追想◆0
◆ ◆ ◆
再び彼と会ったのは、前回から数えて四日後の事だ。
彼はいつも通り訪れた自分を部屋に招き入れると、丁寧に挨拶をし、椅子に座った。
今日は、仕事で来た訳ではないと言うと、彼は大層喜んで、「何のお話をしましょうか!」とにこにこと笑った。
思い切って、生い立ちが知りたいと言うと、彼は浮かべた笑みを少しだけ薄くして、言った。
「いいですよ。
でもあんまり面白くないかも。」
構わないが、嫌なら断ってもと答えると、彼は優しく微笑んだ。
「あなたは優しいですね。優しいから、そんなに心に傷を負ってる。もっと早く、”彼”があなたに出会えていたら…。ああ、話が逸れてしまいますね。生い立ちでしたっけ。いいですよ、お話します。退屈しても、謝りませんよ。」
悪戯っぽく笑って、彼は話し始めた。
「私がシリングの生まれである事は、ご存知なんでしょ? 私自身はどこでどう生まれたか知りませんけど。
物心付いた時には、里子に出されていました。
見知らぬ夫婦の家に引き取られたのは二つの時だったそうですが、当然記憶にはありません。
家も市街地から結構離れた辺鄙な場所にありましたし、夫婦は裕福ではない暮らしをしていましたが、大変好くしてくれました。私以外に子供はいなくて、所謂”親元を離れる”時に聞いた話に因ると、母…ああ、育ててくれた母です、母は若い頃に大きな病に侵され、子宮を摘出しなければならなくなったそうです。それで子を産めない体になり、人伝に頼まれて私を引き取ってくれたそうです。
父も我が子を持つ事に未練はなかったそうで、ただ子供は好きだったので、引き取る事を快諾したらしいです。
自分たちの子ではないけれど、両親曰く『聡明で、穏やかで、聞き訳の良い子』だった事もあり、本当に厳しくも大切に育ててくれました。そして『見た目も美しく、賢く育った』と両親が踏ん反り返る子である私は、一四歳で学業のため、サイドワークのため街に出るようになりました。そこで偶然、とある人物を目撃しました。
美しい金色の髪と、この国の民族にしては珍しく美しい白い肌、そして、私とそっくりな色の瞳…。
只ならぬ繋がりを感じたのですが、どう声をかけて良いか解らない…。
救いだったのは、見かけたその日から、大抵同じ時間にその場所を通りかかる事でした。何とか機会を作って近付きたかった。
そうこうしているうち、気付けば二ヶ月が経とうとしていました。流石にこれでは怪しすぎると言うか…。この間、話しかけたりする機会もなく、結局、知り合う事はない運命なのだと諦めました。
その矢先です。
”彼女”に声をかけられたのは…。」
そこから先の話には、自分が知りたかった事の総てが含まれていた。
恐らくどう足掻いても手に出来ない情報ばかりが溢れる様に出ては流れて行く彼の話には、若干の眩暈すら覚える不遇さ、不運さも見えた。
同情するべからず。
肝に銘じていた感情ではあるが、これには心を寄せる他に、適当な対応を見出せなかった。
言葉にする事は憚られるので、黙ったまま眉を顰めると、彼はふと笑って、「やっぱり…」と言った。
「優しいですね…。
その優しさが、あなたの命を取らないように、祈りますよ。」
有難うと素直に言うと、時間なので立ち上がる自分に、彼は美しい瞳で真っ直ぐ自分を見つめ、こう言った。
「”あの人”は怖いですね。そして醜く愚かだ。
糸なんか付いてないのに、周りの空気に中てられて、操り人形だと勘違いしている様な。
強いて言うなら、蝋人形でしょうか…。」
◆ ◆ ◆