赤い光
ずっとうなされていたリョウは薄明かりの中で意識を取り戻した。
飛び起きようとしたが、左肩が尋常じゃなく痛みベッドから転げ落ちる。
「う…うぅ、ここ…ここは…?」
セオの部屋だと分かると、リョウの体から力が抜けた。
「よ、よかっ…。新都じゃないや…」
だがほっとなんてしていられない。
リョウはぐるぐるに巻かれた包帯を鷲掴みにすると力任せに引っ張り取った。
「ぐっ…!!」
止血をしていた包帯を無理に取ったせいで肩から血が滲み出す。
その激痛にリョウの意識がまた飛びそうになった。
血が滴る中をのたうち回っていると、医療器具を手にしたセオが慌てて駆けつけてきた。
「リョウ!?何やってるんだ!!」
リョウは全身を真っ赤に染めながらも物凄い力でセオにしがみついた。
「セオ…、おれ、おれ、駄目だ、このままじゃ…」
「馬鹿が!!死にたいのか!?」
「探して…おれの体のどこかに、発信機が…」
「発信機?」
「たすけて…たすけてセオ…。もうあそこに帰るのは、いや…」
リョウはつい先日も足に大怪我を負って血を沢山失っている。
再び意識は混濁し、遂にひきつけを起こし始めた。
セオは大いに焦った。
「リョウ!!」
これでは傷口を塞ぐ前に失血死してしまう。
本気で危ないと判断したセオはリョウを抱え上げると医療室として使っている別の部屋まで急いで運んだ。
鎮座する大きな機械の電源を入れるとその中にリョウを放り込む。
手早くあれこれと動き、最後に自分の血液を保存してある棚を開いた。
リョウの血液は足首を手当てをした時に調べてある。
何度も機械に綿密に調べさせたが、奇しくも自分と同じ型だった。
問題は血が混ざることにもあるのだが、もう迷っている時間はない。
「くそっ…どうなっても知らないからな!!」
一人で怒鳴り散らすと、セオは手早く輸血を始めた。
ーーーーーーーーー
暗い意識の中、リョウの体は燃えるような熱に包まれていた。
まるで体の中に直接沸いたお湯を注がれたみたいだ。
息苦しさに寝返りを打つも途端に痺れるように全身が痛む。
あぁ、死ぬのだなと、率直に思った。
最愛の兄はもういないのだし、それはそれでまぁいいかと呼吸を諦める。
すると暗闇しかない中にふと光が見えた。
それは近付くにつれて人の形になった。
大好きな兄になんとなく似ている、その人影は…
「セ…オ…?」
自分の声にハッと目が覚める。
「うっ、かはっ!!はっ、はぁ、はぁ…」
急に肺に戻った酸素にむせながらも顔を上げると、目の前には見たこともない機器類があり、見たこともない青い光を自分に当てていた。
リョウは驚いて起きようとしたが、その途端また激痛に襲われた。
「うっぐ…ぅ!」
たまらずその場に蹲る。
「セオ…」
小さく呼んでも返事はない。
リョウは堪らなく不安になった。
さっきまで死んでもいいと思っていたのに、今はただ恐くて震えることしかできない。
身を縮めながら痛みと孤独に懸命に耐えていると、ルイが現れた。
「ルイ…」
ルイはぺろりとリョウの頬を舐めると懐に入ってきた。
リョウはひどく安心するとルイを静かに抱きしめた。
…大丈夫。
ここにあいつらはいない。
連れて行かれたりしない。
ここはセオの家だから…。
何度も何度も自分に言い聞かせているうちに、リョウはまた深い眠りへと落ちていった。
そのまま二日が過ぎた。
ずっと眠り続けていたリョウは、ざらりと舐められる感触で目を覚ました。
「ん…ルイ?」
リョウを起こしたルイは喉を鳴らしながら手にすり寄った。
「ルイ…ずっと一緒にいてくれたの?」
優しい気持ちで頭をなでていると、体の違和感に気付いた。
「あれ…?痛く、ない…」
あんなに痛んでいた傷が全く痛まない。
訝しく思いながら体を起こすと、見覚えのある丸い木のテーブルがあった。
「…ここ、いつものセオの部屋だ。あの機械だらけの部屋は一体何だったんだろう?」
小首を傾げていると開きっぱなしの扉の向こうからセオの声が聞こえてきた。
リョウは部屋を出るとリビングへ向かった。
だが明かりの落とされたリビングにセオの姿はない。
その奥にある廊下に足を向けると、声はあのガラス張りの部屋から聞こえてきた。
リョウは少し躊躇ったがそっと扉を開けた。
「セ…」
「じゃあほっとけば良かったのかよ!!」
セオの苛立たしげな怒声が部屋に響く。
するとその前に立つ老人が大きく頷いた。
「そうじゃ!!さっさと捨てればよかったものを、小さき者にすぐ情をかけるのはお前、親父そっくりじゃの!!」
老人の隣では妙齢の女が心配そうに言った。
「それにしてもよりによってセオの血を分け与えるだなんて…」
女の隣では五歳くらいの少女が怯えた目で三人を交互に見つめている。
リョウは二回ほど自分の目をこすった。
だが何度見てもおかしなものが見える。
セオ以外の三人はどう見ても人ではなく、まるで赤い光で人の形を型取ったように半透明だったのだ。
「何…これ。ホログラム??」
思わず呟いた言葉に、中の四人が一斉に振り返る。
セオは強張った顔で突っ立っているリョウに近付くと、光る三人を顎でしゃくった。
「お前、あれが見えるのか?」
リョウはセオを見上げると僅かに頷いた。
セオは手を額に当て特大のため息をついた。
何がなんだか分からないリョウの腕を掴むと、さっさとガラス張りの部屋を出た。
「セオ…、あれはなんなの?」
「あれは、俺の…家族みたいなものだ」
「だって明らかに人じゃなかったよね!?」
大きな声を出すと途端に目眩にやられる。
セオはふらつくリョウを元のベッドに連れていくとその隣に座った。
「リョウ、あの部屋には二度と入るな」
「あれは、何?」
「知る必要も無いものだ」
それだけ言うと、セオはさっさと立ち上がり部屋を出て行った。