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4章 最弱のボクvs民兵ゲリラ部隊?

━ E世界の17日目の夜は満月だった ━

 

 入院先の裏山頂上近くの大樹の上、ボクは高さ4mの二股の大枝の間でバトル準備をしていた。

 指定された時刻の2時間前に病院を抜け出して、手頃な木を探し、木登りしたのだ。

 木登り時にケガしないように、大腸内視鏡検査用の患者着上下とガウンを着ている。手には医療用透明手袋を2枚重ね、足はスニーカー。

 

 爆走3姉妹のクーが残していった大工道具を回収したのは正解だった。大きなリュックサックに入れて運んできたナタやノコギリで下枝を切り落とした。敵は簡単に木登りできない。大枝の上にいれば、ボクが優位だろう。

 足元のリュック内には、カテーテルでつながったバッテリーとタブレットもある。バッテリー切れせずに朝まで持ちこたえて、当局の営業時間中にSOS送信すれば、敵は撤退するしかない。引き分けで十分だよね。

 

 指定されたバトル開始時刻まで、残り7分。

 しかし、ボクはイマイチ準備に集中できなかった。

 (昨夜、ベッドで寝ているボクを、数人が囲んでいる気配がした。『アンドロジェン…欲望や闘争心高揚…。副作用…。粗製乱造…』と、切れ切れに聞こえた声も。すごくリアルな夢だったな)

 入院中の個室は、特別病棟のVIP専用フロアーにあって、患者はボクだけだ。ナースコールしなければ誰も来ないから、一人で熟睡できる。大部分の夢は起床前に忘れるそうだから、たまたま起床後も悪夢を憶えていただけと考えたい。が、なぜか気になる。

 

 「敵とのバトル直前に考えごとなんて、余裕じゃない」

 久しぶりのドクター映像が割りこんできた。

 「今夜の相手は、無礼メンバーズと自称する民兵ゲリラ部隊の女性兵士アバター4人なの。近接戦は不利ね。4人は飛び道具を使わないだろうから…敵が登れない木の上から狙撃するのは、正解かな。じゃあガンバって」

 

 ドクター映像は、一方的に始まって、すぐに消えてしまった。

 (質問したいことがあったのに…。ボクの作戦を認めてくれただけでもマシなほうか)敢えてうなずいて、プラス思考する。

 

 その時ボクは、大樹の幹に近づいてくる人影に気がついた。ヘルメット無しで迷彩服を着た横隊の3人。月光の中でよく見ると、頭は透明ヘアキャップ、顔は透明フェースガード、口はN95医療用マスクで防護。迷彩服の上にお揃いのポリエチレンガウンまで着こんで、液弾対策をほどこしている。6mほど離れた草地に到着すると、散開して大樹を囲んだ。

 

 「君は包囲された。木から、おりてきなさい」

 真ん中の女性が、ハスキー・ボイスで命令してきた。マスク越しでもよく通る声。身長0.5mもなさそうだが、ベテランの隊長さんらしい。

 

 「おりていっても、いかなくても、バトルするのは同じでしょ」ボクは抗弁する。

 「おりてきて、名乗りを上げてから、戦うのが礼儀だ」

 隊長さん、それは源平合戦の頃のこと。

 「無礼メンバーズと自称される方が、先に名乗るのが礼儀じゃないですか」と返すボク。

 

 「ハハハ。自己紹介しよう。無礼メンバーズの隊長ローズドチキンだ」

 苦笑した隊長さんは、隣の1.5m級の隊員にアゴで指図する。

 「伍長のブルードッグ」「力技得意のダークドンキー2等兵であります」

 ぶっきら棒なブルードッグ伍長に続いて、反対隣の2m級のダークドンキー2等兵が新兵らしく自己紹介する。

 ブルードッグ伍長は紺色のイヌ耳を、ダークドンキー2等兵はコゲ茶色のロバ耳を、つけている。隊長さんのニワトリ耳は、よく見えない。小さな桃色の部分がそれらしい。

 

 その時、ボクはハッとした。

 「4人目はどこだ、誰だ」と口走る。

 「何を言って…」

 ボクを見あげながら隊長さんが、ニヤリと笑った。

 

