追想◆1
ユリが了の自宅で再び待機の五日間を送る間、了は早朝五時までに家を出、夜中1時過ぎに帰って来るという生活をしていた。
土日も関係なく登庁し、出勤の服装も、スーツの日もあれば私服の日もあり、やっている事は毎日区々のように思えたが、生活リズムだけは変わらなかった。
夜中帰って来るなり風呂に直行し、食事もせずにベッドに倒れ込み、死んだように眠る。朝はユリに配慮し小さめの音に仕掛けた目覚ましで躊躇なく目を醒まし、物音を殺しながら手早く支度をし、やはり食事をせずに家を出て行く。
待っていても仕方がないので眠りながら出迎え見送るが、寝惚けた目に映る了にはあからさまに疲れが見え、この五日間が終わる頃には、少し痩せていた。
何をしているのか、仕事の事なので聞く訳にもいかず、おかえりといってらっしゃいの声をかける事以外、話もしなかった。
ただ心細さはなく、了の体だけが心配だった。独りの間はとにかく、了の事ばかり考えた。良い事から悪い事まで様々ではあったが、総じて最終的には、自身の心を再確認するだけの思案の一時だった。
だが平穏に思えた五日間過ごせるだろうと高を括った三日目の夜、ユリにとって大事件が起きた。
その日はちょうど日中も大してやる事がなく、うだうだとテレビを見ながら過ごし、一応食事の支度をして夜を迎えた。やはり了はなかなか帰って来ず、夜十時頃には風呂に入り、十一時にはベッドに入った。昼間動いていないのに、何故かすんなりと眠りに就いたが、夜中ふと目が開いた。目の前にはすっかり見慣れてしまった了の寝顔があった。ここ二日ほど、了はうつ伏せに眠っていた。恐らく、風呂から出るなり疲れ切ってベッドに倒れ込んでいるのだろう。普段の穏やかな寝顔と違い、眉間に皺を寄せ、苦しそうに眠る顔に、ユリは唇を噛んだ。何か助けになりたいが、自分には何も出来ない。余裕もないのか、了はシーツを躰下に敷いたまま眠っていたので、ユリは自分がかけていたシーツを了にかけ、静かにベッドから出た。
カウンターを見ると弱めの間接照明は点けたままになっていて、ほんのりとその一角を照らしていた。がさつに脱ぎ捨てたスーツと、スーツの時には必ず持って行く皮鞄が放り置かれている。着回すかは判らないが、皺になってはいけないと思い、ユリはスーツを整え、椅子にかけ直した。すると、持ち上げたジャケットの下から、小さな小箱が現れた。
青い、ビロードの小箱。手前から開けるタイプのそれは、手のひらに悠々と乗るほどの大きさで、約四センチ四方の立方体をしている。
これがユリの知識の定める定義通りの物なら、中には必ず指輪が入っているはずだ。
ユリは緊張した。胸中に、ふとある感情が浮かんだ。
震える手で小箱を持ち上げ、ゆっくりと開ける。
中からは案の定、指輪が現れた。
やや太身の、銀色の指輪。内側を見ると、『T&M』と彫ってあった。
ユリは思わず椅子に座り込んだ。
何か期待していた。不安もあったが、期待の方が大きかったのは事実だ。そしてその期待は、あっという間に粉々になった。後には、馬鹿らしさと虚しさしか残っていない。
そしてユリは、共同生活が始まったばかりの頃に散々思い悩んだ事を思い出す。
(やっぱり…、三笠さん…。)
家の鍵、居留守の指示、指輪…。
ユリの知り得る範囲に於いて、この三つが示す物は一つしかない。
何を期待していたのだ。
ユリの目に涙が溢れた。優しい言葉も抱擁も、総ては了の義務心がさせた事。考えれば解る事だ。それなのに…。
柄になく少女のように心を躍らせていた自分が情けなくなった。
愚か者だ。
ユリは自身を罵った。そして丁寧に小箱を元に戻すと、悪いと思いつつジャケットを無造作に箱の上にかけた。
ずしりと重くなった体を立ち上がらせると、膝が震えていた。やっとソファに歩み寄り、膝を抱えて座り込む。
あの日のように涙が止まらなかった。胸一杯に溢れた羞恥心と罪悪感が涙を押し上げているようだった。
