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砂漠の月  作者: ちあき
第一章 砂漠の夢
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水びたし

リョウは足の痛みが引くにつれて俄然元気になってきた。

だがそれに比例してセオはリョウを警戒するようになった。


「部屋から出してよ」

「駄目だ」

「お風呂入りたい」

「昨日丸々拭き上げてやっただろうが」

「じゃあリビングだけでも見たい」

「じゃあってなんだ。勝手にうろついたら即追い出すからな」

「ぐぬっ…」


リョウが黙り込むとセオは今日も許可をくれずに扉を閉めて行ってしまった。


「…ちぇー。思いの外、手強い」


ふてくされるとベッドの上に大の字で転がる。

結局この数日で分かったのは、この家にはどうやらセオとルイしかいない事と、セオがやたら生活力があることくらいだ。

すぐに勝てると踏んでいたのに、リョウの怒涛の攻撃にセオは実に根気よく耐えていた。

鍵を閉めるような酷いことはしないが少しでも無駄に部屋を出ようものなら絶対に声がかかる。

我が儘三昧をぶつけてみても、叶えられる要望には応えてくれるがそれ以外は徹底して却下を突きつけられた。


「それにしてもリビングぐらい行かせてくれてもいいのに。これじゃ弱味どころかセオのことすらよく分からないよ」


ぶつぶつ言いながらもリョウはこの不毛なやり取りをちょっぴり楽しんでいた。

セオは素っ気無いけれど、決して冷たくはないからだ。


「…ふあぁぁ。まだ七時なのにごろごろしてたら眠くなってきちゃった」


枕を引き寄せると、うとうとと瞼が落ちてくる。

リョウは甘く優しい誘いに身を任せ心地よい闇に沈んだ。

だがうたた寝はあまり良くないもので、その闇は揺らぎ始めると不穏な騒音に変わってきた。

映し出されたのは逃げ出してきた現実だった。

嘲笑う、見たくもない人たち。

それに微笑みかける自分。

押しつけられた嘘。

作り上げた嘘。

見えない攻撃を防ぐための嘘。

嘘、嘘、嘘。

自分の全ては嘘だらけ。

分かってる。

己というものは余りにもこの世に不必要だ。

でも…


「…だ、やだ」


リョウは胸を掻き毟りながら呻き声を上げた。


「…いやだ!!アイ兄!!」


自分の叫びでがばりと飛び起きる。

全身には濡れるほどびっしょり汗をかき、不規則に息は乱れた。

時間は深夜二時過ぎ。

リョウは指先まで冷える体を丸め、がたがたと震えていた。


「うぅ…アイ兄…、アイ兄…」


か細く呼んでいると、応えるようにもふもふが懐に飛び込んできた。


「ルイ…?」


リョウはルイを抱きしめるとベッドから這い出し、ふらふらと部屋を出た。

セオは確か今は隣の部屋で寝ていると言っていた。

その言葉を頼りに手探りでそっとドアを開くと、簡易マットを敷いただけの寝床で横になるセオがちゃんといた。

リョウは心からホッとするとルイと一緒にセオの隣に潜り込んで眠った。


早朝、四時半。

セオは異様な暑さで目が覚めた。

嫌な予感がして見下ろすと、右腕には猫のルイ、左腕にはリョウがすやすやと眠りこけていた。


「…お前らな」


わざわざ自分のベッドと部屋を提供しているというのに、何故この狭いマットに全員集合して転がっているのかが分からない。

叩き起こそうか迷ったが、あまりにもリョウがぐっすり寝こけているのでやめた。

体を起こすと渋々自分がリビングへと移動する。

眠気覚ましに熱いコーヒーを注ぐと、ふと奥の廊下が目に入った。

そこの一室はセオの趣味を凝縮させた部屋になっているが、リョウが来てからというもののずっと入れていない。

セオはちらりとリョウの寝ている部屋を見た。


「まぁ、あと一、二時間くらいは起きてこないだろ」


いそいそとコーヒーカップを手に持つと、セオは目当ての部屋へ入り鍵をかけて引き篭もった。

五時間後。

すっかり眠り込んでいたリョウは自然に目を覚ますと無意識に空っぽの寝床をさすった。

手の先にはいつもの目覚ましではなく、もふっとしたものが当たった。


「…ルイ?おいでぇ」


ルイを引き寄せぬくぬくと抱きしめる。

そのままもう一度寝ようと目を閉じかけたが、ふと壁にかけられた見慣れぬ時計が目に入った。

九時三十五分。

リョウは飛び起きた。


「ち、遅刻!?やっば…!!」


驚いたルイが先に部屋を飛び出した。

リョウも慌てて出ようとして気が付いた。


「あ…違う。家出したんだった」


時間に反応して飛び起きるとは、体に染み付いた習慣とは恐ろしいものである。


「はぁ、あんな夢見たから家かと思っちゃった」


ぽりぽりと頬をかくと落ち着く為にゆっくり深呼吸をした。


「セオはどこだろう…」


自分の周り以外マットは既に冷たい。

セオの部屋にいるのかと覗いて見たが、ベッドも空っぽだ。