 「!」反射的にしゃがんだボクの背後から、1m級の誰かが首にとびついてきた。

 かがんだ分だけ、ボクの頭にかぶさるように相手の体が乗っかる。

 前傾したボクは、二股の大枝から落ちそうになった。幹に左手をついて体を支えながら、右手を頭上に回して相手をつかむ。投げ落とす。

 

 反動で、足元のリュックサックを蹴とばしてしまった。リュックが落下していく。

 ボクが投げ落とした相手は、空中でクルリと回転して体操選手並みの上手な着地を決めた。

 バッテリーは落下するリュック内だ。つながったカテーテルがピンっと張って、ボクのリボルバーからポンっと抜け落ちる。

 「あうっ」うなってしまった。落ちるカテーテルの中を、1発目の白い液弾がとんでいく。

 

 着地した相手のそばに、隊長さんが寄ってきた。

 「紹介しよう。我が隊の3D機動スペシャリスト、ブラックキャット軍曹だ。君が前を向いている間に、後ろから木登りして奇襲した。体格差で君を落とし損ねたが、次は必ず成功する」

 「シャーッ!」

 黒いネコ耳のブラックキャット軍曹が、両眼をギラギラさせながらボクをにらみあげて威嚇する。マスクに隠れた口腔の中で、鋭い牙をむき出しにしているのだろう。

 「不意打ちするなんて、ヒキョウだぞ!」ボクは叫んだ。

 「兵は詭道なり。ゲリラ部隊に礼儀も卑怯もない。よく覚えておくことだ」

 落下したリュックから散らばり出た大工道具やバッテリーや通信用タブレットを眺めながら、隊長さんは笑顔で言い放った。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  

 

 ボクの視野の右上で、カウントアップ映像が0.00秒から動き始めた。

 (バッテリー切れせずに朝まで持ちこたえる引き分け作戦は、失敗かぁ)ボクは頭を抱えた。

 

 大樹の下では、勝利を確信した無礼メンバーズが笑顔で愛唱歌を大合唱している。

 メリーさんのヒツジ♪メェメェひつじ♪メリーさんのヒツジ~♪まっしろね♪~~♪

 4人で1番の歌詞を繰り返しガナり続けている。音程をひどく外した不協和音を聴かされて、ボクは気持ちが悪くなってきた。

 「へたくそ!イジメだ。うるさいぞぉ!」ボクが両手で両耳をおさえながらクレームを申したてても、聴いてくれない。耐えられないほどの声量ではないが、脳ミソに響いて気が散って、プランBがまとまらない。

 そもそもロバ耳・イヌ耳・ネコ耳・ニワトリ耳の無礼メンバーズが、メリーさんのヒツジって…謎だ。

 

 カウントアップ映像はもう30.01秒。

 (10秒短縮できればリロードはカウントアップ170秒頃だ。プランBを試すなら、今から140秒以内に実行しないと)ボクは検査着のポケットから秘密道具一式を出して、ガウンで隠しながらモゾモゾとセッティングする。大樹の下では、無礼メンバーズも大合唱を続けながら次の作戦準備を始めていた。

 

 ブラックキャット軍曹はボクを見上げながら、一挙手一投足をチェックしている。ブルードッグ伍長は、背負いベルトをつけたビニール傘を1本ずつ配っていた。ダークドンキー2等兵は、伸縮性の折り畳みハシゴを大きな背嚢から取り出している。伸ばしたハシゴを大樹にかけて、ボクの高さまで上ってくるつもりだろう。

 

 子供用ビニール傘がワンタッチで開くことをチェックし終わった隊長さんが、傘の太い石突を確認しながらボクを口撃してきた。

 「君が生き残りたければ、セイ射できる液弾はあと4発だ。前のバトルと違って、飛沫防護用具をそろえた我が隊4人を1発で倒す幸運は、ありえない。1発でもはずせば、あるいは210秒で動けなくなれば、君は終わりだ」

 「ボクのこと、詳しくご存知のようですね」モゾモゾを続けながら、ボクは精一杯のイヤミを返す。

 「敵を知り己を知れば百戦危うからず。よく覚えておくことだ」

 孫子の兵法が大好きな隊長さんから、またお説教をもらってしまった。

 

