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砂漠の月  作者: ちあき
第一章 砂漠の夢
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楽しかった夢

リョウが心地よく疲労した体を深くベッドに沈めている頃、ガラス張りの部屋では緊急会議が行われていた。


「まさか…。信じられん」


アメットは長い髭をいじりながら唸っている。

セリーも難しい顔で考え込んだ。


「でも私と外に出た時は本当に足元の砂を呼応させるだけで精一杯だったのよ?」


セオはここ数日のリョウを思い出しながら言った。


「精神面にも左右されるんだろう。どうもあいつは情緒が不安定だからな。さっきは全てが吹き飛ぶくらい必死だったせいか逆に集中力が高まったみたいだ」

「うむ。アンバランスな小僧じゃの」


人を利用しようとする狡猾さを覗かせたかと思うと、何も出来ないと嘆く脆さもある。

ころころ変わる感情の豊かさでさえ、半分は偽物で、だが半分は本物だ。

リョウ自身どれが本当の自分か定まっていない印象を受ける。


「力の使い方と心得をきちんと指導すれば大丈夫よ。根はいい子だわ」

「しばらくはそれで様子見しかないようじゃの。…セオ、どうじゃ。小僧を見てお前ももう一度力を試してみる気にならんかったか?」


アメットがさり気に振ったがセオは顔をしかめた。


「俺の力はもう何の必要もないものだ。今更俺一人が何かしたところで無駄でしかないだろう?」


ずっと黙っていたシュルナーゼはそっとセオの膝に手をついた。


「セオ…。セオはひとりじゃないよ」

「…」

「あたしもずっと一緒だよ」


セオは立ち上がると背を向けた。


「とにかく、今はまだ切羽詰まった状況でもない。俺にはこれ以上何も求めないでくれ」


言い捨てるとガラス張りの部屋を出て行く。

三つの光は揃ってセオが去った扉をただ黙って見つめていた。




ーーーーーーーーーー




翌朝、セオは焼き過ぎた目玉焼きを文句も言わずにパンに乗せながら言った。


「今日は外せない用がある。お前はここにいろ」


パンの焦げた部分をこそげ落としながらリョウは頷いた。


「分かった。今度こそ…美味しいもの作って待ってるね」

「お前は不用意にキッチンに立つな」


口では文句を言いながらも、セオはそのままこげこげシリーズを食べきった。

食事を終えるとさっさと身支度を整え、最後に小さな袋を懐に入れた。

頭から布を目深に巻き、あまり顔が見えないようにしている。

以前より厳重なセオの格好にリョウは小首を傾げた。


「何か悪いことでもしにでも行くの?」

「んなわけあるかっ。砂金を換金しに行くんだよっ」

「さきん!?」

「アメットがたまに拾って来てくれる。俺は、外で働いたりは出来ないからな」

「へーぇ…」


皿を洗いながらリョウは羨ましく思った。

セオはここで飢える心配もなく、好きなことを好きなだけしながら過ごしているように見えたからだ。


「じゃあ行って来る。リョウ、余計なことはするなよ」

「はぁーい」


気のない返事をしながらセオを見送る。

リョウは洗い物を終えると、セオがわざわざ買ってきてくれた雑誌を広げ大人しくソファで読み始めた。

しばらくは膝に乗ってきたルイをもふもふしながら字面を追っていたが、内容なんて全く頭に入ってこなかった。


「はぁ…。駄目だ。今すぐ外に出たい!!」


雑誌をテーブルに置くとソファに寝っ転がる。

リョウの頭は昨日の砂滑りのことでいっぱいだった。

あの爽快感。

あの開放感。

そして特別感。

何度思い出しても胸が高鳴り熱くなる。

リョウは早くもう一度外へ練習をしに行きたくてたまらなかった。


「そうだ…。別に夜を待たなくてもセリーがいれば練習できるんじゃないかな」


思いつくとすぐにガラスの部屋へ向かう。

明かりを入れるとリョウはちかりと光るドールハウスに声をかけた。


「セリー、セリーいる?」


応えるように赤い光が飛び出してくる。

だが出てきたのはシュルナーゼだけだった。


「あれ?アメットとセリーは?」

「…昼は、いつも二人とも砂漠に出てるの」


シュルナーゼはびくびくしながら答えた。


「そうなんだ。あ、ねぇ、シュルナーゼ。おれ昨日の砂滑り練習したいんだけど、セリーの代わりに付き合ってくれないかな?」


諦めきれずに頼んでみたが、シュルナーゼは今にも消えそうな程弱々しい光になり首を横に振った。


「ごめんなさい、私…私…」

「あぁ、こっちこそごめん!!消えないで!!」


リョウは慌ててしゃがみこみシュルナーゼと視線を合わせた。


「おれ、一人で暇なんだ。シュルナーゼも留守番なら一緒にお喋りしようよ」

「え…?」

「シュルナーゼ達のこと、おれもっと知りたい」


にっこり笑うリョウに、シュルナーゼはおどおどとした。


「リョウは…私が、私達のことが恐くないの?」

「え?」

「だって私は人間じゃないのよ」


リョウは長椅子に座り少し考えた。


「うん、恐くなんてないよ。おれは周りにいた人間より、アメットとセリーとシュルナーゼの方がよっぽど好き。セオはみんなを家族だって言ってたけど、おれもそう思っちゃダメかなぁ?」


