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1章 最弱のボクがE世界アバターとバトル?

独白━ 今は昔、新世紀なかばの年末も、はやり病と就職ツンドラ期がつづいていた ━

 

 頭から靴まで白い防護服セットをまとった人々が表通りを行きかっている。中古のバイクヘルとツナギ服のボクは裏通りへ曲がった。

 狭い路地に面した“大〇ビルヂング”の看板がかかった廃墟寸前の建物にはいる。崩れかけた階段を4階まであがった。

 サビだらけの鉄製ドアに“KAGA研究所(仮)就職面接会場”とプリントされた紙が貼ってある。

 

 ピンポン・ボタンはない。お作法どおり3回ドアをノックした。

 応答なし。もう3回ノックする。おそるおそるドアノブを回して室内にはいった。

 

 暗い部屋のまんなかで、スポットライトがスタック・チェアーとサイド・テーブルを照らしだしていた。チェアーの後方で、2本の円柱が床から天井までのびている。

 ライトの光の輪に歩みいったとたん、赤色光が連続フラッシュした。けたたましい警報音がひびく。

 罰ゲームでよくある白い煙がふきだしてくる。

 消毒の薬煙をすいこんでセキこんでいると、警報音と薬煙がとまった。白色照明で部屋も明るくなった。

 

 「消毒完了!防護服ぬいで!すわって!」

 スタック・チェアーの向かいは、アクリル窓壁で仕切られていた。窓のむこうで、白衣を着た女性が、チェアーとテーブルを指さして叫んでいる。

 

 あわててバイクヘルとツナギ服をぬぐ。周りを見回してからテーブルに置く。

 スーツのしわをのばしてから、チェアーに背をのばして浅くこしかけた。ポケットから3つ折りタブレットをだして横へ広げ、通信オン。

 

 「就職面接をはじめます」

 タブレットを通して命令してくる声は、口調の割にカワイイ。

 仮面忍者みたいに、顔の上半分を隠す真紅の仮面をつけている。金髪、大きな瞳、赤いスカーフ。五角星型イヤリングがゆれている。

 年齢不詳の美魔女が面接官とは、予想外だ。

 

 「相川カオル君…さんか。私は所長の加賀ユリコ、よろしく」

 所長さんが自分のタブレット画面をスクロールして何か読み上げようとする。

 「あのぉ、所長ご自身に面接していただけるのでしょうか」ボクは、あわてて割りこんだ。

 (社長1人の会社かな、マイった。今回だけは、ボクから断ったほうがいいのかなぁ?)と、自問しながら心の中でボヤく。

 

 即答が返ってくるかと思いきや、所長さんは頬に指をあてて考えこんでいる。

 「私は…所長、加賀…です。…博士…」

 つぶやいているうちに、オトナしい所長さんから、カゲキな所長さんへ急変身した。

 「私は加賀よ!ドクター加賀が、面接するの!」

 「ハイっ」ドクターの勢いにおされ、体をカチンコチンにして返事する。

 

 「君のエントリー・シートを受信してから、総力をあげてリサーチした。君のことは何でも知っている。君よりも知っているの」

 (サイですかぁ)と、ボクの気は圧倒される。

 「君の学校は底辺校。進学する気ゼロ。推薦状もらえず。これまでの就活は全敗。最終面接へ進んだのも1回だけ」

 ドクターから事実をグサッグサッ指摘されるたびに、頭が下がっていって倒れそうになった。あと数センチで膝についてしまう。

 「職歴なし。資格なし。特技なし。賞罰なし。親友なし。恋人なし。係累なし。何もなし、と」

 涙がこぼれそうだ。

 「だから君を採用してあげる!」

 意外すぎるお言葉に、ガバっと起きた。

 (へ…?)ボクの頭の中はまっ白だ。

 タブレットへタッチペンを走らせたドクターが、ペン先をボクに向けた。

 「契約書を送信した。サインして返送すれば君は見習い社員、卒業後は正社員へ登用よ」

 

 タッチペンの認証ボタンを右手の親指でおして、急いで名字をサインするボクに、ドクターの声がかぶってくる。

 「採用理由、聞きたい?」

 「お、お願いします」かんでしまった。

 「エントリー時のポテンシャル質問にyesと答えてくれたから。君は独身、ドーテーでソーロー。確認がとれている」

 雇用契約書画面に名前をサインしようとするボクの右手が止まった。

 「そのぉ、ちょっと考えさせてもらえますか」上目遣いで訴える。白くなった頭の中で赤信号が点滅している。

 

 「内定が消えないうちに、サインすべきでしょ!君の立場なら!」

 ドクターが窓壁のそばで仁王立ちしていた。

 自分のタブレットを胸に抱えたまま腕組みして、ボクをにらみつけている。

 (正直にyesしすぎたなぁ…)心の中でため息をつきながら、ノロノロと名前をサインした。

 震えるペン先で送信ボタンをおす。

 

 窓の向こうで受信バイブがあったらしい。

 ドクターが自分のタブレット画面を確認する。

 「契約成立ね」

 ドクターはニヤリと笑って仮面を外すと、窓にヒジを突きだしてくる。

 「よろしくお願い…いたします」ボクもひきつった笑顔で窓越しにヒジタッチする。

 「初仕事を説明する。君、すわりなさい」

 (見習い採用後すぐ仕事なんて、ブラックだったかぁ…)と、後悔しながらチェアーに深くこしかけた。

 