 カウントアップ映像129.96秒で秘密道具のセッティングを終えたボクは、無礼メンバーズの位置を再確認した。

 大樹の根元では、ビニール傘をさしたブラックキャット軍曹が見張りを続けている。大樹の幹からはりだした大枝の直下、幹から4m離れた地上で、ダークドンキー2等兵がビニール傘を首にはさんでさしている。更に4m離れた草地にブルードッグ伍長が立っていた。ハシゴの根元をダークドンキー2等兵が後ろ手で、ハシゴの先端をブルードッグ伍長が前向きで、担架を運ぶ時みたいに両手で掲げていた。ブルードッグ伍長のそばにいる隊長さんは、背伸びしながら2本のビニール傘を自分と伍長にさしかけている。

 ボクの位置から、ブラックキャット軍曹は真下、ダークドンキー2等兵は9時の方角で距離4m。隊長さんとブルードッグ伍長は11時の方角、距離5.6m。

 

 (隊長さんとブルードッグ伍長の2人をセイ射するとしたら、2発目の青の液弾は射程内。連射で3発目の緑の液弾が散弾の飛沫になったら射程外。それは相手も分かっているはず。大枝の上を歩いて距離を詰めるか)ボクは二股の細いほうの大枝、9時の方角へ水平に伸びている枝の先端まで、4mほど歩くことにした。

 平均台を歩くようにバランスをとりながら進む。が、3mでスニーカーが少し沈む気配。

 (この先は大枝が腐っている。ここから射出しよう)ボクは、ガウンと患者着トップを脱ぎ、上半身裸で半身の中腰になった。足先の大枝にかかるように、患者着トップとガウンを落とす。

 真下に立つダークドンキー2等兵も、4m離れている隊長さんとブルードッグ伍長も合唱をやめて、ボクを見上げながら警戒している。が、動かない。

 

 (全裸でないため、下からリボルバーは見えないはず。ボクが誰を狙っているか分からないから、迷っているな)ボクは左手を患者着ボトムの内側にさしこんだ。

リボルバー銃身の仰角と秘密道具の角度を調整する。右手を股間におろして、患者着ボトムの外側から布地越しに射出装置レバーへ指をかけた。

 患者着ボトムは大腸内視鏡を通すために、臀部の布地に切り込みがあって、大きく開くようになっている。その患者着ボトムを、ボクは前後逆にはいていた。西部劇でホルスターから抜かずに拳銃を撃つように、ボクは患者着ボトムを脱がずに布地の切り込みから射出できるのだ!

 

 カウントアップ映像が170.03秒になり…手ごたえがあった。バランスを崩すとマズい。足を強く踏ん張ってから、ボクは右手で軽く射出装置レバーを引いた。が、反応しない。

 (練習では成功したのに、失敗か?)今度は強くレバーを引いてみた。

 ピュン。…ピューン。

 切り込みのすき間から青い玉が、遅れて緑の玉が、射出された。しかし、隊長さん達から2mも上空を通り過ぎてしまう。

 

 「!」ボクは感情をださないように、顔をこわばらせた。

 草地からボクを注視していた隊長さんが、笑いだした。

 「撃ちおろす時は、標的の少し下を狙うのが常識。策士策に溺れたな」

 「行け!あいつの残りは2発だ」

 大樹の根元で待機するブラックキャット軍曹へ、木登り攻撃命令がくだった。

 

 ブラックキャット軍曹が荒々しく太い幹をよじのぼってくるため、大樹全体が揺れてボクはバランスを崩しそうになる。5秒以内にボクのいる大枝まで、あがってくるだろう。

 時間との勝負だ。

 患者着ボトムの内側に右手も入れる。手探りで採取器から筒へ内容物をすばやく移す。筒を左の手袋2枚目の下に挿入。患者着ボトムを脱ぎすてる。足元のガウンを拾う。

 

 ボクが左手でガウンを握ると同時に、ブラックキャット軍曹が大枝の上にのぼりついて正対した。

 背負っていたビニール傘を開き、リボルバーの射線から上半身をガードすると、背嚢から出した伸縮式の特殊警棒を0.4m長に伸ばして構えながら、ブラックキャット軍曹がジリジリと接近してくる。

 ボクはリボルバー銃身を右手で操作し、トリガーに指をかけたまま射線を動かす。ブラックキャット軍曹の前進を牽制したい。が、迫力に圧されて大枝を後退するばかりだ。

 