頬をべたべたにして、ユリは蹲って泣いた。
解決するまで、この暮らしを強いられる。駄々を捏ねればホテル住まいくらいにはしてくれるかも知れない。どう頼んでみようか。急に頼むのは怪し過ぎる。だが、一時凌ぎにホテルに居を移したところで、何の意味もない。解決するまでは了とも三笠とも面と向かう事になるし、逃げていても仕方がない。
何はともあれ、まずはこの気持ちを棄てなければ。
ユリはああでもない、こうでもないと今までの勘違いと思しき記憶にケチを付け、数時間泣き続けた。気付けば空も白んで来て、カーテンの隙間から光も差し込み始める。気持ちはすっかり落ち着き、そして今までの思い出には、無感情になっていた。
もうじき、了が起きるだろう。その時こんな顔を見られては、また要らぬ心配をかけるだけだ。
(だっさい、私。)
ユリは最後に自分自身に悪態を吐くと、ソファにごろっと横になった。
泣き疲れたのと吹っ切れたのとで、眠気はすぐに訪れた。否、もしかすると、涙で目が乾いたため、眠いのかも知れない。どちらでもいい、今は、了が起きるより前に眠りに落ちたい。
そのまま眠気に身を任すと、あっという間に意識は途切れた。
◆ ◆
遠くの方で、小さく携帯電話のアラーム音がする。
浮腫んだ瞼をゆっくり開けると、目の前にいるはずのユリがいなかった。
もぞもぞと体を起こし、部屋を見回すが、姿は見えない。だが、どこかで寝息が聞こえる。
怪訝に思いつつ起き上がると、まだ薄ら暗い部屋の中を、寝息のするソファへと歩く。覗き込むと、何故かユリはそこで眠っていた。
「…?」
今更、ソファで眠る理由がわからない。了は首を傾げた。
夜中目を覚ましたのだろうか。それならば良いが、と思いつつ、了の勘はそうではないのだろうと見抜いていた。
何か気持ちの悪い胸騒ぎがし、顔を近付けると、案の定というべきか、睫毛が濡れていた。
また、悪い夢でも見ているのだろうか。
そう思ったが、どこかで違う気がしていた。
夏場と言え、朝方は冷える。高層マンションの一室では、室温の下がり方も鼻では笑えない。
了はベッドからシーツを持って来、静かにユリの体にかけた。
暫く立ったまま、ユリを見下ろす。
この行動理由を推測しようと思ったのだ。自分がベッドに入って、先ほど目を覚ますまで三時間余り。その間も、熟睡している訳ではない。浅く、浅く眠り、体を休めているだけなのだ。だから、少し話し声や日常生活音がすれば、目が醒める。これには確信があったので、ユリは恐らく、一人暗闇で何かを見たか、何かを思い出し、ベッドを出たに違いない。そして…。
了は部屋の中をもう一度見渡した。ふと目が止まったのは、カウンターだった。雑に脱ぎ捨てた筈のスーツが、いくらか綺麗に畳まれていた。
なるほど。
了は溜息を吐きながらカウンターにわざとらしくぐちゃぐちゃに置かれたジャケットを摘み上げた。
現れたのは、青いビロードの箱。
手に取り、開ける。指輪は、よく見ないとわからないが上下正しい向きがあり、手前に下が来るように仕舞ってある。しかし指輪を見ると、昨日仕舞った向きとは逆向きになっていた。これを見たのだろう。女の子なら、裏側も見るかも知れない。当然、彫られた名前に気付くだろう。勘が鋭かろうが何だろうが、そこで見たイニシャルが、少なくとも片方は、誰を指すのかくらいはわかる筈だ。そこから、事情を知っているか否かで、指輪についての結論は別れるが…。
ユリは事情を知らない。それ以上に問題なのは、それによってユリが何故そういう感情に至ったかと言うところだ。だが、この状況でそれを”問題”と定義付ける事はさすがに野暮というものだろう。
了はもう一度溜め息を吐いた。そしてユリの前でしゃがみ込むと、安直なユリの思考にほんの少しだけ苛立った後、「ばーか」と口真似をして頭をぽんぽんと叩く。疲れ切って寝入っているその顔は、本当に子供のようだ。