シュルナーゼの目はまん丸になった。

それからとても嬉しそうに笑った。

それは可憐な花が咲いたようなとても可愛らしい微笑みだ。

リョウとシュルナーゼはすっかり打ち解けると、長々とたわいない話を楽しんだ。

陽が傾き始めても、セオは帰ってこなかった。

リョウは水を飲みながら食糧庫を開けた。


「セオ遅いな。やっぱりおれが晩御飯作って待ってようかな」


簡単なサラダやハムを焼く事くらいならできそうだ。

とはいえセオがいない時にまた料理が爆発したら危ない。

今朝調理禁止を言い渡されただけにリョウは真剣に悩んだ。


「シュルナーゼ、どう思う?やっぱり大人しく待ってた方がいいかな?」


振り返って聞いたが、さっきまでそこにいたシュルナーゼがいない。


「あれ?シュルナーゼ?」


リョウは手にしたレタスを置いて廊下を覗き込んだ。

シュルナーゼは円盤の上にいた。

その顔は何故か酷く強張っている。

リョウはシュルナーゼに駆け寄った。


「どうかしたの?」

「…何だかおかしいわ。砂がざわついてる」

「え?」


シュルナーゼは何もない天井を見上げた。


「上で何か起きてるのかもしれない。私…見てくる」

「え!?」


シュルナーゼはどう見ても今にも倒れそうなほど震えている。

リョウは思わず手を伸ばした。


「シュルナーゼ待って!!一人じゃ危ないかも…」


シュルナーゼをすり抜けバランスを崩す。

リョウの一歩前へ出た足は、そのまま円盤に乗り上げてしまった。


「あ!!」

「リョウ!?」


リョウの視界は一瞬の浮遊感の後一気に変わった。

気がついた時には既に手遅れだ。

リョウは砂漠のど真ん中に立ち尽くしていた。


「う、嘘!?外に出ちゃった!!ここどこだ!?シュルナーゼ、どこ!?」


真っ赤な太陽は地平線の彼方へ半分も沈んでいる。

このままではじきに夜だ。

リョウ一人ではあの家に戻れないし、シュルナーゼが言っていたことも気になる。


「…まずい。これはまずいぞ!!」


焦っていると、ズボンのポケットに触れた左手が淡く光っていることに気付いた。


「あ、これ…」


ポケットから取り出したのは昨日砂滑りの時にセオに貸してもらった石だ。

そういえば興奮しすぎてすっかり返すのを忘れていた。

これがあれば行動範囲はかなり広がる。

それに力を使っていればセリー達が見つけてくれるかもしれない。

リョウは深呼吸で気持ちを落ち着けると、目を閉じ石に意識を集中した。

蒼い光は手から全身へとリョウを取り巻いた。

周りの砂がざわりと揺れる。

だがその時、突然背中に衝撃が走り光が散った。


「うっ、な、なに!?」


どこから現れたのか怪しげな男に取り囲まれる。

後ろから体当たりしてきた男が砂の上にリョウを押さえつけた。


「お前、何者だ!!今の光は…まさか砂漠の民なのか!?」

「は!?」

「ここじゃまずい。俺たちについて来てもらおうか」

「な、何だよお前ら!!離せよ!!」


男は暴れるリョウを縛ろうとしたが、その時西側から騒音と砂煙を立てて何かが猛スピードで近付いてきた。

男達は傍目にも狼狽した。


「くそっ、見つかったか!!引くぞ!!」

「だが、こいつはどうする!?」

「仕方がない仲間が優先だ!!」


男達はリョウを捨てると砂の影を利用し散り散りに消えて行った。