 カウントアップ映像187.89秒。後退するボクのスニーカーが、また沈んだ。

 (更に後退すると、大枝が折れそうだ…ここまでか)ボクが覚悟をきめた瞬間、背後でドンと衝撃が走り、大枝が大きく揺れた。

 落ちそうになるのをこらえたボクは、首だけ振り向く。閉じた子供用ビニール傘を脇にかかえた隊長さんが、立脚したハシゴから大枝へ跳び移っていた。

 棒高跳びのポールのようにハシゴを立脚し、先端にぶらさがっていた隊長さんを4mの高さまで一気に持ち上げたのだ。

 ビニール傘を手放したブルードッグ伍長とダークドンキー2等兵が、地上でハシゴを支えている。

 

 前方にブラックキャット軍曹、後方に隊長さん、下方にはブルードッグ伍長とダークドンキー2等兵。完全防護の4人。

 すぐにも折れそうな大枝の上に全裸のボク。液弾2発、近接戦。タイムリミットまで20秒。

 

 ボクは首を戻し、目力をかき集めてブラックキャット軍曹をけん制する。左手で握っていたガウンを軍曹へ投げつける。

 直後に体を反転して、隊長さんの顔をめがけて4発目の黄色の液弾と5発目の橙色の液散弾を続けてセイ射した。

 子供用ビニール傘を開いていない隊長さんのヘアキャップとフェースガードの僅かなすき間、そこを狙ったのだ。が、ワンタッチで開かれた傘に防がれる。一滴も命中しない。

 開かれた勢いのまま、傘が突き出されてきた。刃が月光にきらめく。改造された石突に小型アーミーナイフが仕込まれていた。

 

 「わっ」と叫びながら跳びのいたボクは、大枝に激しく尻もちをついた。

 その瞬間、バキッ!メリメリッ!音を発して、大枝が折れ曲がる。

 ボクも隊長さんもブラックキャット軍曹も、4mの高さから地上に落下した。

 

 尻もちをついたままボクは、ザザザッ音とともに大枝を滑り降りることができた。折れ曲がった大枝が滑り台のように傾斜したのは奇跡的な幸運だ。

 裸のお尻は擦傷だらけ。が、骨折するよりはずっとマシ。

 降りた草地のそばに灌木が繁っていた。ボクは四つん這いで、その陰に隠れる。

 「あいつはどこだ!探せ!」

 後方から隊長さんの怒声が聞こえた。落下で骨折でもしたのか、トサカにきているようだ。

 

 ボクは一呼吸すると、静かに反対方向へ駆けだした。カウントアップ映像は203.41秒。数秒以内に隠れる場所を…。

 「いたぞ、こっちだ!」

 ブルードッグ伍長が吠えながら、ボクの進路を遮るように疾走してきた。

 ターンしてボクは走り続ける。が、前方にダークドンキー2等兵が駆けこんできた。

 ボクは小さく左前方へフェイント。つられて動いた相手の右へダッシュする。

 ハッ!気合とともに、ダークドンキー2等兵の体が左足を軸に回転した。長い長い右足がブンッとボクの顔に迫ってくる。

 ボクは頭をかがめて回し蹴りをかわす。が、足がもつれてよろめいてしまった。

 ダークドンキー2等兵がステップし、右足を軸に回転する。左の後ろ回し蹴りがボクを襲ってくる。

 ガツン。

 背中をヒットされたボクは、ヨロヨロと走り続けた。停まれば即アウト。

 ドスッ!

 ボクの右後方から、誰かが体当たりしてきた。ブルードッグ伍長だ。

 ハードタックルに押されるまま、ボクの体はふっとんで太い幹に左肩から激突した。

 ズガン!

