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砂漠の月  作者: ちあき
第三章 大神の森
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黄金の森

セオは開けた草地に出ると静かに佇みながら大神を待った。

その体からは金色の光がゆらゆらと揺れ、眩く辺りを照らしている。


「来い大神…。俺はここだ」


突風が吹き抜け青々と生い茂る葉を揺らしていく。

その木々をなぎ倒しながら、赤い鬼は藪の中から姿を現した。


「見つけたぞ、ウワカマスラよ!!」


鬼の瞳にはすでに理性の色はなかった。

憎しみのままに、ただの復讐鬼として牙をむいている。

セオが黄金刀を構えると大神は鋭い爪で襲いかかってきた。


「我が怒りを思い知れ!!身をもって己らの罪を償うがいい!!」


大神の猛攻は凄まじく、セオは防戦一方に回った。

大神は攻撃と共に狂ったように怨みを叫び続けた。


「私は大地の意思などではない!!それなのに花なくしては人としてあり続けることも出来ぬ!!鬼に堕ちる私はお前から見てさぞ滑稽であろう!!」

「…」

「この一千年、国が沈んでから数百年!!ずっと…ずっと森の民に見張られながら私は一人で生き続けてきたのだ!!この痛みが貴様に分かるか!?」


セオは怨恨の念を全て正面から受け止めていた。

だが大神は反撃の意思を見せないセオに更に怒り狂った。


「おのれ私を侮辱するつもりか!!かかって来ぬのなら捻り潰すまでよ!!」


怒り任せに突撃するとセオの剣を弾き飛ばす。

セオを掴み上げ、とどめに爪で心臓を抉ろうと振りかぶったが、これはセオの誘いだった。

セオは自分を吊るし上げる大神の手を掴むと、くるりと体を持ち上げ太い首に乗り上げた。

首筋にはぴたりと黄金色の剣が当てられる。

大神は驚愕に目を見張った。


「き、貴様…!!貴様の剣はさっき叩き落としたはず!!」

「悪いな。俺は光を剣に実体化させる事も出来るんだ」

「ぐっ…この!!」

「動くな」


セオは剣先に力を込めた。

凄まじい破壊音が続いた森に急に静寂が訪れる。

動きを封じられた大神はわなわなと震えた。


「くっ、こ、殺すならさっさと殺せ!!お前なら出来るはずだ!!ただし、私を失ったその時からこの森は枯れ果てていくがなぁ!!」

「…」

「さぁどうした!?やはり人間の貴様には森の潤いが惜しいか!?愚かなことだ!!こんな鬼にとどめもさせぬとはな!!」


セオは辛そうに顔を歪めた。


「お前は…鬼ではない」

「なに!?」

「お前はこの森を愛し慈しみ、守り続けてきた森の父だ。そうだろう?」

「貴様…!!」


大神はセオを掴もうとしたが、その前にセオは地面へ降り立った。


「だがらウワカマスラを呪い、体に勝手に溜まってゆく地力を恨もうとも、そうやって生き長らえてきた」

「だ、黙れ!!黙れ黙れえぇ!!」


更に膨れ上がった大神の体からは禍々しい赤い光が何倍もの勢いで溢れ出した。

だがセオが僅かにつけた首筋の傷から音をたてて巨体にヒビが入った。


「ぐっおのれ…!!」

「その体ももうそこまで脆い。大神、お前を生み出したウワカマスラの一族として過酷な運命からお前を解放する。…それがせめてもの償いだ」


セオは地面を蹴ると空高く跳び、大きく振りかぶった。


「洒落臭いわ!!この小僧が!!!」


大神は渾身の力で拳を突き出したが、真正面から捉えたはずのセオは風のように消えると光だけが散った。


「残像…!?どこに!?」


大神の腹に鈍い衝撃が走る。

セオは腹に突き刺した黄金刀から一気に金色の光を溢れさせた。


「な、小僧!!何を!!」

「砂漠のエネルギー、サンドフローに侵されたその体を元に戻す!!」

「うぐ、ぐあぁあ!!」


