第4話:暗雲低迷
築100年を超える石造りの旧・第壱講堂。その冷え切った教室内で、Hクラスの生徒たちは担任から翌日の予定を告げられていた。「明日一日は、学年全体で屋外実戦演習を行う」。その言葉が発せられた瞬間、教室の空気は一気に凍りついた。
「実戦演習……ついに来たか。俺たちの実力じゃ、まだ早すぎるだろ」
「あっちの連中は、俺たちみたいな出来損ないとは違って、毎日恵まれた環境で英才教育を受けてるんだ。……まともに戦って、勝負になるわけがないよ」
「本校舎の連中はいいよな。新型の演習場で、俺たちが一生かかっても触れないような最新設備を使いこなしてるんだろうし。こっちはこのボロ校舎で、魔法陣を維持するだけで精一杯だってのに」
期待よりも恐怖に近い不安。他クラスを絶対的な存在として卑下し、自分たちの無力さを噛みしめる。明滅する旧式魔法陣の下で、彼らは明日訪れるであろう「格差」の露呈に怯えていた。
翌日、広大な屋外演習場。整列した全校生徒を前に、担当教官が峻烈な声を響かせる。「今回の目的はターゲットの破壊と指定エリアの防衛だ。初の本格的な実戦形式となる。以上、開始!」
序盤こそ、刹那の静かな視線に見守られながら通常の演習をこなしていたHクラスだったが、時間が経つにつれ、C・Dクラスによる執拗な「教育」が始まった。
「おいおい、そんなヤワな盾で何を守るつもりだ?」
Dクラスの生徒たちが放つ組織的な波状攻撃が、前衛の轟を襲う。絶え間ない衝撃に轟は歯を食いしばるが、呪力の消耗は限界を超えていた。
「クソッ……、まだだ、まだ……っ!」
「ハッ、終わりだ!」
連続した攻撃により呪力が完全に底を突き、轟の結界はガラス細工のように脆く自壊した。
後方では、Cクラスが展開した濃密な魔力煙幕に紗夜が翻弄されていた。
「見えない……どこ!? どこにいるの!?」
焦りから放った射撃は目標を大きく逸れ、空を切る。「どこを撃ってるんだ? 仲間を殺す気かよ」という冷笑が煙の向こうから突き刺さる。
索敵を担う寧々もまた、悲鳴を上げていた。
「あ……ああ、わたしの式神が……!」
彼女が放った小動物の式神たちが、上位クラスの中型式神によって文字通り蹂躙されていく。情報の糸を断ち切られた彼女は、脳を直接殴られたような感覚に襲われ、その場に立ち尽くすしかなかった。
傍らにいた遥と伊織も例外ではない。
「術式が……動かない!? 外部から干渉されてる……!」
「悪いな、そこ、罠なんだよ」
術式を暴発させた遥と、機動力を封じられた伊織。泥にまみれ、無残な敗北を喫したHクラスに対し、中堅クラスのリーダーが傲慢な笑みで追い打ちをかける。
「例年通り、今年の体育祭はHクラスが最下位確定だな。観客の笑いものになる前に辞退しちまったらどうだ? 無能には無能らしい『終わり方』があるだろ」
演習後、他の生徒たちが肩を落として去る中、刹那だけは一人居残りを命じられた。生徒会長から指示された、新校舎の新型演習場の整備という懲罰が残っていたからだ。
「……さて、一仕事受けるか」
刹那は不満の色を見せることもなく、むしろその機会を歓迎するかのように軽く肩を回した。最新鋭の魔力増幅炉や防壁展開装置が並ぶその場所で、彼は淡々と雑巾を動かす。しかし、その視線は掃除の対象ではなく、設備の深部に向けられていた。
「(この最新モデルの共振周波数は……。なるほど、これなら外部から一定の負荷をかけるだけでオーバーロードに追い込める)」
掃除という名目の、完璧な「実地調査」。最新鋭の設備の構造的な隙を、彼はひとつひとつ丁寧に脳内の地図に書き込んでいった。
その夜、夕闇に沈む旧校舎。教室には、「勝てるわけない」「もうやめようよ」と絶望する仲間たちの弱気な声が木霊していた。その片隅で、刹那は私物のタブレットを静かに起動する。
「……轟の盾の持久力の短さを補うピースは、術式の多重化ではなく、衝撃の受け流しによる『逃がし』か。紗夜の視界を奪われるなら、音と魔力残滓で追えばいい。そのためには……寧々の式神を『目』ではなく『センサー』として再定義させる必要があるな」
画面上で、各クラスの弱点と、Hクラスの再構築案が緻密な戦術チャートとして繋がっていく。
「……勝機は、すでに見えている」
窓の外で夜風にたなびく体育祭の旗を、刹那はただ冷徹な戦士の眼差しで見つめていた。