 「痛っ!」ブルードッグ伍長をはねのけてボクは立ちあがろうとする。が、ブルードッグ伍長のほうが速い。ボクは両肩をつかまれた。

 ゴンッ。

 膝立ちになったブルードッグ伍長の頭突きが、ボクの額に炸裂した。反動で後頭部が太い幹に打ちつけられて、ボクはダメージ2倍。目の前が真っ暗になった。

 

 太い幹を背に地面へ座りこんだボクが失神していたのは、数秒だったようだ。が、気がついた時は、距離2mで完全に包囲されていた。

 左に隊長さんとブラックキャット軍曹、真ん中にブルードッグ伍長、右にダークドンキー2等兵が立って、ボクを見おろしている。

 さすがに4人とも息づかいが荒い。N95医療用マスクが波うっていた。

 ダークドンキー2等兵は、ヘアキャップもフェースガードもどこかに落としてしまったようだ。ブルードッグ伍長のフェースガードは頭突きの衝撃でひん曲がっている。ブラックキャット軍曹はフェースガードを外していた。ポリエチレンガウンの破れ具合から察すると、落下時に灌木へ着地してキズだらけになったためだろう。

 隊長さんが一番悲惨だった。ヘアキャップもフェースガードも無くなり、ポリエチレンガウンはボロボロだ。左足を痛めたのか、閉じた子供用ビニール傘を松葉杖のかわりにしている。左半身を軍曹に支えられていた。

 ボクの大きな傷は、頭と左肩の打撲、および左ヒジ擦傷からの出血だ。4人相手に善戦した自分をほめてやりたい。


 右横を見ると、ボクのリュックサックが放置されていた。あの大樹の根元に戻っていたのだ。

 ボクは右手を伸ばしてリュックサックの中身をさぐろうとした。が、下半身がまったく動かない。手が届かない。カウントアップ映像は210.00秒で止まっている。

 あきらめたボクは両手をあげて、降参のジェスチャーをした。が、怒りで目をつりあげた4人は無言で微動だにしない。

 上半身も力がはいらなくなってきた。ボクは右手で、左肩から左手首まで静かになでおろして傷の具合を確認した。左手の甲に右手を重ねる。

 

 「無駄な抵抗だったな。殺される前に、言い遺すことはあるか」

 怒りと痛みで顔をしかめながら、隊長さんがボクに言葉を投げつけてきた。

 ボクは小さくうなずく。

 「息苦しいな」

 隊長さんがつぶやき、空いている右手でN95医療用マスクを外そうとした。

 その瞬間、左手首から斜め上方へ、ボクは右手を大きく振った。医療用透明手袋2枚でサンドイッチにしていた針無しの注射筒シリンジを左手の甲から抜き出し、押子プランジャをプッシュして内容液を飛ばしながら。

 

 ピチャン。

 内容液の滴は隊長さんの額に当たり、ブラックキャット軍曹の頸にも付着した。ブルードッグ伍長とダークドンキー2等兵に命中したかは分からない。

 

 静寂。月光だけが戦場を照らしていた。

 「やっちまえ」

 一番はやく我に返ったブルードッグ伍長が吠えた。

 「待て」

 ボクにとびかかろうとする伍長とダークドンキー2等兵を、隊長さんが制した。

 額の滴を指でぬぐうと、隊長さんは鼻に近づけた。

 「淡い青緑色…この臭い…青と緑の液弾の混合物だな」

 見直したという表情で、ボクに質問する。

 「大きく外れた2発目と3発目は、フェイクだったのか」

 「はい。兵は詭道なり、ダマシアイですから」ボクは隊長さんの目を見つめながら答えた。

 

 「我が隊は撤退する。はやく中和剤を処方してもらおう」

 ブルードッグ伍長とダークドンキー2等兵が不服そうな顔をしたが、隊長さんの命令に従い無礼メンバーズは一列縦隊で整然と撤退していった。

 最後尾のダークドンキー2等兵にお姫様だっこされた隊長さんが、ボクの方を振り返って叫ぶ。

 「今夜は君が勝った。しかし、展開と運に恵まれただけだ!次は、必ず我が隊が勝つ!」

 ローズドチキン隊長さんへ言い返すパワーは、ボクに残っていなかった。

 またまた、おなかが痛くて痛くて…痛かった。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  

 

 気がつくとボクは、いつもの病院のいつもの個室に寝かされていた。見慣れた天井、大きな窓から朝陽が差しこんでいる。誰かがボクを見つけて、運んで治療してくれたのだ。

 視野が一瞬ぼやけてから、ドクター映像が割りこんできた。

 顔を紅潮させたドクターが、興味津々の表情で質問してくる。

 「木の上で粘るプランAが失敗する確率をどう見積もったの?プランBやCをいつ考えたの?いつ準備したの?」

 

