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砂漠の月  作者: ちあき
第三章 大神の森
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濁り血

川のほとりまで辿り着くとハイトラは足を止めリョウを下ろした。


「はぁ、はぁ…リョウ、大丈夫か?」

「うん、ごめんハイトラ。重かったよね」


自分より小さなハイトラに担がれて運ばれたなんて、何やら情けないやら申し訳ないやらでいっぱいだ。

だがハイトラは汗を拭うと元気に笑った。


「オレ、大きな虎だって担いで森を移動するんだ。リョウなんて軽いもんだぞ」

「虎!?」

「そう。だから全然大丈夫だ」


仰天するリョウの隣で、セオもバンビを下ろした。


「お前、重いぞ」

「な、なによ!!筋肉があるんだから仕方ないじゃない!!」


震える手で服を押さえるバンビの前にしゃがみ込むと、セオは乱れた紐を一つ一つ結び直し始めた。


「全く、世話のかかる…」

「せせ、セオ!!」


無意識に動いていたセオはハッとした。

真っ赤なバンビと目が合うと、勢いよく飛び退いた。


「じ、自分の事くらい、自分でやれっ」


気まずそうに言い残すとさっさと離れる。

代わりにリョウがバンビの着付け直しを手伝った。


「なによあいつ…」

「ふふ。バンビちゃん、セオに怒らないであげてね。セオってばあれでバンビちゃんのこと本気で心配してたんだよ」

「え…」

「大神の部屋に乗り込む時、順番を決めてたんだ。それなのにセオってばバンビちゃんの悲鳴聞いた途端血相変えて先に飛び込んじゃって」


帯を結び直したリョウはいたずらっぽくバンビの大きな瞳を覗き込んだ。


「セオのこと、呼んでただろ?」

「あっ、あれは…!!」


そういえばとんでもない場面を見られたことに今更気付く。

もうこれは死んでもいいくらいの乙女の恥だ。


「うぅ、落ち込んできた…」

「無事で良かったよ。バンビちゃん」


手を伸ばしバンビの頭を抱きしめる。

大事な人が無理やり踏み躙られたりせず、リョウは心の底からほっとしていた。

ずっと背後を見ていたハイトラは、セオの隣に並ぶと静かに言った。


「来る。セオの光を真っ直ぐ目指してるぞ。その光は消せないのか?」

「いや、これでいいんだ」


セオは光を失わない長剣を引き抜くとリョウを振り返った。


「お前らはここにいろ。俺はあの大神に用がある」


リョウは立ち上がるとセオの前に回り込んだ。


「待って!!一人で何するつもり!?」

「…」

「ねぇ、セオ。大神はセオを見てどうしてあんなに怒ったの?ウワカマスラとか、呪いとか、一体何を言ってたの!?」

「お前には…」

「関係なくないよ。もしかして、セオは大神が何なのか知ってるんじゃないの?目の前で光って見せたのも、あれわざとでしょ」


セオはぐっと詰まった。

驚いたのはハイトラとバンビだ。

あんな緊急事態でも、リョウは見たもの全てをしっかり覚えている。

それに加え人並みならぬ洞察力だ。

セオはバンビ、ハイトラ、そしてリョウを一人ずつ見ると諦めたように吐息をこぼした。


「あれは…セリー達と同じ、ウワカマスラによって創られた大地の意思だ」

「え…?」

「大地の意思は何千ものウワカマスラの血とサンドフローの交ざりから創られたとされている。その中で一度だけ上手く交ざりきらず、彷徨える光が出来上がったそうだ。それが濁り血といわれる…大神のことだ」


セオは淡く光る刃先を見つめた。


「これは憶測だが、濁り血をどうする事も出来なかったウワカマスラはずっと放置して見て見ぬ振りをしてきたのだろう。実際俺も大神のことは知らなかった。

見捨てられた光は歪な鬼となり、大神は体に溜まるサンドフローに翻弄されながら何百年もの時を生き続けねばならなかったんだろうな」


淡々と話すセオの声が揺蕩う金色の光に重なる。

ハイトラとバンビには半分も理解できなかったが、リョウだけは何となく分かる気がした。

そしてセオがそれに対して律儀に責任を感じていることも。

バンビたちの頭の整理が落ち着かないうちに、セオはさっさと身を翻した。


「じゃあ、すぐに戻る」

「あ、セオ!!」


セオの光が離れると、途端に辺りは真っ暗闇になった。

バンビは手探りでリョウを掴んだ。


「ね、ねぇ、よく分からなかったけどせセオは一人であの鬼をやっつける気なの!?」

「分からないけど、何とかしなきゃとは思ってるみたいだ」

「でも、別にセオは血筋以外は何の関係もないんでしょう!?」

「そうだね。でもなんだかセオらしいや」


ハイトラは遠ざかる金色の光に目を凝らした。


「オレも行く。オレだって無関係じゃないぞ」

「あ、待って!!おれも!!」

「私も!!」


この暗闇の中ではハイトラ以外夜目が効かない。

三人ははぐれないようにしっかり手を取りセオの後を追った。

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