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地味令嬢の観察日誌が、なぜか王宮で配られているのですが  作者: トークン
観察日誌が配られた夜

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第一話「本は趣味です」

 エリーゼ・フォン・グラウベルは、今日も壁の花だった。


 王宮大舞踏会、今年で三回目の参加である。招待状には相変わらず「グラウベル伯爵令嬢」とだけ印字されており、名前すら書かれていなかった。去年も一昨年もそうだった。おそらく来年もそうだろう。


 別に、構わない。


 エリーゼにとってこの舞踏会は「観察の場」だからだ。


「ねえ、あの地味な子また来てるわ」


「グラウベルの娘でしょ。いつも壁際にいる子。名前なんだっけ」


「さあ。でも毎年来るわよね、懲りないのかしら」


 三歩先でそんな会話が繰り広げられているが、エリーゼは気にしない。胸元に忍ばせた小さなノートに、さらさらと文字を書き込む。


 ——第三回・王宮大舞踏会。本日の観察記録、開始。


 エリーゼの趣味は、貴族観察だった。


 正確には「観察して記録する」ことである。誰が誰に色目を使っているか。誰と誰の仲が険悪か。どの令嬢がどの令息の財布事情を把握しているか。参加開始から三年間、欠かさず書き続けてきた。


 悪用するつもりは一切ない。純粋に面白いのだ。人間というのは観察すればするほど興味深い生き物で、貴族社会という狭い箱庭の中では、その滑稽さが凝縮されている。好きな相手に振り向いてほしくて、誰かに認められたくて、必死に着飾って笑顔を作る。その懸命さが、時折なんとも愛らしく、時折なんとも可笑しくなる。


 エリーゼはそれを、ひっそりと楽しんでいた。


 ちなみに今夜の注目株はヴェルナー侯爵夫人だ。令嬢方には高圧的なくせに、侯爵本人には子犬のように従順——この対比は三年間まったくぶれていない。観察対象として非常に安定している。


 ノートの端に小さく「安定株」と書き添えたとき、背後でどたどたと足音がした。


 振り返る間もなく、誰かがエリーゼの背中にぶつかってきた。


「あっ——失礼!」


 弾みでノートが床に落ちた。拾い上げようとした瞬間、相手の手が先に伸びてきた。


「お怪我は——」


 そこで言葉が途切れた。


 第二王子殿下の側近、ランベルト・ハイン子爵が、エリーゼのノートを手に持ったまま固まっていた。表紙には大きく書いてある。


 『王宮貴族観察記録・第三巻』


「……これは」


「私のです」とエリーゼは即答した。


「君が書いたのか」


「趣味なので」


 ランベルトはノートをぱらぱらとめくり——そこでエリーゼは気づいた。この男、止まらない類だ。目が輝いている。拾った本を開いた瞬間に読みふける、図書館で最も迷惑な人種と同じ目だ。


 三秒後に顔を輝かせた。


「素晴らしい! 殿下が今夜の余興に笑える読み物を探していたんだ。これ、ちょうどいい!」


「いや待っ——」


 だがランベルトはすでに走り去っていた。


 エリーゼは手の中に残ったサンドイッチを見下ろした。残り半分、食べる気が完全に失せた。

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