 「プランAが成功するか失敗するかは、半々と見積りました。相手は民兵ゲリラ部隊ですから、森林戦や夜戦の訓練もしていると想定すべきでしょう。ボクの過去の戦闘記録を閲覧して、液弾対策をしてくることも予定どおりでした」予想どおりのドクターの質問に、ボクは仰向けに横たわったまま落ち着いて答えた。

 

 「プランAを思いついた後、すぐプランBを考え始めました。Aの成功確率が50%なら、Bも考えておかないと…ボクの生死が、かかっていましたので」最後はボクをE世界に送りこんだドクターへの皮肉だった。が、ドクターには通じないようだ。

 

 「プランCも考案しましたけど、成功確率が極端に低そうなので、プランBだけに絞りました。プランBをどう実行するかは、バトルの展開次第・運次第ですから、その場その時に最善を尽くしかない…そう思って準備し練習を繰り返しました」

 隊長さんの強がりは当たっていた。

 例えば、大枝が折れなかったら、最後に隊長さんが油断しなかったら、E世界のボクは殺されていただろう。現実のA世界でも本当に死ぬのかは、分からないけど。

 

 「プランBのために準備したものは、衣類のほかに実験用の注射筒シリンジと押子プランジュ、液弾を水増しする生理食塩水を入れた採取器…液弾に見せかける青色と緑色のミニ・プラスチックボール、それを射出する玩具の空気銃ですね」話しているうちに元気がでてきたボクは、リモコンのベッド・リフトボタンを操作して上半身をおこした。

 

 「全部揃ったのが1日前だったので、患者着の内側に道具を隠す特製ポケットを手縫いしたり、絆創膏で貼りつけたりして直前までバタバタでした」患者着を拾われて内側を調べられたら、プランBは失敗したはずだ。その点でも、ボクは幸運だった。

 

 「リロードまで170秒、トリガーを引かずに液弾を採取器へ2連射し備蓄して、秘密兵器にする。敵には大きく外したフェイクを見せ、油断させる、それがプランBの要点なのね。ほめてあげる」

 ドクターから、おホメをいただいてしまった。

 

 「ボクも、この仕事に慣れてきましたので…リロード短縮と、トリガーを使わない2連射は、できると信じていました。むしろ、採取器へ射出した液弾の溶液を、手探りで注射筒シリンジへ移すほうに苦労しました。手早くやらないと、秘密兵器を悟られてしまいますから。それと、玩具の空気銃の射出装置レバーが不調で、青と緑のミニ・ボール発射が遅れて、ヒヤヒヤしました」実は、採取器への液弾射出に、ボクは慣れっこになっていた。

 

 この病院へ入院してから毎日3種類の検査を受けている。採血検査と採尿検査と精子を採取する検査だ。採尿容器とほぼ同サイズの容器スピッツへ向かって、銃身の角度をあわせ、こぼさないようにセイ射しなければならない。

 E世界1日目のドクターへの問いかけ『AVかエロ本でも見せてくれませんか』を、獣耳をつけていないNPCの病院担当医に質問して、たしなめられてしまった。毎朝、男性トイレの一番奥の個室にこもって何とかセイ射して容器ポストへ提出しているうちに、慣れっこになっていた。

 一般病棟で行われている精子検査でも、同様に採取させられるそうだから…みんな何とかしているのだろう。

 

 「シリンジから、セ…溶液をとばして、よく命中させたわね」

 向かって左下に視線を移したドクターが、はやく切り上げたそうな表情でつぶやいた。トリックを種明かしされて急に興味をなくしたのか。それとも、次のミーティングの開始時刻でも気にしているのか。

 何となく、半年前に失敗した就職最終面接のような雰囲気になってきた。

 

 「この2日間練習を何回も繰り返しましたから、無風で雨天でなければ命中させる自信がありました。相手が隙を見せるか、こちらの偽計がバレないかが、一番の心配事でしたね。ボクの生死が、かかっていましたので」さすがに皮肉を2回ぶつけると、ドクターにも通じたらしい。

 「第4戦目の任務達成、おめでと」

 バツの悪そうな顔になると、ドクター映像は消えていった。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  

 

━ ボクがドクターに敢えて伝えなかった秘密…それは、ボクに敵の戦闘記録を情報提供し、プランを提案してくれた、匿名サポーターの存在だった ━

 ボクは、リモコンのベッド・リフトボタンを操作してベッドを水平に戻した。目を閉じて、2日前の朝を思いだす。

 

