大神の森
大神の森は迷いの森。
鬱蒼と茂る木々はどこまでも続き、闇雲に足を踏み入れればものの数分で道を見失う。
砂漠とはまた違った気性の荒い野生動物が日夜徘徊し、また大神を守る森人に出会えば骨まで喰らい尽くされるといわれている。
先に森へ入ったアイトとカズラは、ルナハクトが切り開いた専用の道を慎重に進んでいた。
「相変わらず気味の悪りぃ森だぜ。フライト盤はまだか?」
「あと五キロもないはずだ」
アイトは早々に歩けなくなったシュルナーゼを背においながら道無き道を踏みしめた。
「セリー、大丈夫か?」
見ればセリーも真っ白な顔で今にも倒れそうだ。
森の湿気は凄まじく、気温も高い。
体にかかる負荷は相当なものだろう。
「少し休憩を取ろう」
アイトはシュルナーゼを下ろすと水のボトルを取り出した。
「シュルナーゼ、セリー。せめて水だけでも飲んでくれ」
二人はちらりと視線を上げただけでそれすらも渋った。
カズラは理解に苦しみ思わず声を荒げそうになったが、アイトはそれを制し二人の前に片膝をついた。
「君たちが何も口に入れないのは、何か理由があるのか?」
「…」
「せめてそれを教えてほしい。納得できれば無理強いはしないし、他の方法も考える」
シュルナーゼは既に息も絶え絶えでセリーにもたれかかっている。
セリーはその手を握ると消えそうな声で言った。
「…もとに、戻りにくくなってしまうからよ」
「もとに…?」
「私たちは砂漠の民ではないわ。…人ですらないの」
アイトとカズラの目が僅かに警戒の色を浮かべる。
「じゃあ、君は…」
「私達は大地の意思。遥か昔、ウワカマスラの手により生まれた大地の精霊よ」
カズラは早々に考えることを放棄したが、アイトは目まぐるしく今まで読んだ文献を何千と思い出していた。
「…タペストラ所有の資料館で見たことがある。一千年前に存在した国には、地の神のごとく意思を持った赤い光がいたと」
カズラは低く唸った。
「それがシィ達だってのか?だがどう見ても今は人間にしか見えんぞ」
セリーは吐息をこぼした。
「赤い光で存在できるのは砂漠でだけ。もしこの人間の姿で人の食べ物を口にし続ければ…」
「なるほど。元に戻りにくくなる、か。それは前例があるのか?」
「…あるわ」
言いながらもセリーの脳裏には何かのノイズがかかった。
それが何なのか思い出そうとしてもよく分からない。
不思議に思っていると、シュルナーゼが浅い息を繰り返しながらセリーに掴まった。
「…セリー。セリー、くるしい…。胸が…」
アイトは細いシュルナーゼの手を取った。
「セリー。戻りにくくなるということは、少し食べたくらいならまだ大丈夫ということだね?」
「…」
「シュルナーゼはもう限界だ。少しだけ…少しだけで構わないから、融通を利かせては貰えないだろうか」
セリーは苦しむシュルナーゼに苦悩の表情になった。
アイトは根気よく説得した。
「体に残りにくい水や果物だけでもいい。基地へ戻ればリーダーにもう一度かけあって君たちが砂漠へ帰れるよう交渉してみる。それまでの間はどうか食べてくれないか」
「…それは、どれくらいの期間なの」
「今ははっきりとは言えない。だが向こうからの連絡が来ればすぐに帰ろう」
「…」
セリーは儚く目を伏せた。
アイトが黙って見つめていると、その美しい顔は一つ頷いた。
「分かったわ…」
アイトはほっとすると水のボトルをセリーに渡した。
セリーはニ、三口だけ水を飲むとそれをシュルナーゼの口元に寄せた。
「シュルナーゼ、これを飲んで。大丈夫よ、私も今飲んだわ」
呼びかけるとぴくりと少女の瞼が揺れる。
アイトはシュルナーゼを支え、上手く水が飲めるように手伝った。
「…飲んだか?」
カズラが聞くとアイトはシュルナーゼを抱き上げた。
「ああ。水は一時間ずつ時間をおいて飲ませよう。カズラ、シュルナーゼを」
「おう」
カズラにシュルナーゼを預けるとアイトはセリーを横抱きにした。
「すまないがこのペースでいくと余計に時間がかかってしまうからね」
どうやらこのまま森を歩くつもりのようだ。
セリーが困惑しているとアイトは少し笑った。
「心配しなくてもこんなことでへばる鍛え方はしてないよ」
それに抱えて分かったが、セリーはとても大人の女性とは思えないほど軽い。
アイトはセリーを抱え直すと足を早めて森を歩いた。




