攫われた先
冷たい鉄の匂いがする部屋で、シュルナーゼは膝を抱えて泣いていた。
肌に触れるひんやりとした床ですら彼女にとっては恐怖でしかない。
「アメット…セリー…。たすけて」
捕らえられた船から下ろされると、シュルナーゼはセリーから引き離されずっとこの小さな部屋に閉じ込められていた。
痛いくらい膝を握りしめていると、固く閉ざされていた扉が急に開いた。
入ってきたのは鬼のような大男だった。
いかつい顔にはこれまたいかつい傷が幾つもあり、目は鷲の様に鋭い。
短く切り揃えられた黒い髪は逆立ち、大きな体にはびっしりと刺青が入っている。
大の大人でもひと目見ただけで回れ右をしたくなるような迫力だ。
「おい、お前」
低いだみ声で呼ばれ、シュルナーゼはその場で気を失いそうになった。
男は少女に近付くと目の前で片膝をついた。
「今日も何も食わんかったそうだな」
シュルナーゼは完全に怯え、真っ青になりながらがたがたと震えている。
男は太い腕を組むとため息をついた。
「そんなに怖がるな。別にとって食いやしないぞ」
「わ、私…どうなるの?」
大男は少女を見下ろした。
睨んだわけではないが、目があっただけで少女はまた気絶しそうになった。
「とりあえず飯を食わんことにはこのまま力つきる」
「私…、私、人間のものは口にできないの」
「それはどういう意味だ?」
「う…うぅ…。セリー、セリー…」
男は泣きじゃくりだしたシュルナーゼに困惑した。
何だって自分がこんな可愛らしい女の子の尋問役をしなければならないのかと深くため息をつく。
それもこれも、相手が砂漠の民だということで尻込みする情けない部下達のせいだ。
「…泣かせて悪かったな。ちゃんと飯食えよ」
男はかりかりと頭をかくと部屋から出て行った。
同じ頃。
三つ隣の無機質な部屋でセリーはベッドに座り込んでいた。
腕につけられたガラスのバングルさえなければすぐに光に戻れるのに、もどかしさでやりきれない。
ここにいると時間感覚すらなくなるが、部屋には一日二回必ず人が食事を持って訪れる。
今日もいつもと同じ時間に電子ロックの外れる音がした。
「おはよう。朝食を持ってきたよ」
現れたのは二十歳前後の青年だった。
年若いとはいえ強い意志を宿した瞳は落ち着き払い、凛と立つ姿は揺るぎなく、立ち振る舞いには洗練された品がある。
併せ持つのは上に立つ者特有の空気感だ。
やや長く伸びた髪は軽やかなプラチナブロンドで、人目を引く容姿にしっくりと馴染んでいた。
「色々なフルーツを小さくカットしてもらったよ。今日こそは一口でも食べて貰いたいな」
青年は優雅に笑いかけ新鮮なフルーツを乗せた小皿を丸テーブルに置いた。
その拍子に右目を隠していた前髪がさらり流れ、ビー玉のような透き通るパールブルーの瞳がちらりと覗いた。
左の瞳は濃いヘーゼルなのでオッドアイのようだ。
青年は一言も喋ろうとしないセリーがガラスのバングルを握りしめていることに気付いた。
「こんな無粋なもので貴女を拘束して本当にすまない。だが僕はただ君達と仲良くしたいだけだ。そろそろ君のことを話してくれないか」
セリーは無感情に青年を見上げた。
そして始めて口を開いた。
「勝手に連れ去って仲良くしたいだなんて…。それに私だってあなたのことを何も知らないわ」
青年は反応が返ってきたことに驚いて目を見張った。
それから嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「本当にその通りだ」
青年はセリーの正面に立ってから片膝をつき視線を合わせた。
「僕たちは砂漠の中立集団ルナハクト。貴女にもあの少女にも、危害を加えたりしないことは僕が保証します。貴女が望むなら少女に会うことも出来ますよ」
青年は優しい笑みを浮かべたが、セリーの顔は固いままだった。
「セリー」
「え…」
「もう一人の少女が貴女をそう呼んでいたので。僕もそう呼ばせて貰ってもいいかな」
「…」
セリーは何か言いかけたが、その時扉の向こうから青年を呼ぶ声が聞こえた。
「サブ、また新都に動きがあったようだ。ボスが呼んでます」
「分かった。すぐに行く」
青年はさっきまでの優しげな顔を一変させると立ち上がった。
急いで部屋を出ようとしたがその手前で振り返る。
「慌ただしくしてすまない。これでもボスの補佐なんだ。僕の名はアイト。また今夜来るよ」
青年は上品な笑顔を残し、足早に去った。




