

バンビは止めていた息を吐くと刀を下げた。


「…以上です」

「よろしい。見たかお前ら!!これが安定して出来なければまずルナハクトへ所属することは不可能だ!!通常訓練なら少なくとも二年はかかるが、リオのようにセンスに磨きをかけた者は早々に昇格できる。他と差をつけたければ死ぬ気で励め!!」

「はいっ!!」


バケットはばしばしとバンビの肩を叩き、若者たちは背を伸ばすと揃って頭を下げた。

バンビはバケットに刀を返すと小声で言った。


「先生、ちょっと街まで行ってきます」

「あん?大丈夫なのか?信者どもに追われてるんだろうが」

「危なそうならまた逃げ帰ってきます」

「そうしろそうしろ。お前ならなんぼいても構わん。何せ優秀な愛弟子だからな」

「あ、ありがとうございます」


バンビはひりひりする肩をさすりながら、あまり良い思い出のないしごき上げられた日々を思い出した。


「行こうハイトラちゃん」

「お、おぅ…」


二人は訓練の邪魔にならないようにそっとその場を後にした。

室内に戻るとハイトラは不気味そうにバンビの手を見た。


「ばんび、さっきのはなんだったんだ?まるで妖術みたいだったぞ?」


警戒しているハイトラに、バンビは笑いながら手をひらひら振った。


「あれは一種の科学よ」

「科学…」

「あの白塵刀には仕掛けがあってね。人の纏う微弱電流を読み取って刃先にテオという物質を集めるの。そのテオがマグンを引き寄せるから、あとは個の能力に適した砂獣をプログラミングされたチップで…」


ハイトラはますます眉を寄せた。


「全然、わからないぞ」

「えーと、要するにルナハクトだけの特殊な技ってことよ」

「砂獣を出すことが?」

「そ。操れる砂獣をね。下手をすれば暴走しちゃうからかなり厳しい訓練を積むのよ」

「ふーん…」

「あのね、そんな顔してるけど私からすれば大神とかハイトラちゃんの方がよっぽど不思議ですからね」


ハイトラは少し笑うと、ふとバンビを見上げた。


「ばんびはどうしてまだセオたちを探すんだ?ここの奴らがばんびの本当の仲間なんじゃないのか?」

「え…?」


思わぬ問いかけに一瞬思考が停止する。

確かに、言われてみればそうだ。


「り、リョウの仲間を、私の仲間が連れて行っちゃってね。今は一緒にその人たちを探してるの。やっぱり途中で放っておくわけにもいかないじゃない…?」


言いながらも何故だかとても言い訳くさく聞こえる。

ハイトラは困惑するバンビをじっと見つめると頭をかいた。


「ばんびがここの奴らの仲間に戻りたいんなら、オレ一人でセオたちを探しに行くぞ」

「私だって行くわよ!!大体あの二人には借りがあるのよ借りが!!」


バンビは喚くように言うと足早に外へと出た。

…すっかり忘れていた。

自分はセオたちの仲間なんかじゃない。

新都とも砂漠の民とも相容れない、中立集団ルナハクトの正式な一員なのだ。

バンビと呼ばれる事にもいつの間にかこんなに馴染んでいたなんて…。


「バカだな、私…」


ちくりと痛む胸を押さえると、バンビは無意識に苦いため息をこぼしていた。

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