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砂漠の月  作者: ちあき
第三章 大神の森
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リョウは眩しく光った窓の周りをうろうろと歩いていた。


「確かにこの辺だったんだけどな…」


布の落とされた窓を覗きこむと人の話し声が聞こえた。

だが突然その布がさっと開いたので、リョウは慌てて窓の下に引っ込んだ。

かたりと真上で窓の開く音がしたかと思うと声はすぐそばまで近くなった。


「マシ、今まで本当ありがとう。行ってくる」

「絶対捕まらないでね。お願いよハイトラ」

「もちろんだ。行こうセオ」

「ああ」


リョウは即座にその名と声に反応した。

立ち上がると今まさに窓に足をかけたハイトラの目の前で叫んだ。


「セオ!?」

「うわぁあぁ!!」

「リョウ!?」

「しーっ!!」


四人とも自分の口に手を当てると互いにしーっ!!と合図を送った。

セオは窓に近付くと声を落として言った。


「リョウ、本当にお前か!?」

「うん。なんでセオがこんな所にいるの!?」

「それはこっちのセリフだ!相変わらず心臓に悪い奴だな!」


一番驚いて部屋の中で尻餅をついていたハイトラはお尻をさすりながら立ち上がった。


「はぁびっくりした。こいつ、セオの花の一人だな」

「ああ。リョウ、お前逃げ出してきたのか?」

「うん。セオ、バンビちゃんがピンチなんだ。早くしないと手遅れになっちゃう」

「分かってる。お前が自力で出てきたのは一つ手間が省けてよかった」


リョウの頭をぽんと叩くとセオはハイトラを振り返った。


「こいつはリョウ。リョウ、こっちはハイトラだ。お前らを助けるのに手を貸してくれている」

「この子が?」

「お前よりだいぶしっかりしてるぞ」

「うっ。ひどいセオ…」


ハイトラはリョウの前に立つとその姿に顔をしかめた。


「おい、花嫁衣装をまくし上げるな…」


リョウは自分の姿を見下ろした。


「だって動きにくいんだこれ。すぐにほどけそうになるし」

「ほどけやすくしてあるんだぞ」


セオはリョウを指差した。


「ハイトラ、こいつは男だ」

「え!?」


ハイトラは完全にリョウを娘だと思っていたようだ。

リョウはがっくりと肩を落とすと白い服を引っ張った。


「うぅ…なんて不名誉」

「ち、違うぞリョウ!!花だっていうからてっきり女だと思ってただけだ!!」


目一杯うろたえるハイトラがなんだか可愛く見えて、リョウはけろりとした顔を見せた。


「うん、まぁいいや。とにかく急ごう!」


ハイトラは傍目にもほっとして頷いた。


「そうだな。行こう」

「ハイトラも来てくれるの?」

「おう!」


三人は改めてマシに見送られながら外へと飛び出した。

そのまま闇に紛れて暗い道を走る。

ハイトラは屋敷に近づくと、やはりリョウが目星をつけた場所に向かった。

目立たない裏戸に回り込み、そっと扉を開く。

すぐに中に入ると思いきやハイトラはふと足を止めた。


「あの、さ」

「ん?」

「オレがいれば侵入すること自体は難しくないんだ。けど大きな問題が一つだけある」

「大きな問題?」


言いにくそうに口籠るハイトラに、リョウは先を促した。


「大きな問題って、なに?」

「オレたちが今から殴り込みに行くのは大神と花のいる閨だ。だから…」


リョウはぴんときた。


「あ…。最悪見てはいけない場面に遭遇しちゃうかもしれないってこと?」

「うん。それでも殴り込める?」


リョウに耳打ちされるとセオもびみょーな顔つきになった。

下手をすれば助けたバンビを大いに傷つけてしまうかもしれない。

男三人は低く唸ったが、早々に持ち直したのはやはりリョウだった。


「ま、もしなんかそんな感じだったらおれが先に乗り込むよ。バンビちゃんもセオよりおれに見られるだけの方がダメーが浅いと思うし」


ハイトラも気まずそうに同意した。