 (『トイレットペーパーの芯に手紙→読後は細かく千切って流すこと』って書いてあるな)毎朝のルーティンでトイレ個室にこもったボクは、トイレットペーパーに手書きされた文字を見つけた。

 トイレットペーパーの芯の穴を探ると、A4サイズの手紙が折りたたまれて入っていた。

 体言止めや略号を多用する独特の文体で、びっしりと細かく印字されていた。E世界は原則ペーパーレスだから珍しい。

 

 (『匿名サポーターからカオルへ

 ①今度の敵の戦闘ログについては下記の項目1のURLを検索→②対抗プランA・Bは項目2を参照→③次の手紙は翌朝に同じ場所→……。………』と、具体的で詳細にアドバイスが記載されていた)ボクはむさぼるように、手紙を読む。

 

━ 暗記するため何回も黙読するうちに、うれしくて泣きそうになった。ボクなんかを気にかけてくれる人が…存在したのだ ━

 

 目を赤くしながら、ボクは手紙を1センチ大まで千切ってトイレに流した。

 トイレ個室を出て、容器ポストへ採尿容器スピッツと精子検査容器スピッツを入れた。

 ボクは洗面台で手を洗いながら体をひねって、洗面ミラーに自分の顔を近づけた。口をイーっと開いて、前歯をチェックするふりをする。洗面ミラーに映った天井の監視カメラを横目でチラ見して、トイレ個室が死角になっていることを確認した。

 ボク専用の病室にも、天井と壁に監視カメラが設置されていた。

 秘密厳守、特別病棟は要注意。匿名サポーターの手紙に書いてあるとおりだった。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  

 

 シナノ・ミキは、自室デスクのノートPCに“Server2222”とパスワード候補をタイピングしてみた。ノートPCのそばには、外された三毛猫の獣耳のカチューシャが置いてある。

 最上層フォルダが開いて、無数のフォルダ・ファイルが画面に展開された。

 「やッたね」

 ミキは右手の拳を握った。ちょろいパスワードでも、破ることができればガッツポーズしたくなる。

 「病院の予備室にあった古いコンソールから、№2サーバーにウィルスを感染させて、ログ・ファイルを強制ダウンロードっと♪」

 「昔は予備室をサーバールームにしていたって噂が本当だとすると、改築時にイントラから古いコンソールをデタッチし忘れたのっかな」

 PCにさしこんだUSBメモリを、左手の中指で軽くなでながら、ミキはつぶやいた。

 「監視カメラの映像ログは、どっこかなぁ♪」

 独り言と一緒に、メロディを口ずさみながらファイルを検索するミキの右手が止まった。目が鋭く光り、顔が険しくなる。

 

 PC画面には、ウィンドウが2コ開いていた。

 

 右のウィンドウには“アイカワ・カオル E世界”とタイトルが付されていた。ミキがバーを操作して高速再生すると、カオルがハイスピードで起床・活動・就寝を繰り返す動画映像が描出された。病室、廊下、トイレなどすべてモニターされている。ウィンドウ下部の“累計記録時間カウンター”が“1,694,698.21秒”に達すると映像は終了した。

 

 左のウィンドウには“アイカワ・カオル A世界”とタイトルが付されていた。ミキが2回目の高速再生を行うと、薄暗い病室でカオルに似た病人がベッドに仰臥し続ける映像が始まった。ボサボサ長髪がはみでた頭部と顔に、VRヘッドセットとゴーグルが装着されている。無精ヒゲに覆われた鼻孔から口腔まで、透明なビニール素材の耳バンド付き酸素マスク。瘦せこけた体を心電計など循環生理機能検査機器や、2種類の点滴と採尿袋が囲んでいた。

 4時間ごとの主治医検査・床ずれ防止処置等と24時間ごとの専任チーム回診を除くと、動きがない。ウィンドウ下部の“累計記録時間カウンター”が“8,473,491.05秒”となって再生が終わるまで病人はほとんど動かなかった。悪夢にうなされたように身じろぎする時間帯も稀にあるが、起床しないように深く眠らされているようだ。

 

