素直なきもち
夜が明け、森の中に薄日が差すとリョウたちは食料と水を探し移動を始めた。
森はざわざわと揺れ動き不気味な鳥の声が空から聞こえてくる。
バンビは背丈ほどもある色の濃い植物を掻き分けながら辺りを見回した。
「はぁ、やだなぁ。早く抜けたい。大体大神の森は女が神隠しにあうって有名なのよ」
リョウは食べられそうな赤い木の実をちぎり口に入れた。
「神隠ひ?うぺっ。酸っぱい!!」
「リョウ、闇雲に口に入れちゃだめよ」
「だってぇ。お腹へったぁ…」
バンビは藪を抜けるとあっと声を上げた。
「ヤシの木だわ!!」
「ヤシの木?」
確かにそこには何本もヤシの木らしきものがある。
だが肝心の実がない。
それでもバンビは嬉々として若いヤシの木を選び幹を切り倒しにかかった。
「ちょっとセオ、ぼけっと見てないで手伝ってよ」
「こんな事をして何になる?」
「この種類のヤシの木は幹だって食べられるんだから」
セオとリョウは半信半疑だったが、バンビの言う通り倒した幹の皮を剥くと、柔らかく白い部分が出てきた。
リョウは一口それを食べて目を輝かせた。
「…食べられる!!なんか梨に似てるかも!!」
「そうでしょう?サバイバル訓練の時に教わったのよねー。はい、セオ」
バンビは次々切り出すと三人で分け合った。
とりあえず空腹感を凌ぐとまた森の中を歩き回る。
だがいっときは回復したものの、やはり歩けど歩けどどこにも辿り着ける気配はない。
リョウは次第にめげてきた。
「あぁ…どうしよう。俺たちこのまま一生この森から出られないのかな」
「ば、馬鹿な事言わないでよ」
「きっとそのうちからっからに干からびるか、獣たちのご馳走になっちゃって、体全部ぐちゃぐちゃで…」
「いやぁよぉ。このままアイト様に会えずにそんな死にかたするなんて絶対嫌ぁ」
嘆くとリョウが振り返った。
「もしかしてバンビちゃんのずっと好きな人って、アイ兄なの?」
「…。はっ!!」
バンビは真っ赤になるとつんと顔を背けた。
「わ、悪い!?だってあんなに優しくてめちゃくちゃ頭が良くて腕も立つのに死ぬほどかっこいい人、好きにならない方がおかしいじゃない!!」
「まぁ、そりゃね。アイ兄は五歳頃からヒガ一族…ううん官僚の誰もが一目置く神童と言われてたらしいからね。その後もずっとすごく優秀な成績を残してて…」
「え?」
バンビが不思議そうな顔をしたので、リョウは瞬きをした。
「どうしたの?」
「え、だって。私、アイト様を小さい頃から知ってるわ。アイト様はずっとルナハクトにいたもの」
「え!?」
リョウは驚いて目を丸くした。
「で、でもアイ兄は二年前まで確かに新都にいたよ!?ルナハクトに行ったのはそれからじゃないの!?」
「いえ。昔私は別の基地にいたんだけど、南部基地へ出向いた時に確かに何度も見たわ」
二人は揃って目をぱちぱちさせた。
セオは黙って聞いていたが、いい加減痺れを切らせて割り込んだ。
「おいお前ら、今考えるべきことは別にあるだろ」
「そ、そうね。ここで死んじゃったら元も子もないし」
バンビは頭を切り替えようとしたが、リョウはどうしても今の話が頭から離れず考え込んでいた。
アイトは確かに二年前までは自分のそばにいた。
だが思い返せばいつも月に何度もヒガを出ていた。
見識を広めるために外へ学びに出ていると聞いたが、それが実はルナハクトへ出向いていたのだとすれば完全に二重生活をしていたことになる。
では、二年前のあの事故とは…。
ある一つの可能性に気付いて、リョウは呆然とした。
「アイ兄は、もしかして計画的に消えた…?」
ずっとそばにいてくれると言っていた。
自分だけはリョウの味方だと頭を撫でてくれた。
それなのに、最初からいつかは新都を捨てるつもりだったとしたら?