リョウはそっとリビングに入った。


「セオぉ?」


呼び掛けても返事はない。


「喉渇いたなぁ。お水貰うくらいなら怒られないかな」


キッチンまで入ると明かりがパッとつく。

リョウは物珍しげにキョロキョロと見回し、その辺に立てかけてある洗いざらしのコップを手にとった。


「あれ?この蛇口どこにもハンドルもレバーもない」


これではどこを捻れば水が出るのかが分からない。

そばにあるのは白く四角い手のひらサイズの石だけだ。


「もう…ほんと謎。この家」


リョウはひとまずコップを置くと、何とか水が出せないかとあちこち触り始めた。

すっかり時間を忘れ引き篭もっていたセオは、完全にリョウのことも忘れていた。

倉庫のように広いこの部屋には大量のガラクタが転がっている。

セオは手頃なのを選んでは目の前にある何かの溶接作業に没頭していた。

中途半端だった改造を大体満足いくまでやり遂げると、やっと手にしていた工具を離し冷めきったコーヒーに口をつけた。


「せ、セオーッ!!」


突然リビングから大声で名を呼ばれ、セオは危うくコーヒーを吹きそうになった。


「な、なんだ!?」


急いでリビングに戻ると、途端に部屋中に凄まじい勢いで飛び散る水が目に飛び込んだ。


「あ、セオ!!セオセオセオ!助けて!!」

「こんの、バカが!!何したんだ!!!」


必死で水の出処を抑えているリョウの手には蛇口が握られていた。


「どうしてそれを引っこ抜いたりしたんだ!?」

「だって水の出し方が分からなかったから!!ひねれそうなとこひねりまくってたら抜けちゃったぁ!!」


セオは急いで水場の下の棚を開くと、元栓を締めた。

飛び散っていた水がすぐに勢いをなくす。

リョウから蛇口をひったくると、セオは器用に元の場所に設置し直した。

頭の上からびしょびしょになったリョウは小さくなりながらセオを見上げた。


「…あ、あの」

「だから勝手に部屋から出るなと言ったんだ」

「ご、ごめんね、セオ」

「いいからさっさと脱げ。そんな格好してたら今度は風邪をひくぞ」


新しく置いてあったタオルを数枚棚から引き出すと、二枚をリョウに投げてよこす。

セオは自分に降りかかった水も拭いとると、さっさとキッチンを拭き上げた。


「寒いぃ…」


下着一枚になりながら体を拭いていたリョウは身震いした。

セオは一度手を止めると寝室から自分のシャツを手に戻ってきた。


「とりあえずこれを着ておけ。お前の服はすぐに乾燥機にかけてやる。貸せ」


リョウは自分には大きいシャツをすっぽりとかぶると、びしょ濡れになった服をセオに手渡した。


「お前はあっちへ行ってろ。水が欲しいなら後で持って行くから」

「お、おれ、もうほんと何もしない!!大人しくしておくからここに居させてよ!!」


腕を大きく回してアピールをしてみたが、開きっぱなしの棚に思い切りぶつけてうずくまる。

セオは足元でひーひー呻くリョウに呆れていたが、涙目で見上げてくる顔にふと目を見張った。


「ユキネ…」

「え?」


リョウは痛みにかまけて無邪気さを取り繕うことをすっかり忘れていたが、その素の顔がセオの記憶を揺さぶった。


「…お前、歳はいくつだ?」

「おれ?十四だけど…」


リョウは明らかに動揺に揺れるセオの鮮やかな青い瞳を覗き込んだ。


「どうしたの?」

「一応聞くが、お前男だよな」

「……。そうじゃないとセオの前で堂々と裸で濡れた体拭いたりしないと思うけど」


セオは気まずそうにすると顔をそらした。


「セオ?」

「いや、何でもない。ちょっとお前が探している奴に似ていたから聞いてみただけだ」

「…ユキネ、ちゃん?」

「そうだ」


リョウは興味を引かれたが、セオはさっさと濡れた床を拭く作業に戻ってしまった。

すっかりキッチンを元どおりにすると、セオは外に出る身支度を整え始めた。

砂漠の太陽に焼かれ過ぎないよう長袖を着込み、頭にはバンダナをくるりと巻く。

目を保護する為にゴーグルを掛けていると、リョウが首を傾げながら聞いた。


「何処かへ行くの?」

「食料調達だ」


セオはリョウに厚手のマントを放り投げた。


「そんなに元気ならお前も来い。新都まで行けば少しくらい何か思い出…」

「買い物!?やったぁ!!セオとお出掛けだ!!あ、おれ服出来たか見てくる!!」


リョウは目を輝かせると張り切って乾燥機を見に行った。

セオはちゃんと話を聞こうとしないリョウに辟易したが、ここはぐっと我慢した。

リョウには悪いが、やはりこれ以上ここに居座られるわけにはいかない。

新都まで引っ張り出したらあとは適当な所で置いてくるまでだ。


「行くぞ、リョウ」

「うん!!」


セオは顔を隠すようにゴーグルを下げると、心底嬉しそうに懐くリョウを連れて家を出た。

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