セオの決意
東ルートから砂漠南部を目指していたセオ達が辿り着いたのは、ルナハクトとグレイシス軍の争いの真っ只中だった。
「いた!!もう始まってるわ!!セオあそこよ!!」
バンビは激しい戦地を目にすると思わず立ち上がった。
セオはバランスを崩しかけてハンドルを握りしめた。
「立つなバンビ!!」
「ああっもう!!せっかく回り込んだのに間に合わなかったのね!!最前線は…ライコオ隊長だわ!!」
「誰だって!?」
「四隊長のうちの一人よ!!」
バンビの後ろでリョウも立ち上がった。
「セオ!!砂嵐だ!!もう目前まで迫ってきてる!!」
「分かったからお前ら座れ!!運転がしづらい!!バンビ、何処を目指すんだ!?」
「とりあえず先に戦況だけ知りたいわ!!」
セオは争いの場が全体的に見渡せる砂の丘までバイクを走らせた。
食い入るように争いを見ていたバンビは、焦燥に駆られながら身を乗り出した。
「どっちが優勢なの…?」
「お前の仲間だな」
「え?」
「あの砂獣は一体何なんだ?あれが新都軍を大幅に乱している。…だが新都軍もじわじわと巻き返し始めてはいるな」
リョウは目を見張った。
「すごいセオ。ひと目見ただけでそんなことまで分かっちゃうの?おれなんか全然何がどうなってるか分からないや」
「慣れの問題だ。見ろ」
セオがしゃくった先を見れば、新都の軍用車が戦地に向けて動きだしていた。
「新都軍は砂嵐がぶつかると同時に何か仕掛けるつもりだ」
「なんですって!?」
「砂獣は砂嵐の中では存在できない。下手をすれば新都軍に押し切られるぞ」
バンビはセオの腕をがしりと掴んだ。
「お願いセオ!!あの中へ私を送って!!敵の動きだけでも伝えに行かなきゃ!!」
「おい…」
「仲間のピンチを見過ごすわけにはいかないのよ!!」
断ればバンビは一人でも飛び降りて行きそうだ。
セオは仕方なくハンドルを戦地に向けた。
風はみるみる強くなり、戦う男達の周りは酷い砂塵が舞っている。
ルナハクト寄りに近付いて行くと突然目の前の砂が爆発したかのように噴き出した。
「砂獣か!!」
「あれは…」
現れたのは巨大なオオトカゲだ。
だがその瞳は砂獣独特の赤ではなく銀色に光っている。
「白塵刀だわ!!」
「何だって!?」
「しかもこのオオトカゲはもしかして…!!」
バンビはバイクから飛び降りるとオオトカゲのそばにいた男に向かって両手をあげた。
「やっぱりガーナ!!」
「うわっ!!な、なんだ!?」
「ガーナ!!私よ!!リオよ!!」
「え…!?」
そばかすの散った青年は目を丸くしてバンビを上から下まで見た。
そして本物だと認識すると破顔してバンビを抱きしめた。
「リオ!!お前…お前生きてたのかよ!!」
「生きてたのかじゃないわよ!!よくもあんな砂漠のど真ん中に置いていってくれたわね!?」
「仕方がないだろ!?ベージュたちが深手を負って一刻を争う事態だったんだ!!そりゃ、囮になってくれたお前を置いていったのはすまなかったよ…。でも基地へ怪我人を運んでからすぐお前を探しには行ったんだぜ!?」
バンビはガーナを押し返すと捲し立てて言った。
「ガーナ、ボスはどこ!?新都軍は砂嵐に紛れて何か仕掛けてくるつもりよ!!」
ガーナは冷静に頷いた。
「分かってる。どちらにせよ今撤退命令が出されてる。砂嵐を目隠しに基地まで引くんだ」
「え…」
「リオも早く基地へ戻れ。もう時間がないぞ」
「でも…!!」
ガーナはちらりと後ろのセオとリョウを見た。
「あれは?」
「…私の命の恩人よ」
「一般人だな!?お前何こんな所まで連れてきてるんだよ!!まさかお前…!!」
「私たちのことは何も喋ってないわ!!それに連れてきてもらったのは私よ!!言ったでしょ!?私の命の恩人だって!!」
