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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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資料館の古文書

約束の時間になっても現れないコタローを、ノンは苛立ちながら待っていた。

しかもわざわざ目立たないように公園を待ち合わせ場所に選んだというのに、大幅に遅れてきたコタローは無人タクシーで乗り付けてきた。


「悪いノン!!遅れた!!」

「遅い!!しかも目立つ!!」


ノンは目一杯文句を言おうとしたが、コタローの後ろから出てきたクルハにぎょっとした。


「く、クルハ…。コタロー本気で連れてきたの!?」

「ノンちゃん久しぶり。ちょっと見ない間にどんどん綺麗になっていくなぁ」

「自分よりよっぽど綺麗な顔したあんたにそんなこと言われても悲しいだけだわっ」


ノンはさっさと背を向けると歩き出した。


「おいノン!ちょっと待てって」


深夜とはいえここはタペストラ領。

コタローは目立つ髪色を帽子で隠しながらノンの後を追った。

少しくらい休憩したかったが、散々走り回って今日の手筈を整えたノンは眉をつり上げた。


「休憩?馬鹿言わないでよ。コタローがうちの資料見たいって言ったんじゃない。中に潜り込んじゃえば少しは休めるから、とっとと行くわよ!!」

「怒った顔も可愛いなぁ」

「クルハは黙ってて!」


ぴしゃりと言うとノンはぷりぷりと怒りながらまた歩き出した。

ノンが案内しようとしているのは、とっくに閉まっているタペストラお抱えの資料館だ。

ここはセントラル図書館に比べると実にこじんまりとした施設だ。

警備員用の扉からこっそり入ると、まずは警報装置を切るために管理室へ向かう。

ノンは引っ切り無しに時計を確認しながら順調に進んで行った。


「 あと五分でまた警備員が巡回を始めるわ。ここで十分休憩よ」


あまり重要ではない資料の保管庫に入ると、ノンはやっと緊張した顔を緩めた。


「鍵は複製した物があるから、警報装置の一部をこっそり解除すれば奥まで入れるわよ」

「…ノン。いやに慣れてるな」


コタローが言うとノンは目を逸らした。

クルハは喉で笑った。


「俺、シオン兄がノンちゃんの論文に目を通すの見たことあるけど、すっごい褒めてた。あのシオン兄がだよ?この子の見識はとても深くて広い。かなり調べたのだろうなって」

「まさかノン…」


とぼけて言うクルハを睨みつけると、ノンはツンと頭を上げた。


「私はタペストラの長女なのよ?人より知識が豊富なのは自然なことだと思うけど?」

「お前さてはペッド准教授にもそれで押し通したな?」


コタローが推測するとノンは真っ赤になった。


「ちょっと潜り込んで勉強してただけだもん!何か悪い?文句あるなら連れて行ってあげないわよ!」

「そんなノンちゃんもかわい…」

「おだまり!!」


コタローは慌ててヒートアップしてきたノンの口元を押さえた。


「見つかるぞ。お前が静かにしろよ」


三人がしばらく黙って耳をすませていると、警備員の通り過ぎる足音が聞こえてきた。

それが去るとコタローはやっとノンを離し、小さな声で注意した。


「騒ぐなよ?」

「…分かってるわよ」


ノンは立ち上がり廊下を覗き込んだ。


「さっさと行くわよっ」

「何だよ。まだ怒ってんのか?」

「怒ってるわよコタローのバカ!!この無神経男!!」


言い捨てるとノンは先に部屋を出た。


「…なんだあいつ。カルシウムでも足りないんじゃないのか?」


クルハは一人くっくっと笑うとコタローを見上げた。


「やっぱノンちゃん可愛い」

「そおかぁ?」


コタローは首を傾げたが、ノンが耳まで真っ赤になっていたことにクルハは気付いていた。

二人が部屋を出ると、ノンの後ろ姿は既に大分小さくなっていた。


「あいつ本気で置いて行く気か!?」


コタローは慌てて遠ざかる背中を追いかけた。

セキュリティ管理室に入ったノンはすぐに警報装置解除の作業に入った。

複雑なボタンの羅列に気が遠くなりそうだが、ノンにはどこを触れば最深部への道が開くのかちゃんと頭に入っていた。


「すっごいセキュリティ」

「話しかけないで。分からなくなるわ」


追いついたコタローは口を塞いでノンの手元を見守った。

数分後にやっとノンが大きな息を吐いた。


「…いいわよ」


振り返ると疲れ切って座り込んでいるコタローと、欠伸をしながら伸びをしているクルハがいた。


「あ、あんたたちねぇ…」

