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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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コタローの調べ物

眩しい夕日が砂漠に沈む頃。

陽の光を反射する新都のセントラル図書館で、コタローはありとあらゆる資料を引っ張り出しては一人で唸っていた。


「…だめだっ。やっぱりウォーター・シストのことなんていくら調べても出てこない」


ちょっとした大窓ほどあるスクリーンに表示されていた五十二冊分のデータは、ボタン一つで全て打ち消された。


「はぁ。こんな時アイトがいればなぁ…」


何にしても正面突破なコタローは良くも悪くも思考に限界があり、今までも行き詰ることが多々あった。

そんな時、横からさり気なく進言し新しい風を吹かせてくれたのは、自分よりよっぽど大人びていた三つ年下のアイトだった。


「なぁに?またヒガ・アイトのこと言ってるの?」

「うわっ!!ノン!!いつからそこにいたんだ!?」


コタローは優等生を絵に描いたような少女から飛びのいた。

ノンは小さなメガネを押し上げると呆れて言った。


「コタローってば昔から何かあればアイトに助けてもらってたわよね」

「う、うるさいなぁ!あいつは俺と考え方が全く違うから意見を聞いてただけじゃねぇか!!」

「ふぅん。あたしには聞きにこないくせに…」

「お前なぁ、そんなところまでアイトをライバル視するのやめろよ」


学年トップを走り続ける彼女は、着々と優秀な成績を残していた。

だが三年間誰も破ることのできなかったその記録をアイトが次々と塗り替えたことに、彼女が静かに腹を立てていることをコタローだけは知っている。

スクリーンの電源を落とすと、コタローはさっさと席を立った。


「あ、待ってよコタロー」


ノンもコタローの後を追う。

巨大なセントラル図書館はまるで迷路のようだ。

一角には泊まり込んで調べ物ができる場所まである。

コタローは慣れた足取りでメインホールまで戻ると、次はデータだけではなく直接書物を手に取り始めた。


「何を調べているの?」

「まだいたのかよノン」

「歴史書?人類栄華時代、初代官僚が英雄といわれる理由、百年前の争い、…なにこれ?」


コタローはうるさそうにしっしと手を振った。


「なんだよ。あっち行けよ」

「華々しい新都の歴史でも勉強し直すの?」

「…華々しすぎるんだよ」

「え?」

「新都が成立したのは678年前。そこからの進歩は目覚ましく、特に確立した新都エネルギーを中心にここまで発展をした。…でもさ、その678年より以前のことって、どれを見ても曖昧なことしか書いてないんだ」

「新都人は砂漠を越えて来た移住民族だからでしょ?そりゃはっきりとは残せないわよ」

「じゃあ、それはどこから移住して来た?」

「崩壊したフューズアイムの南部からじゃない。砂漠に強固な拠点を築きながら何年もかけてここまで辿り着いたのよ。今だってその遺跡があちこちに残ってるわ」


ノンは空でいくつもの有名な遺跡の名を上げた。

フューズアイムとは一千年も前にあったという幻の王国だ。

その資料は何処にもなく、嘘か本当か今より遥かに優れた文明の中存在したといわれている。


「フューズアイムが何故突然崩壊したのかは謎。恐らく天変地異だといわれてるけどね。はい、他に何が知りたいの?」


コタローは打てば響くノンに目を丸くした。

そしてつい言うつもりもなかった事を口にした。


「ウォーター・シスト…」

「え?」

「ウォーター・シストって、知ってるか?」

「ウォーター・シスト??」


ノンは眉を寄せた。

コタローは慌てて首を振った。


「いや、何でもない!!気にするな!!」

「ウォーター・シスト…」


ノンは傍目にも頭の中をフル回転させながらそのワードを探している。

彼女のプライドにかけてもすぐに分からないとは言いたくないようだった。

どう誤魔化したものかと考えていると、ノンはクッと顔を上げた。


「もしかしたら、うちの管理書庫にならも何かあるかも」


コタローはあっと声を上げた。


「…そうか!!タペストラ一族!!ノンの実家はタペストラだった!!すっかり忘れてた!!」

「…普通忘れる?」


タペストラ一族。

歴史を淡々と記録したものや、一般人では触れることすら出来ない閲覧禁止書物を全て管理している一族。

もちろん八官僚のうちの一つだ。

同い年のコタローとノンは、幼少期より同じエリート学校へと通っていた事もあり変に縁がある。

ただ、互いの一族が犬猿の仲なだけに、二人は暗黙の了解で付き合いに実家を絡ませるようなことは今まで一切してこなかった。


「でもさ、閲覧の許可が出るかは分からないわよ?うちの人たちはカラズマと聞くだけでこーんな顔になるのに」

「ノン」


指で目をつり上げるノンに、コタローは真剣に手を合わせた。


「頼む。正直、俺は森の向こうのことが知りたいんだ。新都が砂漠を越えてでも手に入れようとしているものがどんなものなのか…」

「森の向こう…?」

「親父達が何を考えているのかが知りたい。新都はもうずっと不透明すぎるんだ。このままじゃ大きく道を誤るかもしれない」


思わぬ話に、ノンは目を丸くした。


「コタローが、なんか真面目だ」

「俺はいつでも真面目なんだよ!!」


コタローは不貞腐れて腕を組んだ。

大体ヒガ兄弟もノンも色々な面で優秀すぎるだけで、コタローも決して努力を怠ってきたわけではないのだ。


「コタロー」

「なんだよっ」


小柄なノンは精一杯背伸びして背の高いコタローの頭に触れた。


「うちに来るなら、せめてこの赤紫の髪をなんとかしてよね。これじゃあカラズマ家の一人息子が来たってバレバレだから」

「え…」

「うちの人たちに頼んでも無駄だろうからね。一緒に蔵に忍び込んであげる」


いたずらっぽく言うと小さな眼鏡をくいと上げ直す。

コタローは一拍した後に破顔した。


「俺、ノンの意外と大胆なところ好きだぜ!!」

「はいはい、調子のいい…」


ノンは呆れて言うと肩で揃えたサラサラの黒い髪をいじった。

これは彼女が照れている証拠だ。

コタローは顎に手を当てると思案顔になった。


「でも忍び込むとなると…クルハを引っ張り込んで用心棒にでもするか」

「え、えぇ!?クルハ!?」

「なんだ、まだクルハのこと苦手なのかよ」

「苦手よぉ!!あの人その辺の芋虫並みに何考えてるか分からないもの!!」


真面目なノンが、女と見ればちょっかいを出すクルハが苦手なのは当然といえば当然だ。


「大丈夫だよ、俺もいるんだし」

「た、頼りねぇ…」

「おいっ」


ノンはこめかみを押さえながらため息をついた。


「で?いつ決行する?」

「できるだけ早いほうがいい。今夜あたりは?」

「今夜!?いくらなんでも無茶よ!!こっちにだって都合があるんだから!…そうね、私が先にあっちに帰って忍び込むルートを確立しておくわ。三日後の深夜でどう?」

「分かった」

「その代わりコタローの知ってる事とか、ちゃんと私にも教えなさいよね」


なんやかんや言いながらもノンはかなり乗り気だった。

自分の知らない事をコタローが知っているのも気にくわないし、何より知識欲が大いに刺激された。

コタローはそんな小さなノンの頭をぐりぐりとかき回した。


「お前はやっぱり、優秀だなっ」

「こ、こらコタロー!!やめなさいよ!!」


コタローの手を逃れると、ノンは慌てて身なりをきっちり整え直した。

二人は分厚い本をよそに、具体的な忍び込みルートについてあれこれ検討を始めた。

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