「助けたふりして新都側のスパイだったらどうするんだ!!お前こんな時に何やってんだよ!!」
ガーナはバンビの腕を掴むと無理やり引っ張った。
「行くぞ」
「な、何よ離して!!」
「彼らには悪いが仲間が最優先だ。基地へ戻るぞ」
バンビは思い切りガーナの手を振り払った。
「リオ!!」
「何も知らないくせに勝手なこと言わないで!!」
「あ、おい!!」
バンビはセオの元まで走るとリョウの後ろへ飛び乗った。
「出して!!急いで!!」
「お前な…」
「いいから出して!!」
セオは血相を変えて追ってくるガーナを振り切るようにバイクを走らせた。
「バンビちゃん、いいの?何だかもめてたみたいだけど…」
「いいの!!やっぱり直接ライコオ隊長かボスに話しに行くわ!!セオ、最前線までお願…わっ!!」
突然の突風に大きく煽られる。
セオは西の空を見上げた。
「来た」
「え!!」
見上げれば黄土色の壁がすぐ目の前まで迫っていた。
戦場は悲鳴と共に次々と巨大な砂嵐に飲み込まれていく。
あっと言う間に真っ黄色な砂塵に覆われ視界は全く効かなくなった。
「うわわ!!セオ、ゆ、揺れる!!」
「そのまま手を離すなよ!!」
セオはバイクは危険と判断すると岩場に寄せてから土に返した。
岩陰のおかげで風当たりがましになると、リョウとバンビはやっとまともに呼吸が出来るようになった。
「うっ、ぺぺっ。口と目に入ったぁ」
「目をこするな。傷になるぞ」
セオはゴーグルをリョウにつけさせ、自分はバンダナを目深にかぶった。
それにしてもこう視界が悪くては何が起きているのかさっぱり見えない。
バンビはそわそわと岩の外を覗こうとした。
「ねぇ…こんな中じゃ新都軍だって何も出来ないわよね?」
「さぁな」
「さぁなって、だってどうやって…」
その時吹き荒れる風の中にドンッと低い音が混じった。
セオはぴくりと反対した。
「…砲弾だ」
「え?」
「なるほど、軍用車に幾つか積み込んでいたようだ。とことんルナハクトを追い込んで基地まで案内させる気だな」
「なんですって!?」
砂嵐に巻かれながら次々と砲弾の音と仲間の悲鳴が聞こえてくる。
バンビの焦りはピークに達した。
「私…私ちょっと行ってくる!!」
「え!?バンビちゃん!?」
バンビは岩を飛び出すと本当に行ってしまった。
リョウは慌てて後を追おうとしたがセオがそれを止めた。
「お前は行くな」
「な、なんで!?だってバンビちゃんが危ないよ!?」
「俺たちの目的は戦争に加担することじゃない。それに今出ても風に巻かれて吹き飛ばされるぞ」
「大丈夫!おれにはこれがあるから!」
リョウは結晶石を握りしめるとセオを振り切り飛び出した。
「リョウ!!戻れ!!」
叫んでもセオの声はすでに届かない。
セオは苛立ちに膝を叩いたが仕方なく岩陰から出ると二人を追いかけた。
バンビは何度も飛ばされそうになりながら音を頼りに突き進んでいた。
負傷した仲間があちこちで地に転がっている。
「うそ…、うそうそ…。ボスはどこ!?ライコオ隊長!!ベル!!カズラ…アイト様…!!みんな、みんなどこ!?うっ、けほっごほっ!!」
砂にむせているとリョウが追いついてきた。
「バンビちゃんおれのそばへ来て!!」
リョウは石を握ると蒼く光った。
光はまるで静電気で弾くように砂を寄せ付けず、リョウの隣は息がしやすくなった。
「あ、ありがとう、リョウ」
「まだあちこちで戦ってるね」
「ええ。誰か指揮官に接触できればいいんだけど…」
二人に追いついたセオはリョウの首根っこを掴んだ。
「リョウ!!こんな場所で力を使うな!!お前自分の立場が分かっているのか!?」