呆れ果てて言葉も出ない。だが本音は、眠っていてくれて、ほっとしているのだ。起きていたら、きっとそう結論付けたユリを責めてしまうだろう。自分が不器用な事くらい、自覚している。今、説明出来るほど単純な状況でもないから、仮にそうではないと否定をしたところで、ユリが納得してくれるような対応は出来ない。そもそも自分自身の気持ちは封じると決意したのだから、誤解のまま置いておいて、ユリがまっさらな気持ちに戻れるなら、それに越した事はない。
忙しいのはあと二日ほど。短い時間だが、その間に少しでも状況が変わる確率は、自分の中で高い。目論見通りに事が進めば、早く安心させてやれる可能性もまだある。
これが、後日多大なる大誤算になるとは夢にも思っていなかったが、少なくとも今は、了自身そうして自分を納得させるしかなかった。
身支度を済ませ、家を出る。指輪は一時、ユリが絶対に覗かない場所に隠した。せめて落ち着くまでは、ユリの目に触れないようにしておきたい。掃除をしたとしても、さすがにユリの目には触れないであろう箇所、奥深くに仕舞った。
登庁後、朝早く誰もいない調査室に荷物を置くなり、黒崎の元へ向かう。
先日、追加で依頼していた盗聴器の通信記録の調査が、巧い事行かなかったのだ。理由は、身内へのハッキングであったため手間取った事ともう一つ、入手した情報を振り分け、解析するのに予想以上の時間を要したためだった。これは即ち、庁舎内で規約違反をしている者が予想以上にいたという事になるが、今回は捜査対象ではないため、これには目を瞑る。
研究室の戸を叩く。『研究所』とは言っても、検察付きの組織なので、庁舎内にある一部門に過ぎない。便宜上、地下二階にあり、出入りが出来る人間も限られている。元々、庁舎の地下階は地上階より敷地面積が広く、エレベータを降りると長い廊下が真っ直ぐフロアを貫く。その両脇に、細かく別れた分野別研究室があり、各員が配置されている。黒崎は情報分析チームの研究員として所属しているが、所持資格が多様な事もあり、別チームの助っ人としても動いている。
ノックのあとすぐ、「どうぞ」と声がした。
扉を開け、中に入ると、ファイルラック越しに黒崎が振り向いた。
「よぅ。」
「よう。」
馴染みの挨拶だけ交わして、後は必要な事を話す。世間話もしない訳ではないが、仕事で出会った間柄なので、仕事の話をしていた方が落ち着くのだ。
「悪いな。」
思った以上に手間のかかる捜査になってしまったため、まずはそれを詫びた。
「いいよ。予想はしてた事だし。」
面白い結果も出たしねと付け足して、黒崎が笑った。そして、椅子をひょいと動かし、了がパソコンのモニタを見られるよう避けた。モニタには、表計算ソフトで見易く整理されたデータが映っている。一見乱数字のような英数字のカラム、その隣には、時間を示す数字が並んだカラムが二つ並んでいた。さらにその隣には、一桁か二桁の数字が入力されている。それが約三〇行ほどある。黒崎は手を裏返し爪でモニタを叩きながら、言う。
「昨日の、十二時二五分三二秒。そこから、約二〇秒、何らかの通信を受信してる。
解析の前に、庁舎の無線設備について確認してみたら、最近ちょっと構造が変わったらしくてさ、現実的に、直接地下へ無線通信を送る手段はないみたいなんだ。実際は、発信されたフロアの機械が受けて、それを有線で繋がった各フロア、各場所の機械に受信先がいるかを確認、受信機器に飛ばされるみたいなんだ。なので、通信機器さえ特定できれば、経由地点を遡れば具体的にどのフロアから送信されているかも、はっきり解るようになってる。業務フロアなら、部署ごとに設備も備わってるし、部署までは絞り込めるけどね。」
「ラッキーだな。」
「うん。普通ならこれは幸運だ。逆を言うと、それだけ粗を探し易くなったって事だけどね…。余程規律違反するヤツが多いんだろうな…。」
