不思議な家
「よし。ちょっと痛いけど歩けなくはない」
リョウは木のテーブルに手をつきながらひょこひょこと部屋を歩いた。
「それにしても変な部屋だなぁ。窓も電気も一つもないのに明るいなんて」
しかもリョウが横になると五分ほどで音もなく暗くなる。
感知している機械も見当たらないのに全くもって不思議だ。
部屋に置いてあるのは丸い木のテーブルとベッド、それからクローゼットが一つ。
初めは客室かと思ったが、クローゼットの中にきちんと収められているのはセオの服だった。
「ってことはここはセオの部屋か。引越し前みたいに殺風景だなぁ」
ベッドに戻り腰を下ろすと、何かが膝の上に飛び乗ってきた。
「うわっ、なんだなんだ!?」
慌ててそれを持ち上げると、手にもふっとした感触がした。
「…ね、猫!?猫だ!!どこから猫!?うわぁ本物!?新都じゃ絶滅危惧種って言われてるのに!!」
グレーの毛は長く、どこかもっさりとした猫ではあったがその可愛らしさは噂以上だ。
リョウはすっかりこの猫に夢中になった。
「お前、名前何ていうの?名前とかあるのかなぁ。セオのことだから名前なんて付けずにネコとかそのまま呼んでそう」
「あのな…」
いつの間にか開いた扉の向こうで不機嫌そうなセオが立っていた。
「お前、それだけ元気なら…」
「あれ!?すっごくいい匂い!!肉!?肉だ!!これ美味しい肉の焼ける匂いだ!!セオー、おれ腹減っちゃったよぉ!!もうあのデロデロの病人食は嫌だよー!!肉ぅー!!」
リョウの体調次第で調節しようと思っていたが、結局セオは渦巻く肉コールに押し切られ御馳走を運ぶ羽目になった。
リョウは目の前に並んだサラダとビーンズスープ、それに食欲そそるソースがかけられたお肉に飛びついた。
「んーまいっ!!何これ!?全部絶品!!本当にセオが作ったの!?料理上手すぎっ!!」
やかましいリョウの隣では猫も勢いよく缶詰に食らいついている。
その光景はさながら猫二匹。
セオは何とも言えない顔でそれを見下ろしていた。
「おいお前」
「リョウだよ」
「…リョウ。それだけ食べれるならもう…」
「あ!!そういえばさぁ、この猫も名前あるの?」
口の周りにたっぷりタレをつけながら見上げてくるリョウに、セオは眉を寄せながらナプキンを手に取った。
「ルイだ」
「へぇ、ルイかぁ。お前ルイって言うのかぁ。絶対にセオがつけた名前じゃないでしょ」
「うるさい」
セオは乱暴にリョウの口元を拭うと、返したナプキンでルイの顔も拭った。
「ごちそーさまでした!!セオってさ、…優しいね」
満足そうな笑顔を見せるとリョウはそのままベッドに横になった。
目を閉じる姿はこの上なく幸せそうだ。
セオはあっという間にすやすやと寝息を立て始めた二匹をただ呆気に取られて見ていた。
「…まぁ、もうしばらくは仕方ないか」
自分に言い聞かせるように呟くと、セオは静かに後片付けをして部屋を出た。
数分後。
リョウは閉じていた目をぱちりと開いた。
体を起こすと暗くなりかけた部屋がまた明るくなる。
ルイを踏まないように気を付けてベッドを降り、音を立てないようにステンレスの扉を開くと、薄明かりの中に磨かれた石で出来た廊下が見えた。
「よし…」
リョウは足を引きずりながら勝手に部屋を抜け出した。
セオはきっとこの怪我が治れば追い出す気満々だ。
となればその前に先手を打つべきだ。
相手を思うように動かす為には…
「秘密か、弱みだな。この家は他に誰かいるのかな?」
リョウはにんまりと笑った。
一見ぶっきらぼうだが、あの面倒見の良さは人の良さを表している。
そして優しい人ほどつけ入る隙があるものだ。
無防備な顔で近付きそっと急所を押さえるやり口は、アイト直々に仕込んでもらった生き抜く術だ。
大好きな兄の顔が浮かぶと、何故かそれがセオと重なりリョウの顔から表情が消えた。
「アイ兄…」
自分の落とした声にハッとする。
リョウは頭をぶんぶん振ると一歩ずつ奥へと進んだ。
リビングらしい少し大きな部屋に出たが、ここは明かりが消えている。
また勝手に明るくなるかと恐る恐る足を踏み入れたが、主電源を切ってあるのか部屋は暗いままだった。
そのままリビングを横切り更に奥に向かって伸びている廊下へ進むと、左右の壁にいくつか扉が見えた。
その一番遠い扉から明かりが少し漏れている。
「なんだろう。話し声がする」
そっと近付くとセオの声が聞こえてきた。
「だから、足さえ治ればすぐに追い出すさ。仕方がないだろう?…あぁ、分かってる」
通信でもしているのか相手の声は聞こえない。
僅かに開いた扉の隙間から覗いたリョウは、その思わぬ異様な部屋に目を奪われた。
床以外は殆どがガラス張りで、明かりに浮かび上がるその向こう側は全てが砂砂砂。
ここが砂の中というのはどうやら本当らしい。
中央には華奢なガラステーブルとゆったりとした椅子が一つだけ置かれている。
テーブルの上にはこれもまたガラスで作られたドールハウスのような物が置いてある。
そしてその中には何か赤いものが光っていた。
セオは椅子にどっかりと座り、一人でブツブツとその赤い光に話しかけている。
はっきり言ってそれは怪しげな光景だった。
リョウは見なかったことにしてそっと踵を返した。
「…どうしよう。弱みというか、変な趣味を見てしまったのかな?」
首を捻りながら元の寝室まで静かに戻る。
何にしてもセオには思った以上に秘密がありそうだ。
「まぁいいや。またセオがいない時にあの部屋も調べてみよっと」
リョウはとりあえず強引に押せば何とかなりそうなセオに、これからどう攻めようかとあれこれ考えながら横になった。