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砂漠の月  作者: ちあき
第三章 大神の森
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大神

目が覚めたバンビはぼんやりと周りを見回した。

部屋の中は薄暗く、妖しげな香が充満している。

香のせいか体が怠くて思うように動けない。


「…リョウ、セオ?」


掠れる声で呼びかけても、それはすぐに闇に溶けて消えるだけだ。

上半身を起こし自分を見下ろすと、見たこともない白いレースの着物を着ている事に気がついた。


「あっ、私…!?」


やっと状況を思い出したバンビは青くなった。

咄嗟に体を確認するも何をされたのかなんて全く分からない。


「お、落ち着いて…落ち着くのよリオ。だだ、大丈夫。きっとまだ大丈夫だから…」


腰元でゆるく括られたリボンと前開きになる白い長襦袢を確認すると別の意味で焦った。

それはリョウが着せられた着物と同じだったが、バンビにはこの構造の意味に見当がついた。


「これ、ものすごく脱がせやすくなってる!?」


ということは夜が始まるのはこれからだ。

バンビが危機感に冷や汗を流していると暗い部屋の扉が開いた。


「お目覚めですかお花様」

「い、いやー!!来ないで来ないで!!」


暴れようにも手足が怠い。

老女の後ろから二人の熊男がのしりと入ってくる。

熊男は恐怖に引きつるバンビを難なく抱えその部屋を出た。


「やだ!!降ろして降ろして…!!」

「静かにしろ。大神様の奥の間だぞ」

「奥の間!?それって閨でしょ!?やだぁ!!無理無理無理!!」


くらくらしながら精一杯声を上げるが、抵抗虚しく熊男はずんずんと進んでいく。

やがて漆の扉の前に来るとかしこまった声で言った。


「大神様。花でございます」


バンビは真っ青になった。


「は、花じゃない!!違う違う!!下ろして下ろして下ろしてー!!」


熊男はやかましいバンビの口を塞いだ。


「…やはり眠らせたままでお連れ致しましょうか」

「よい。参れ」


奥からくぐもった男の声が聞こえた。

熊男はバンビの口を塞いだままそっと扉を開いた。

中はやはり薄暗く、あるのは低いテーブルと天蓋付きの広い寝床だけだ。

大男はバンビを床に下ろすと鍵をかけて部屋を出て行った。

暗い部屋は異様な静けさに包まれた。

バンビが恐怖に固まっていると、床の間から衣摺れが聞こえた。

音もなく歩き一人の男が現れる。

その顔には恐ろしい鬼の面がつけられていた。

バンビは四つん這いで逃げながら絶叫した。


「無理ですぅー!!はい、無理です無理ですぅー!!確かに私は花のように可憐な乙女ですがお花様とかではないですぅー!!!顔はちょっぴり可愛いかもしれないけど胸だって小さいし筋肉質だし何より面食いなのよ私は!!悪い!?だから、もぅ、こっちへ来ないでぇー!!」