最後の方はブツブツと小言でも言う様な声で言い、黒崎は数行のうちの一行を選択して色味を反転させた。
「これ。」
反転した行は、先ほど黒崎が言った十二時二五分の記録だった。
最後のカラムには”一八”とある。
「一八階から発信したのか。」
「みたいだね。ま、結果『だからなんだ』みたいな事になっちゃってるけど。」
黒崎が溜め息を吐いた。了も小さく息を吐いてその数字を眺める。
黒崎が約一日かけて分析したデータも、分析すればするほど、彼の言う様に、『だから何だ』というデータになってしまっているのだ。データの価値を台無しにしてしまっているのは、時間だ。
「昼時か…。」
一八階は喫茶ルームとレストラン、休憩所と、庁舎に於いてこの時間帯、人が溢れ返る唯一の場所である。誰がこのフロアにいたか特定出来たとして、誰が発信機器を持っていたか流石に特定は出来ない。容疑者が挙がっている現状で、この時間このフロアにその者がいたとして…、特定出来なければ追求も出来ない。
これが、他のフロアだったならば、決定的な情報と為り得たのに…。
ただ、使い様はある。
内心そう思っていると、黒崎が口に出して言った。
「強請るにはこのくらいの情報の方がいいかもね。」
「ああ。」
確かにそうなのだ。
がちがちに理詰めにするより、ほんの少し隙を与えた方が、反って相手の失言を促せる。こちらが言った事に対する反応より、相手自らが口に出して言った事の方が、当然ずっと価値が高い。その効果は、得てして自意識が高く、持て囃されて育った人間を相手であれば、絶大なものとなる。今回の件、黒崎の言う様に、持っている情報が少し足りない程度の方が、いいのではないだろうか…。
思案していて、了ははたと気付いた。事情など知らないはずの黒崎を横目でちらりと見る。が、了より早く、黒崎は同じようにして了を横目で見上げていた。口許に、ほんの少し怪しげな笑みを浮かべている。
「俺みたいに色んな部署の人間と話してると、噂は厭でも耳に入って来るからね。ある事無い事。
多分、蕪木が知らない話も知ってる。」
「……。」
「件の捜査対象者、敢えて名前は出さないけど。
先日の裁判の被疑者と、結構頻繁に面会してるみたいだよ。」
「…え?」
了が眉間に深い皺を寄せた。何故?
裁判中の被疑者への面会は、担当検事と弁護士双方の許可がなければ出来ない決まりになっている。面会を許可した覚えは、了にはない。一体、どうやって…?
「どうやってかまでは流石に聞こえて来ないけどね。
それと、もう一つ、重要な事を報告するよ。」
黒崎はそう言って、デスクの引き出しから、小さなビニル袋を取り出し、了に差し出した。手のひらに悠々と入ってしまうほどのサイズの袋は上部にジッパーが付いていて、中の青いものが部屋の灯りを反射してキラキラと輝いた。
受け取る。これは、了が黒崎に解析を依頼したものに他ならない。
ラピスラズリのイヤリング。
ユリが、していたものだ。
偶然手に入れたものであったが、先に一穂から指輪を受け取っていた事、その解析結果を黒崎から聞いていた事で、ユリの突然の動揺と関係があるのではないかと思ったのだ。予感は当たり、今、黒崎と話をする状況となっている。
「これの盗聴器さ、あの指輪の中に入ってた盗聴器と同じ造りだったのは報告した通りなんだけど、似たようなの、もう一個俺見てるのよ。」
「……?」
「”ケータイデンワ”。」
黒崎が頭の後ろで手を組み、にやりと笑った。了が目を見開く。
「あの携帯電話の事か…?」
「うん。厳密に言うとさ、それ盗聴器じゃなくて、音声通信機器、まぁ、言うなれば超小型携帯電話ってとこだけど、そんなタイ米潰したみたいな大きさなのに、高機能でね。
盗聴器として音声を送信し、同時に再生機として受信音声を再生するのよ。その再生の仕方が独特なんだけど。」
「独特?」
「…骨伝導。外耳道軟骨部に接触させて伝導させる軟骨伝導タイプだよ。