リョウは近付いてくるバギーカーの型に気付くと青くなった。


「あれは…新都の!!」


結晶石をポケットにしまい転がるように逃げる。

だがバギーカーはあっという間に追いつくと三台でリョウを取り囲んだ。


「奴らの逃げ残りか?」

「いや、この服は新都の物だ。…ん?待て。この顔は確か…」


傭兵崩れのような体の大きな男がゴーグルを上げながら降りてくる。

リョウは逃げ出そうとして腕を掴まれた。


「うっ、は、離して!!」

「これはこれは。やはりリョウ様ではありませんか。バルゴ様が随分探しておいででしたよ」


男達はまじまじとリョウを見おろした。


「本当にこれがヒガ・リョウなのか?」

「ああ、間違いない。こいつを縛り上げろ。奴らに通じている可能性もある。周りに警戒しろ」

「それなら今こいつをしぼって色々吐かせた方が早いんじゃないか?」

 

リョウはどきりとした。

自分が何処にいたのかなんて話すつもりもないが、強制的に調べられればあの結晶石は間違いなく取り上げられる。

相手はいい大人が五人。

逃げ出すことすら不可能だ。


「セオ…」


守らなければ。

せめて、セオ達の事だけは。

リョウはぎゅっと目を閉じると腹に力を込めた。

そして次に目を開いた時には、がらりと雰囲気が変わった。

怯えた顔は一変し、ミルクティ色の瞳に狡獪な色が混ざる。

リョウは自分を縛ろうとした手を軽く払うと、あっけらかんと笑って見せた。


「ちょっと待ってよ。おれがヒガの人間だって分かっててそんな無骨なロープで縛るつもり?冗談よしてよ」

「なに…?」

「分かった分かった。今回はもうおれの負けって事でしょ?ちょっと反抗して家出しただけなのに大人ってば揃いも揃ってすぐムキになるんだから」


リョウは服に着いた砂を払うと自らバギーカーの後部座席へ飛び乗った。


「でもちょうど良かった。おれもう砂漠には飽き飽きしてたんだよ。そろそろ新都に帰りたいと思ってたんだよね。ほら、出して」


にこにこするリョウに男達は怪訝な顔になった。


「…何を考えている。逃げようとしても無駄だぞ」

「逃げる?おじさん達から?おれそんな事言ったっけ?」

「…」

「いいから出してってば。早く新都に帰りたいんだよ」


厳しく尋問しようとしていた男は意気込んでいたことが馬鹿らしくなった。

いかにも頭の軽い子どもに付き合うほどこっちは暇ではないのだ。


「おい、帰還信号だ。どうする?」

「どうするも何も、このお坊ちゃんを連れて戻る以外ないだろう?バルゴ様に引き渡せばそれだけで報酬は弾むはずだ」


男達は頷きあうと、リョウを乗せたままバギーを発進させた。

まんまと自分を侮らせたリョウは、景色が滑り出すと笑顔を消した。

とりあえず今は何も聞かれないうちにセオ達から離れるのが最優先だ。

あとはこのポケットの石さえバレなければ何とでも誤魔化せる。


「…」


流れる砂漠を見つめる瞳にはみるみる涙が溜まった。

連れ戻されたら、前以上に厳しく監視されるだろう。

本当の地獄はこの先で待っている。

砂漠で過ごした数日はまるで楽しかった夢のように幻となるのだ。

リョウは膝を抱えると一人で小さく泣いた。

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