「終わったのか?」


コタローは立ち上がるとノンの頭をかき混ぜた。


「えらいえらい」

「…帰る」

「うそっ。ごめんなさい、ノン様!!」


コタローが必死になると、ノンは不機嫌そうに扉を顎でしゃくった。


「ほら、行くんでしょう?」

「行く行く!」


クルハは小さなノンが大きなコタローをびしばしやり込める様を楽しそうに眺めながら後に続いた。

最深部まではかなり厳重な扉が三つもある。

二つ目の扉なんかはまるで銀行の地下にある巨大金庫のようだ。


「これ、絶対ノンがいなきゃ入れなかったよな…」


コタローが思わず呟くとノンはしかめ面で振り返った。


「今更何言ってんだか…」

「いや、ここまで厳重に保管されてるとは思わなかったから」


重々しい最後の扉をノンが必死で引っ張り始める。

クルハがさり気なくノンの後ろから取っ手を引くと、それは音も立てずに静かに開いた。


「うわぁ…」


思わず声が漏れるほど、その広い部屋は古い書物で埋まっていた。

高い天井まで伸びる棚を見上げると、コタローは唸り声を上げた。


「これ…全部探してたら五年はかかるぜ?」

「バカね。必要なエリアに絞るに決まってるでしょ?ええと、歴史だったわね」


これも慣れた足取りで進むノンにコタローは頭をかいた。


「いい度胸してるよノンは」

「いい女だろ?」

「なんだよクルハ。お前ノン狙いなわけ?」

「うーん、そこそこ本気な女性のうちの一人かな」


コタローはクルハの頭をはたいた。


「本気じゃないならちょっかい出すなよ?あいつは俺の大事な幼馴染なんだからな」

「はいはい。ノンちゃんってば可哀想に」

「なんであいつが可哀想なんだよ」


クルハはコタローを無視してノンの後を追った。

三人はしばらく無言で書物漁りをしていたが、図書館感覚で乗り込んだコタローは早くも音を上げそうになった。

まず、字が読めない。

それなりに勉強してきただけのコタローには、うっすらとタイトルを読み取るのが精一杯だ。


「うわぁ、だめだ。探すだけで一年かかる」


ふとクルハを見ると彼は早々に適当な本を枕にして寝転がっていた。


「おいクルハ…」

「なんだよー。俺にわかるわけないじゃん」


ここでも頼りになったのはやはりノン様だ。

彼女は次々と目ぼしい本を手に取ると床に積んでいった。

そして斜めがけしていた鞄から三十センチほどの棒状の機械を取り出した。


「ほら、これでスキャンして。表紙の上から押し当ててゆっくりスライドすれば全ページ読み取ってくれるから」

「お前そんなもん持ってきてたのか?」

「今夜中に調べ切れると思ってたわけ?ここで欲しいデータを全て複写して、解析は自分のとこでするのよ」

「…なるほど」


コタローは早速ノンが選んだ本を手に取った。

真剣な目で資料を眺め回していたノンは、古い巻物にふと手を伸ばした。

中を開くと明らかに解読難解な文字が羅列している。


「古文書だわ…」


コタローが顔を上げた。


「読めるのか?」

「少しなら…。だってこれ、すごく難しい文字なのよ」


クルハは起き上がるとノンが真剣に見つめる巻物を後ろから覗き込んだ。


「うげ、アイトがよく昔読んでた文字だ」

「アイトが!?」


ノンの目がぎらりと光った。

クルハは傍目にも嫌そうに言った。


「この文字は解読されにくいから、その分手を加えられにくいんだとさ」

「それだ!!」


コタローは立ち上がると古文書をひったくった。


「ノン!!こいつを解読してくれ!!」

「む、無理よ!?あんた今の話聞いてたの!?」

「ノンなら出来るさ!!アイトにだって出来たんだから!!」


ノンは眉を吊り上げた。

古文書を引っ手繰り返すと荒々しく巻き直す。


「そんな挑発にのるわけないでしょ!?一体何日かかると思ってるわけ!?」


コタローはノンの手を掴むと真剣に頼み込んだ。


「頼むよノン。今頼れるのはノンしかいないんだ」

「で、でも…」

「ノン。頼む。何でもするからっ」


ノンはうっと言葉を詰まらせるとコタローの手を振り払い背を向けた。


「…早くそれもスキャンしときなさいよ!!一応、見るだけだからね!!」


コタローは屈託のない笑顔になった。


「さすがノン!!頼れる相棒!!」


うきうきと作業に入るコタローと、ため息をもらすノンを交互に見ながら、クルハは膝の上で頬杖をついた。


「やっぱりノンちゃん、可哀想」


一人で小さく笑うと、クルハはもう一度その辺の本を枕にして床に転がり直した。

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