セオは何とも言えずに黙り込んでいたが、ここへきて先にリョウと合流したことに心底感謝していた。

三人はとりあえず思ってもいなかったもしもの心の準備だけをしながら、裏口から侵入を開始した。





ーーーーーーーーー




仄暗く揺れる閨の奥では、バンビの声だけが響いていた。


「う、うぅう…」

「…そんなに泣くようなことか?」


大神は呆れてバンビを見ていた。


「な、泣けるわよぉぉ!!森を守るためだけに貴方は自分の子を犠牲にして生きているんですもの!!そんなひどい話ってないわぁ!!」


ボロボロと涙を流しながらしゃくりあげるバンビに大神は仕方なく華奢な手ぬぐいを渡した。

確かに同情を引くような身の上話をしたつもりだったが、ここまで泣き出すとは思わなかった。


「生まれた子が毎回死んじゃうなんて…!!相手の女の人も可哀想だし、毎回違う人と子作りを強要させられる貴方も可哀想だわ!!」


思惑通り貴方が可哀想だという言葉は引き出したのに、おいおいと泣くバンビからは色めいた気配は微塵も出てこない。

大神はどうしたものかと眺めていたが、とりあえずいつものように甘言をバンビの耳元で囁いてみた。


「お前となら、ちゃんとした赤子が生まれてくるかもしれぬ」

「んなわけないでしょー!?それで生まれてりゃ貴方の今までの努力の意味がないわ!!」

「努力…」


バンビは大神の手を握ると力強く見上げた。


「大丈夫!!私が貴方の体質の原因解明のお手伝いをしてあげるわ!!もしかしたら医学的に何とかなるかもしれないし!!ルナハクトだって独自の研究が進んでるもの!!きっと何とかなるわ!!」


大神と呼ばれる何百年と生きた男は、ここ最近では覚えがないほど呆気にとられた。


「村の者共は…また変わった娘を捕らえてきたものだ」


一人つぶやいてみたが、斜め上に燃えているバンビを見ていると久しく忘れていた笑いがこみ上げてきた。


「いや、お前みたいな女も悪くないのかもしれぬ」

「え?」


バンビが聞き返す前に、その体は柔らかな寝床の上に押し付けられていた。

上から大神の冷たい眼差しが見下ろしている。


「ちょっ、ちょっと!?」

「茶番は終わりだ。お前は今宵から私の花となれ」

「え…ちょっ…うぇあ!?」


展開についていけずにじたばたしていると、するすると服の紐が外されていく気配がした。


「ま、まちなさいよー!!話が違うじゃない!!病院に検査しに行くんでしょー!?」

「誰がそんな話をした」

「や、やめてー!!いやー!!助けてセオー!!セオセオセオー!!」


男は手を止めると低く笑った。


「なんだ、それがお前の想い人か」

「ち、違うわよ!!あんな鈍くてデリカシーがなくて怒ってばっかの…まぁ確かに強くてそこそこ頼りにはなるけど、でも、あぁ!!なんでもいいから、セオー!!」


バンビが絶叫していると、奥の間の扉が蹴破られる勢いで開いた。


「バンビ!!」

「バンビちゃん!!」


大神は鋭く視線を侵入者に向けた。


「何奴か!!私の結界を超えてきたのか!?」

「セオ!!リョウ!!」


リョウが先陣を切ると決めていたのに、バンビが自分を呼ぶ声に反応したセオは全てを忘れて飛び込んでいた。

部屋に押し入ってきた三人を睨みながら、大神はゆらりと立ち上がった。

ハイトラがその前に飛び出る。


「部屋の結界なら、オレが壊したぞ」

「ハイトラ…そうかお前…」


大神の気配はがらりと変わった。


「逃げ出しただけではおさまらずこの父に刃向かうつもりか」

「父様…」

「花の儀なくしてはもうこの身は保たぬ!!娘を残して今すぐここから出て行け!」


大神の身体は禍々しい赤い光に包まれた。

かと思うとみしみしと音を立てて倍以上に膨れだした。

儚く美しかった顔は醜く歪み、恐ろしいツノと牙が生えてゆく。

セオとハイトラの目の前で、大神は巨大な鬼へと変貌を遂げた。

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