 「おかしい。どっちが本物のアヤツ…カオル?」

 ミキはつぶやいて、首をかしげた。

 「仮に…両方とも本物だとしたら…右の映像がE世界のアバターで、左の映像が現実のA世界の生身の…カオルってこと?」

 ミキの顔から血の気が引いた。

 「アタシの仮説と映像の秒数が正しいとすると、夢のE世界でアバターは20日って感じているはず。だけど、現実のA世界では生身の…カオルが100日近くも眠らされているってわけ!?」

 ドンッ。両拳をミキはデスクに打ちつけた。

 「100日以上も生身の人間を連続で眠らせたら、栄養が点滴だけだったら、死ぬか廃人になっちゃう!それってVR基本法違反!殺人じゃない!!」

 

━ E世界は、人間のレム睡眠機能を活用し、夢を具象化・共有化するタイプのVRシステム。生身の人間がVRヘッドセットとゴーグルを装着して現実のA世界で就寝すると、夢のE世界へログインする。同時にログインした友人のアバターやNPCと一緒に夢の中で遊び終わって、E世界をログアウトすると、A世界で実際に起床する、そういうシステムだ ━

━ だから、E世界ログイン後は24時間以内に自主的にログアウトしないと、強制的にA世界へログアウトさせられる。ログアウト後はA世界で24時間経過しないとE世界へ再ログインできない ━

━ 夢のE世界で欲望を満たしても、現実のA世界で食事して運動して排泄しないと、健康を害するし、VR依存症を防ぐ必要もある。そのためのルールがVR基本法で、E世界の運営機関は法を遵守することとされていた ━

 ちなみに、夢の中の収入・支出や賞罰は、運営機関が仮想通貨で清算するし、重犯罪は通報される。ログイン者アバターの消耗・損傷も、仮想通貨で修復できる。E世界の沙汰も仮想通貨しだいなのだ。

 

 (でも、E世界から強制ログアウトされずに遊び続ける一方で、A世界では眠り続けるウラ技があるらしい。ウラ技を使えば、夢のE世界で永遠に遊び続ける錯覚にひたることができる)

 (しかし、A世界で眠り続けて食事や排泄まで他人に任せる人は、いないはずだった。E世界の運営機関は、ウラ技を許さないはずだった)

 (E世界の運営機関へ通報しよっか…信用できる?……ならば、どこの誰に相談するの?)

 ミキは左の中指にアホ毛の房を巻きつけながら、心の中でつぶやき続ける。

 

 (カオルはA世界のリアルな病院で眠り続けているはず。たぶん、あのVIP専用病棟で)

 (24時間のレム睡眠中は夢のE世界で起床・活動・就寝し、96時間のノンレム睡眠中は夢を見ない。そういうウラ技の繰り返しによって、E世界の感覚では20日でも、現実のA世界では100日連続で眠らされている…)

 (カオルが死ぬか廃人になる前に、早く救出しないと。けれど、強い証拠を集めないと、通報しても信用してもらえない…出動してもらえない。どうしよう)何回も巻いたミキのアホ毛は、縦ロール状になっていた。

 

 「高リスクだけど…古いコンソールから№1サーバーへ直接アタックして…証拠を探そう。証拠が集まったら…A世界とE世界の当局へ通報しよう。…クラッキングや窃盗で…アタシ捕まるだろうな」

 無機質な天井を見上げると、ミキは両眼を閉じて小さな声で自分に言い聞かせた。

 

 通常は、A世界で100日経過すると、E世界でも100日経過する。でもカオルの場合、A世界で100日連続眠らされても、E世界では20日しか経過していない。カオルはもちろん、アタシも他のログイン者も違和感を覚えない、シームレスだが歪んだシステム運用だ。E世界の運営機関のシスアド責任者が買収されるか組織ぐるみで結託しないと、こんな歪んだ運用はできない。E世界の運営機関への通報はやめておこう、NPCが拠点の当直長を務める当局へ通報しよう。

 そんなことを、ミキは決めた。

 

 カオルがこれに巻きこまれた経緯は、分からない。カオルの雇い主が、迷惑アバターとバトルさせる理由も、分からない。

 ただ、VR映像や音声で刺激して夢精させた精子の採取が目的であることは、間違いないだろう。

 カオルの体を害してでも精子の採取を優先する価値があるのだろうか、優秀な遺伝子をもっているとは思えないのに…分からない。


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