中の機械が、直接イヤリングの留め金に繋がってて、留め金を外耳道軟骨部、えっとね、耳の穴の中の手前の軟骨に密着させる事で、音声を認識させるってやつ。留め金ちょっとおっきいというか、妙な形なんだよね。女の子の耳なら、耳朶で留めて、上のでっぱりがちょうど穴に引っ掛かるんじゃないかな。
んで、携帯電話に備わってた録音再生機器が、それと全く同じで、伝導された音声がきちんと電話からの音声として再生されるように中で繋がってた。システムの解析もして見たら、それ用のプログラミング部分もあったよ。」
了の眉間の皺が益々深くなった。視線は、イヤリングに強く注がれたままだ。
「変なところで、妙な繋がりが出来ちゃったねぇ。」
黒崎に同意するところだ。
黒崎の言う携帯電話は、もちろん例の裁判の証拠品であるが、あの事件の被疑者は、元はCIA経由で手配書が回って来た海外スパイ犯で、”彼”の出生地がシリング王国だと言う情報を入手した時から、彼自身だけがどこかで”男爵”の周りに蠢く様々な事件や情報と繋がるのではないかと思っていた。だから調査室で裁判を請け負う事になったのだが、携帯電話に仕込まれていた機器の事を被疑者が知らないとなれば事件の様相は変わってくる。
シリング王国と深く繋がりのある大鳥・民党、そしてその関係者から受け取った指輪、その中にあった盗聴器と共通するイヤリング。そして携帯電話。その持ち主はシリング出身の人間に襲われ…。
偶然と片付けてしまうには、あまりに各々の『距離』が近過ぎる。ばらばらと空を漂うそれらの情報を繋いているはずの糸。その糸はまだぼんやりとしか見えないが、必ず一本道として辿れるはずだ。
了は受け取り手にした袋を黒崎に掲げ、ゆらゆらと揺らした。
「有難う。助かった。それだけあれば、十分だ。」
何かを掴み掛け確信を得た了の目に、黒崎は満足げに笑い、「もう一つ」と人差し指を立てた。
「これは忠告。」
「聞く。」
「指輪や携帯電話に細工を考えた人物と、イヤリングに細工した人物は当然異なるんだけど、イヤリングについてはやや無計画さが目立つ。確実さが弱い、と言った方がいいか。受け取った人物がイヤリングを定める方法で装着しなければ意味がないし、ターゲットが狙ったタイミングでもそれを着けていなければやはり意味がない。そして、追えばいつかは足がついてしまう方法で、目的を実行してる。
一見捨て身にも見えるけど、俺にはどう考えても”ただのバカ”にしか見えない。
誰かに指示されて、というよりは、自分で思いついて、道具があったので実行した、という味方が妥当だと思う。
実行についての未熟さ、危うさ、それでも実行してしまったという状況。俺が分析をするなら、捜査対象は感情でしか今動いてない。頭はいいが…、世間知らず、という感じだな。
気が利いてない。」
「それは、知ってる…。」
「だろうね。
でも、本来なら高確率で失敗するであろうこの計画が、偶然か巧く行ってしまった。相手は今、図に乗っているが、次の失敗を恐れて不安でもある。精神状況は、安定していないと見るべきだ。
そして、これを実行した相手に対し、理論が先立たないほどの負の感情を抱いている…。
操り人形は、糸が切れると落ちるしかないが…。
面倒な事に、その人形は、生きてる。」
そう。捜査対象は言うなれば、操り人形だ。一度だけ、蝋人形と表現した事もある。昔からそうだった…。だが、人形に見えはしても、人間ではある。
黒崎の忠告は、頭ではわかっているが、改めて言われると腹にずしりと落ちた。
「…何をすると思う?」
問題は、この後だ。何が、起こるだろうか…。
「さあ? 俺はあの種族じゃないからわからん。」
苦笑いをして、黒崎が答えた。「ただね。」
「?」
了が首を傾げると、黒崎がふと笑みを消した。了はその忠告を、後日まざまざと思い知る事になる。
「『歯止めは利かなくなっている』と思うよ。」