「全部…、全部全部、うそだったのかな。アイ兄も、最初からおれを捨てて行くつもりだったのかな」
セオはふらふらと倒れそうなリョウを掴んだ。
「おい、しっかりしろ」
「ねぇセオ。もしかしておれ、本当はアイ兄にも嫌われてたのかな」
「は?」
「ど、どうしよう!!もし本当にそうだったら、おれ…おれもう生きていけない!!」
「お、おい…」
リョウはセオにがっちりしがみついた。
その心は今にも音を立てて崩れてしまいそうだ。
セオは行き場のない両手を下げるとため息をついた。
「よくは分からんが、それは本人に聞くしかないだろ。人の心を憶測でぐだぐだ悩んでも仕方ないぞ」
「で、でも…上手く聞く自信なんてないよ」
「お前、普段図々しいくせにそういうところは変に素直じゃないな」
呆れて言うが無理矢理引き離そうとはしない。
自分を受け入れてくれる温かな体温に少し落ち着くと、リョウはセオを見上げた。
「素直に、聞いてもいいのかな」
「ああ」
「…じゃあ、セオはおれのことどう思う?」
「…。あ?」
「おれのこと、どう思う?」
セオの目は完全に点になったが、一拍するとその顔は盛大に赤くなり狼狽した。
「な、なんだよお前!!」
「だって人の心は本人に聞いてもいいんでしょ?」
「あのなぁ!!お前みたいな面倒なやつ…」
いらぬことを口走りそうになり言葉を飲み込む。
今それを言うのはさすがにまずいことくらいセオにも分かる。
隣でにやにやしながら見ているバンビと目が合うと、セオはその腕を掴んで引き寄せた。
「ちょっ、ちょっと何よ!!」
「そういうことは、こういう奴に聞け!!」
リョウは今度はバンビを見上げた。
「バンビちゃん…」
「え、あ…うん、え…?」
リョウの視線にも腕を掴むセオにも焦り、バンビもつられて赤くなり狼狽した。
リョウは煮え切らない二人の態度に肩を落とした。
「ごめん。もう、いいよ」
セオとバンビは横目でちらりと互いを見た。
それからしょぼくれるリョウに揃って向き直ると同時に大きな声を出した。
「好きよリョウ!!好きに決まってんじゃない!!」
「どうでもいい奴にここまでつきあえるか!!」
自分より四つも歳上の二人が真っ赤な顔でこっちを見ている。
真剣に照れる二人に、リョウの顔にはゆっくりと笑顔が戻った。
「ありがと。おれも二人が好きだよ」
両手でセオとバンビを引き寄せると二人の間に顔を埋める。
「おれ、アイ兄を見つけたら絶対ちゃんと本当のこと聞く。もし…もし傷付くことになったとしても、もうおれはきっと大丈夫」
だって、今はこんなに優しい人がそばにいてくれる。
リョウはこの二人だけは何があっても信じようと心に誓った。
すっかり元気になると、リョウはまた張り切って歩き出した。
「セオ、とりあえず水場を探そう!!川があれば魚とかいるかな?」
「魚よりワニに気をつけた方がいいだろうな」
「わ、ワニ!?でも、ワニやっつけたらいっぱい肉ゲット!?」
「…勝てたらな」
たわいない話をしながら進んでいると、リョウはふと微かに漂う香ばしい匂いに気がついた。
「なんか…こっちいい匂いがする!!」
香りは三メートルほどの崖の上から流れてきている。
「あの奥だ!!」
言いながらもう走り出している。
「おい、リョウ待て!!勝手に行くな!!」
「リョウ!!」
セオとバンビは飛び出すリョウを追い、小高い崖を登った。