意味不明なことを喚きながら情けない格好で這いずる。

男は面白そうに笑うと仮面を外した。


「脅かしてすまぬな。そう怯えるな」


その声は意外なほど澄んでいた。

バンビは恐る恐る振り返ると呆気にとられた。


「あ、貴方が、大神…?」

「そうだ」


そこに立つのは神秘的に整った顔立ちの男だった。

それはセオの生命力溢れる精悍な整い方とはまた違う、淡い雪のような儚い美しさだった。

バンビは一瞬今の状況も忘れ思わずぽかんと魅入った。


「はっ、違う違う!!か、顔が良ければなんでも良いってもんじゃないのよ!?とにかく、私はあなたの花嫁にはなりません!!」


男は威勢のいいバンビの隣に片膝をついた。


「無理にとは言わぬ。そういきり立つな」

「へ…?」

「私にも事情があってな。お前には協力をして貰いたいだけだ」

「協力!?あなたの子どもを生むことが協力だって言いたいわけ!?」

「その通りだ。少し話をしてもよいか」


お断りしますと即座に答えようとして、バンビは息を飲んだ。

間近で見る美しい男は思わず同情を引くほど沈痛な面持ちで目を伏せていたからだ。


「は、話を聞くだけよ!?それでも私は絶対協力なんてしないからね!?」


つんと反らせる頬が僅かに赤い。

男はバンビに見えないように妖しく微笑んだ。

昔から女なんて簡単なものだ。

どんなに気が強くてもこの顔で同情を煽り、後は優しくしてやれば事は済む。

数時間後にどうなっているかを思い、大神と呼ばれる男は心で冷たく笑った。

その頃。

寝たふりをしていたリョウは部屋の外の気配がなくなるとすぐに飛び起きた。


「動きにくいなぁ、この服」


とりあえずゆるく結ばれていた腰紐を外し、きっちりときつく縛り直す。

くるぶしまである布を折り上げるとその腰紐にねじり込んだ。

ひざ下は丸見えだがこれならまだ動きやすい。


「よし、急ごう」


扉には鍵が掛けられていたが、窓には特に鉄格子があるわけでもない。

窓を開き外を覗き込めば周りに見張りの姿もない。


「ここは二階か。これくらいなら何とかなるかな」


リョウはすぐに寝床に戻ると慣れた手つきで布団のシーツを残らず外し始めた。

それを一つずつ繋ぎ合わせ、結び目には飲み水用に置かれていた水をたっぷり浸し、外れないようきつく結ぶ。

そして窓近くに背の高い椅子を持ってくると、背もたれにシーツの先を結びつけた。

反対側を窓の外へ垂らすと窓枠へ登り、外側へ出てから窓をきっちり閉める。

軽く引っ張ってみたが、椅子は閉めた窓にちゃんと引っかかりつっかえ棒の役目をしてくれている。

リョウはシーツを一度だけ腰に巻きつけると壁を蹴りながら地面まで降り立った。


「…おれって、本当逃げ慣れてるよなぁ」


余りにもスムーズに出来てしまう自分に苦笑いが浮かぶ。

これは昔、しょっちゅう体を壊して病院に放り込まれていた時に実践した脱出方法だ。

世の中何が役に立つのか分からないものである。

集落の中は不自然なほど真っ暗だった。

リョウは手探りで壁を伝い歩きながら首をかしげた。


「おかしいなぁ。家の中までみんな真っ暗だ。まだそこまで遅い時間じゃないはずなのに皆寝てるのかな?」


赤々と灯りが差しているのはリョウが逃げ出してきた屋敷だけだ。


「うーん…。となるとやっぱりバンビちゃんはあの屋敷の何処かにまだいるのか。…おっと」


見張りの熊男がランプを片手に通り過ぎる。

この集落で見かける男は皆もれなく熊のように顔も体も大きくごつい。

あれが男の認識だとすれば、リョウを女だと思い込んだ理由もなんとなく分かる気がした。


「でも、だからって…花嫁…」


リョウが激しく落ち込んでいる間にも見張りは遠ざかって行く。

気を取り直すと、リョウは元の屋敷に戻り裏側に回りこんだ。

これでもリョウは大屋敷の住人だ。

こういった古い屋敷の構造には大体の見当がつく。


「えと、大神様と言うくらいだから神を祀るという意味で北の間、もしくは地下だな。方角を意識して建てられてるという事は、こっちの廊下から続いている部屋があやしい」


窓の外から中を覗いては手がかりがないかと目を凝らす。

やがて廊下の一部に、小さな灯りがあることに気付いた。


「あれだ」


一度窓から離れると、今度は侵入経路を探し始めた。


「待っててよ、バンビちゃん…絶対助けに行くから」


絶対に、絶対に助けたい。

思えばこんなにも熱く思うのは初めてだ。

リョウが屋敷の周りをうろうろとしていると、民家の一つから突然白い光が漏れたのが見えた。


「な、何…?」


どきりとして壁の陰に身をひそめる。

光は一瞬だったが、しばらく待ってもその後は何の変化も起きない。


「何だろう…。ただの火や電気の光じゃない」


どちらかといえば自分が蒼く光った時に似ていたような気がする。

リョウはそろりと動くと、屋敷を離れその民家に行ってみることにした。

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