刺した傷口からは血ではなく赤い光が一気に溢れ出した。

吹き飛ばされそうな凄まじいエネルギーがセオの黄金色と混じり合う。

セオは大神から黄金刀を引き抜くと地面へ突き刺した。


「大地へ還れ!!」


黄金刀を媒介に、吹き荒れていた赤い光は猛烈な勢いで地の中へ吸い込まれた。

セオを中心に爆発的な波動が起きる。

それは森中へと広がると、木々が一斉に金色に光る花を開いた。

セオを追い、森を走っていたバンビとリョウは驚いて立ち止まった。


「なっ、何これ!?どうして花が急に!?」

「森全部が金の花で光ってる…!!」


それはまるでおとぎの国へ迷い込んだかのような、神秘的で美しい光景だった。


「すごい…」

「リョウ!!あそこ、セオだ!!」


ハイトラに言われてハッと我にかえる。

三人は緑が開けた草原へと走った。

静まり返った森の中には、もう恐ろしい鬼の姿はなかった。

代わりに腹から血を流し横たわっているのは、バンビが初めて見た時の儚く美しい面持ちの男だ。

セオは流れ落ちる汗を拭い、転がったままの長剣を拾った。

大神は薄っすら目を開くと皮肉めいた笑みを浮かべた。


「この身に、とどめを刺すか…」

「お前は死にたいのか、大神」

「私がおらずとも三人の子が森を守るだろう。ここで果てるなら…それも構わぬ」


男は目を閉じると体から力を抜いた。


「ウワカマスラの小僧」

「…」

「すまなかったな…」


セオは両手で長剣を握りしめると大神に向けた。

刃先が淡く光ったが、その時藪の中からハイトラが飛び出してきた。


「待って!!待ってセオ!!父様を殺さないで!!」

「ハイトラ…」

「お願いだセオ!!」


セオが何か言う前に今度はリョウとバンビが飛び出してきた。


「セオ待って!!」

「や、やっぱり神殺しなんてしちゃダメよ!!」


三人は必死にセオの体にしがみついた。


「セオ!!父様は悪くないんだ!!」

「セオ!!ハイトラの目の前でとどめはダメだよ!!」

「セオ!!勝負はもうついてるでしょ!?」


ぎゃあぎゃあとやかましい三人に辟易すると、セオは一つ大きく息を吸ってから大声で言った。


「人の話を聞け!!」


三人はぴたりと押し黙るとセオを見上げた。


「ハイトラ、どけ」

「い、嫌だ!!」

「早くしないと大神が力尽きるぞ」

「え…」


セオはハイトラたちを押しのけると、大神の胸元に淡く光る刃先を向けた。

こぼれ落ちた光がふわりと大神を包み込む。


「大神の力の源を根こそぎ抜いてしまったからな。このまましばらく森の中で眠らせた方がいいだろう」

「セオは父様を殺そうとしたんじゃないのか?」

「大神が心底死にたがっているならそうしようと思った。だが大神はまだ森を守りたがっている」


淡い光が大神の中へ吸い込まれると、真っ白だった顔にやや血の気が戻った。

セオはそれを確認してから剣を鞘に収めた。


「ハイトラ。集落の連中を呼んでこい。大神を引き渡す」

「父様はまた目覚めるのか?」

「ああ。ある程度の地力が溜まれば自然にな」


ハイトラは安心したようにセオにしがみつくと、頭をこすりつけた。


「よかった…。あんな鬼でもやっぱり父様は父様だから。ありがとうセオ。セオは、優しいな」


甘えるようにセオに懐くハイトラに、リョウはむぅと眉を寄せた。

ハイトラとは反対側からセオにしがみつく。


「な、なんだよ…」


リョウはミルクティの瞳をくるりと動かしセオを見上げた。


「…だめ?」

「何がっ」

「いいじゃん」

「だから何が!!」


二匹の猫に絡みつかれたセオは全く身動きが取れなくなり、その側でバンビは楽しそうに笑った。

黄金の花が咲く神秘の森は、穏やかに眠る大神のように風に誘われるがまま一晩中儚く揺れていた。

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