バンビの自覚
リョウは部屋へ飛び込んだと同時に大神の傍をすり抜けバンビの元に滑り込んでいた。
「バンビちゃん大丈夫!?」
「う、うぇぇんリョウぅ!!」
「恐かったね、よしよし。間に合ってよかった」
慰めながらも、下手をすれば自分がここへ引きずりこまれていたのかと思うとリョウはやや引きつった。
二人は急いで閨から飛び出したが、その目の前にいる巨大なものを見上げると揃って悲鳴をあげた。
「ぎ、ぎゃあぁあぁ!!」
「鬼いぃぃ!?」
ハイトラは両手を床につき低く構えた。
「セオ、オレが父様を引きつけるから早く花たちを連れて行けっ!!」
「いや…。こいつが用があるのはむしろ俺だろう」
「え?」
セオの周りがゆらりと揺れる。
次の瞬間、部屋中に黄金の光が散らばった。
ハイトラはセオを取り巻く眩しいほどの金色に目を見張った。
「セオ!?な、何だこれ!?」
大神はぎょろりと目を剥き出すと恐ろしい声で吠えた。
「貴様はぁ!!まさかウワカマスラかあぁぁ!!」
「お前は濁り血だな」
「おのれ憎きウワカマスラよ!!この身の呪いを思い知らせてくれるわ!!」
巨大な拳がセオに降りかかり、跳躍で躱したセオの代わりに太い柱がぼきりと折れた。
セオが長剣を引き抜くと刃先に眩しいほどの光が集まった。
「リョウ!!バンビを連れて部屋を出ろ!!」
「えっ、で、でも!!」
「早く!!」
「わかった!!」
リョウはバンビの手を掴んだ。
「行こうバンビちゃん、ここにいてもセオの邪魔になるだけだ!!」
バンビは大神のあまりにもの変わりように、まだショック状態から抜け出せないでいた。
「わ、わた、私…、あんなのの相手をさせられてたの!?」
「次捕まったらまた相手させられちゃうよ!!」
「冗談じゃないわよ!!じゃああの話も全部嘘だったわけ!?私の涙返してよー!!」
「いいから行くよーってば!!」
リョウがバンビの手を引いて走り出すと、大神がぎょろりとこっちを向いた。
「花ども…行かせはせぬぞ!!」
大きな拳が二人に振り下ろされる。
ハイトラはその間に飛び込むと、なんと柱をも砕くその拳を小さな両手で受け止めた。
即座にセオが斬りかかり大神を退ける。
その攻防戦の余波は凄まじく、屋敷ごと大きく揺れた。
リョウとバンビはとんでもない戦いに転がるように部屋を出た。
「な、な、な、な…何なのよ一体!?夢なの!?」
「とにかくこの屋敷を出よう!!俺たちがいちゃただの足手まといだ!!」
つるつるに磨き上げられた木の廊下を猛烈な勢いで駆け抜けていると、さっきまで死んだように暗かった家に一斉に明かりが灯った。
二人の前に飛び起きた住人たちが次々と現れた。
「こ、これは何事じゃ!?まさか大神様が!?うぬら一体何をしたのじゃ!!」
老婆は蒼白な顔で詰め寄ってきたが、大神の部屋からまた飛び上がるほどの大きな音がした。
誰もが恐怖を感じていると、廊下の奥から振動の元が姿を現した。
「お、鬼!!大神様!?」
「大神様だ!!」
大神はさっきより赤く大きく膨らみ、獣のように咆哮をあげながら迫ってくる。
その猛攻を防ぎながらセオとハイトラも出てきた。
「セオ…わっ!!」
リョウは熊男達に後ろから押さえつけられた。
老婆はバンビの腕を掴むと大神に向かって叫んだ。
「大神様!!お鎮まりくだされ!!そんな事をされては貴方様自身に溜まったエネルギーが暴発されますぞ!!心落ち着けこの花とお戻りください」
「ちょっ、は、離してっ!!」
「お前もちっとは協力せぬか!!」
老婆はただでさえ乱れに乱れているバンビの着物を引っ張った。
「や、やめてよ!!あんたら清く麗らかな乙女のことを何だと思ってるの!!」
「バンビ!!何やってるんだ!!」
セオは大神の拳を弾くとバンビに手を伸ばした。
バンビが半泣きになりながらその手に飛び込むと、ひょいと片手で抱えあげる。
ハイトラはリョウを押さえつけていた男達を蹴り飛ばし、リョウを引っ張り起こした。
「みんなこっちだ!!」
宴会場のように広い部屋に飛び込み、奥まで一気に駆け抜ける。
窓を開けるとそこから外に飛び出した。
「リョウ!!」
「おっけー!!」
リョウがハイトラに続き、その後にバンビを抱えたセオが続く。
セオは剣をしまうとバンビを抱え直し速度を上げた。
「このまま森へ抜けるぞ!!」
「分かった!!」
セオから溢れる光だけが道を照らす。
三人は屋敷の門を走り抜けると、そのまま一心不乱に集落の出口を目指した。
「っはぁ、はぁ!!けっこう、きつい!!」
リョウが息切れするとすかさずハイトラが手を貸した。
「がんばれリョウ!!もう森だ!!」
後ろからはまだ燃え盛るような赤い光が追ってきている。
セオの肩越しに後ろが見えるバンビは焦って喚いた。
「き、来てる来てる!!来てるわよセオー!!」
「分かってる!!」
「でも森に入ってもセオの光を追ってくるんじゃないの!?」
「それでいいんだ」
「え!?…わっ!!」
森に入った途端足元が悪くなる。
ハイトラはリョウを背負い上げると小高い崖を飛び降り、セオもそれに続いた。
バンビは激しい揺れに耐えるようにセオにしがみつき、バンビを抱えるセオの手にも力が入った。
不意に砂漠の太陽の香りがセオからこぼれ落ちる。
バンビは不覚にもどきりとした。
「な…何…。なんで…」
身体中に感じるセオの体が熱い。
バンビは体を小さくするとセオを掴む手をきゅっと握った。




