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砂漠の月  作者: ちあき
第一章 砂漠の夢
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ちゃんと見ている人

撃たれたはずの体は、やはりもう嘘みたいに痛まなかった。

包帯を外してみても背中の傷口は殆ど塞がっており、少し赤みのある新しい皮膚が出来ている。

リョウが不思議な思いで朝食をたいらげていると、対面に腰掛けたセオが丸テーブルに豆粒ほどの機械をちょんと置いた。


「ほら、見つけといたぞ」

「え?」


首を傾げて豆粒を見ていたが、それが何かに思い当たるとリョウは飲んでいたフルーツジュースを吹きこぼしそうになった。


「こ、これってまさか…!」

「仕込まれていたのは肩甲骨の裏だ」

「やっぱり発信機!?ちゃんと探してくれたんだ!!」


リョウは心底安堵すると椅子がわりに座っていたベッドにひっくり返った。


「よ…よかった」


セオはそんなリョウを睨むと飲んでいたコーヒーをテーブルに置いた。


「リョウ。お前、記憶がないのは嘘なんだろう?」


言い逃れは許さないと厳しい視線を送っていたが、リョウはあっさり頷いた。


「うん。本当は死んでも帰りたくないだけ」


さくっとした返事にセオの方が黙り込む。

リョウは体を身軽に起こした。


「ねぇそれよりさ、この傷どうなってるの?もう全然痛くないんだけど」

「瞬間組織再生の措置を施しただけだ。傷自体はそこまで大きくなかったから治りも早かったんだろ」

「瞬間組織再生…?そんな治療聞いたことないや。でもこんなに早く治るならどうして足はそれで治してくれなかったの?」

「それは…」


セオは言い淀むと口を閉ざした。

質問しながらもリョウには何となく察しが付いていた。

こんな技術は新都にない。

となればリョウにあの機器類を見せたくなかったのだろう。

セオは足首の怪我なら命に危険はないと判断して自然治癒に任せたに違いない。


「…まぁいいや。それより色々助けてくれてありがとう、セオ」


にっこり笑い礼を言うが、その目はいつものように本心を見せていない。

セオはため息混じりに腕を組んだ。


「…で、なぜ帰りたくないんだ」

「言えない」

「おい…」

「セオだっておれに言えないことがあるだろ?おれだけ喋るなんてフェアじゃないよ」


セオはぐっと詰まると不貞腐れたように黙り込んだ。

リョウはにこにこと笑顔のままだが、頭の中では相変わらずどうやってセオを言いくるめてここに居座るかばかり考えていた。

だがふと視線を感じて顔を上げると、鮮やかな青い瞳とまともに目が合った。

セオはどきりとするほど真っ直ぐにリョウを見ていた。


「な、なに?」

「お前、淋しい目をしてるな」

「え?」


思わぬ言葉にリョウはきょとんとなった。


「表情はそうやってころころ変わるのに、その目はいつも作られたモノしか浮かんでいない」

「…」


リョウは一瞬何を言われたのか本気で分からなかった。

だがその真意に気付くと、みるみるうちに耳まで真っ赤になった。

どんなに取り繕っていても、セオは最初から惑わされることなくずっとリョウのことを見ていたのだ。

相手を油断させる為の演技も、腹の中では別のことを考えている事も、全て分かっていながら何も言わずにそばにいたのだろう。

リョウは何故セオといるとアイトを思い出すのかやっと分かった気がした。

居た堪れないような、でもどこか嬉しいような何とも言えない恥ずかしさで項垂れる。

おずおずと顔を上げるとセオは気にもしないでコーヒーを飲んでいた。


「セオ、ごめんね…」


結局口から出たのはありきたりな言葉だった。

セオの優しさと誠意を利用しようとしたのだから、言うべきは謝罪だと思った。


「別に謝ることはない。知らぬ場で警戒するのは当たり前の事だしな」

「…」


素っ気なく言うが、セオの言葉にはやはり突き放すような冷たさはない。

リョウの胸には温かなものがじんわりと広がった。

心の中から溢れる笑顔になると、リョウは身を乗り出した。


「ねぇセオ。おれセオが好きになっちゃった」

「…。は?」

「お願い。何でもするからここに居させて。絶対迷惑なんてかけないから」


それは今までとはまるで違う、完全に素のままのリョウの顔だった。

この顔はどうもユキネと印象がかぶる。

セオは僅かに動揺したが、すぐに首を横に振った。


「…だめだ」

「どうして!?」

「どうしてもだ」


互いに一歩も引かずにいると、廊下から赤い光がふわりと飛び込んできた。

それはテーブルの隣で一回りすると女の形を作った。


「セオ、もういいんじゃない?」

「セリー、勝手にでてくるなっ」


リョウは急に目の前に現れた赤い人にひっくり返りそうになった。

その光はとても美しい顔立ちをしていた。

しっとりと流れる目尻はどきりとするほどで、まるで大きくした妖精みたいだった。


「綺麗なひと…」


思わずつぶやくと光が振り返る。

目が合うとリョウは無意識に後ずさりした。


「ありがとう。初めまして、リョウ。私はセリーよ」


それは頭に直接響く、不思議な声だった。

リョウは恐々と手を伸ばしてみた。

だがその手は光を通り抜けるとその先の椅子に当たった。

やはり触れはしないようだ。


「セリーさん、おれしばらくここにいていい?」


光はうっすら笑うとリョウの目の前まで迫った。


「セリーでいいわ。アメットは反対してるみたいだけれど、私は構わないと思うわよ。貴方の光も見てみたいし」

「光…?」

「セリー、余計なことは言うな!!」


セオが厳しく嗜めると、セリーは意味深に見つめ返した。


「…怖いの?」

「…」

「いくじなし」


セオは荒々しくカップを手に取ると不機嫌極まりない顔で部屋を出て行ってしまった。

リョウは気まずそうに光を見上げた。


「あの…」

「気にしなくてもいいわ。セオの為に誰も泣いてくれないなんて、やっぱり可哀想ですもの」

「へ…?」


セリーは少し寂しそうに目を伏せたが、すぐに気を取り直して美しい笑みを浮かべた。


「いえ、気にしないで。さて、セオはすねたらしばらく倉庫から出てこないでしょうから、私が代わりにこの家を案内するわ」

「え…いいの!?」

「水一杯自分で出せないようじゃ不便でしょう?セオは中々頑固だから、頑張って説得してね」

「や、やったぁ!!ありがとうセリー!!」


思わぬ味方に飛び上がらんばかりに喜ぶと、リョウはセリーに連れられて部屋を出た。

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