セオに怒られているとすぐ間近で大声がした。
「そこにいるのは誰だ!!」
バンビはすぐに野太い声に反応した。
「ベルね!?私!!偵察隊のリオ・トレイターよ!!」
「リオだと!?」
砂塵の中から体の大きな、黒髪をオールバックにした男が現れた。
「リオ!!生きていたか!!」
「もうその下りはいいから!!それより今ここはどうなってるの!?」
ベルは蒼く光るリョウに気付くとぎょっとした。
「こ、これは…、まさか砂漠の民…」
「そうよ!!ベル、リョウを基地で保護したいの!!構わないでしょう!?」
「いや、それにしても本物なのか…?」
「そうだってば!!」
風音に負けずに叫んでいると、すぐ間近で物凄い爆発音がした。
「きゃっ!!」
「危ねぇ!!」
「し、新都軍にこれ以上攻め込まれたら基地の場所が割れるわ!!そこを総攻撃されたらいくらボスがいたって無事では済まないんじゃないの!?」
「分かってるさ!!だがなぁ、文句ならこの最悪なタイミングで吹き荒れた砂嵐に言いやがれ!!」
ベルは忌々しそうに怒鳴ったが、ふとリョウを見下ろした。
「そうか」
「え…」
「お前は砂漠の民なのだろう!?この砂嵐、何とかできるんじゃないのか!?」
「えぇ!?」
リョウは思わぬ事を言われ素っ頓狂な声を出した。
「む、無理無理無理!!そんなこと出来ないよ!!」
「砂漠の民は何トンもの砂を自在に操るんじゃないのか!?」
「いや、でも!!」
「頼む!!俺は、俺たちはこの砂漠を…森とウォーター・シストを守らなければならないんだ!!」
「ウォーター・シスト…?」
「森の向こうの国のことだ!!」
「え…」
森の向こうに、国がある。
そんなことは完全に初耳だ。
唖然としているとまたすぐ側で爆発音と新都軍の雄叫びが聞こえてきた。
「くそっ。調子に乗りやがって!!このまま新都に全てを奪われてたまるか!!ルナハクトの意地にかけて食い止めてみせるわ!!」
「ベル…!!駄目よ!!」
ベルは怒りに吠えると何も見えない砂塵の中へまた挑みに行った。
バンビはリョウを振り返った。
「ごめん、私やっぱりここに残る。リョウ達はどこか安全な場所に避難してて」
「でも、こんな所に残ったらバンビちゃん死んじゃうよ!?」
「分かってる。でもね、私だって守らなければならないものがあるの。例え死ぬことになっても仲間を新都人なんかに蹂躙させるものですか」
その言葉にセオは目を見張った。
バンビの瞳に宿るのは紛うことなき戦士の魂だ。
バンビは少し改めるとセオを見上げた。
「リョウをお願い」
「…」
「それから、色々ありがとね」
セオは何も言わずにバンビを見下ろしている。
だがバンビが背を向けると思わずその腕を掴んでいた。
「セオ…?」
「一度だけなら…」
「え?」
セオは手を離すとむっつりとしながら言った。
「一度だけなら、手を貸してやる」
バンビはきょとんとした。
「どういうこと?」
「俺がこの砂嵐を止める」
「砂嵐を…止めるですって??」
「そうだ。その代わりセリーとシュルナーゼ…お前らが連れて行った仲間は必ず返してもらう」
バンビにはセオが何を言いだしたのか全く分からなかった。
ただ、一緒にいてセオもどこか普通ではないことは知っている。
バンビは藁にもすがる思いで頷いた。
「…分かったわ。あれを止めてくれたら何でもする」
セオはまだ少し躊躇い気味に俯いていたが、心配そうなリョウと目が合うと腹を決めた。
「リョウ」
「…いいの?」
「ああ」
リョウには分かる。
セオは正真正銘のウワカマスラの末裔。
あの砂嵐を止めるために己の力を使うつもりなのだ。
リョウは首から結晶石を外すと黙ってセオに渡した。