 美しい素顔をさらし、タブレットを片手に仁王立ちしていたドクターが、パチンと指を鳴らした。

 ドアがガンッと開いて、サングラス黒ずくめの女性4人が、部屋にはいってきた。

 駆け寄ってくると、ボクの両腕を左右のチェアーひじ掛けに拘束具で固定する。両足も左右のチェアー前脚にすばやく固定される。

 チェアーごとボクを持ちあげて、後方へずらすと、2本の円柱にチェアー背面と後脚を装着しはじめた。

 

 「な、な、なんですか!!これは」体をひねってそれらを見ていたボクは、正面に向きなおってドクターに叫んだ。

 「これが君の仕事なの!タスク全クリアしたら特別ボーナスよ」

 ゴトンゴトン音がする。上を見あげると、チェアーが通れるような穴が天井に開いて、2本の円柱が上方へ伸びているのがわかった。

 「現地に着いたら指示する。ガンバって」

 ドクターが妖しい笑顔で、バイバイしている。円柱からバチバチと電磁音が聞こえてきた。装着を終えた黒ずくめ達が、後方にさがってカウントダウンをはじめている。

 「5秒前よし」「3秒前」「2、1、0、行けーッ!」

 「わーーー!!」ボクの悲鳴をのせて、円柱レールに電磁光を散らしながら、チェアーは猛スピ-ドで急上昇していった。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  

 

 ピカッ!ド、ドーン!

 イナズマを浴びながら夜明け前の空になげだされたボクは、腹うちダイビングで落下した。体の半分まで芝生にめりこんでいる。

 (…まだ生きているのか?)と、首をふりながら、四つん這いになって顔や胸の土をはらいおとす。

 

 「あれっ?…おかしい、サイズが変だ」

 周囲のビルや立ち木と比べると、ボクの目線は高すぎる。芝生に正座して、近くの高層ビル窓面を鏡のかわりに見ると、ボクは17m級の大男になっていた。

 まっ裸で、息子サンつまりPが、銀色の6連発リボルバー銃に変形している。銃口の先は透明な長いホースにつながっていた。

 「ここは、どこだ?」新宿中央公園に似ているようだが。

 

 「もしもし、もしもーし。」

 ドクターの声がひびいてきた。視野の左上のウィンドウにマイクを握ったドクターの姿が小さく映りこんでいる。

 「夜が明けると、敵がおそってくるの。敵を退治するのが君の任務よ」

 「ここ、どこですか?敵って誰ですか?」 脳内のドクター映像にむかって、ボクは叫んだ。

 

 「そこは遊び用VR、バーチャル・リアリティのE世界なの!現実社会をA世界、ビジネス用VRをB世界、学習クラス用VRをC世界、と呼ぶのは君も知っているでしょ」

 「ボクは裸のアバターへ変身させられて、10倍に巨大化させられて、VRの世界に放りだされたんですかぁ!」ドヤ顔で説明するドクターに叫びかえす。

 「ショウがないでしょ。そういう仕様なんだから。ウふふ」

 「ここから出してください!ごまかさないで!」寒いダジャレでほほ笑むドクターに、ドなる。

 

 「最近E世界を荒らしまわっている無記名アバター達が敵よ!強敵だから、君はボコられるはず。KOしなくていい。追っぱらえば任務達成よ」

 「ボクはどうすればいいんですか!助けて!」ボクの懇願をドクターはガン無視する。

 「敵が出現したら、君の精…、白い液弾を1発カラ撃ちさせる。威嚇セイ射ね。そしたら、つながっているカテーテルが外れるから、210秒以内に2発目の青い液弾をセイ射して。命中すれば、敵は逃げるの」

 

 「なんですか!210秒以内に2発目なんて無理ムリ!AVかエロ本でも見せてくれるんですかぁ!」ドクターの無茶苦茶に、必死で反論する。

 「210秒の間、君はボコられるの!エロを見ている余裕はない!君、ソーローなんでしょ!3コスリでもして、3分半の間に、ガンバって2発目をセイ射して当てなさい!私の計算では、3分=180秒たてばリロードして立つ!あとは30秒で行く気の問題よ!」

 美魔女ドクターの口から、モンダイ発言が連発される。反バクする気力がなくなってきた。

 

 「ほら、敵のおでましよ」

 高層ビル群のすき間から、朝陽がのぼり始めている。朝陽をバックに15m級の人型が、ゆっくりと歩いてくる。

 

 「注意しとくけど、210秒経過すると、2発目をセイ射してもしなくても、君はバッテリー切れになる。上半身は少し動くかもしれないけど、下半身が動かなくなる。2・3・4・5発目をセイ射して…6発目の赤い液弾もセイ射すると…君は死ぬ。このE世界でも、現実のA世界でも、死ぬの」

 

 ボクは、生まれてくる時と場所と就職先をまちがえたらしい。

 「それも仕様ですか」弱々しくたずねる。

 「そのとおりよ。初仕事になるか、最期の仕事になるか。ともかくガンバって」

 「はぁ」ドクターの励ましに、ボクは力なくうなずいた。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 「戦闘モードの歩行テストしましょ。立ってみて」

 ドクターの声も表情も、どこか楽しそうだ。ボクのほうは、生死がかかっているのに。

 正座から膝立ちする。フラつく。

 巨大化のためか、全身の動作がスローに感じられる。

 足をふんばって、立つ。大きくフラつく。

 1歩ふみだそうとして、足がもつれた。

 ドドーン。再び腹うちダイブ。

 「歩けませーん」ヘルプミーだ。

 

 脳内のドクター映像にむかって話すと、巨大アバターの口が開閉して、同じセリフが聞こえてくる。戦闘モードのせいか、アバターと自分が完全同調している。

 ということは、アバターが死ねば、ボクも死ぬのか。

 「待って。設定調整するから」

 ドクターは横をむいて、映像外の誰かに指示している。

 「筋肉も骨格も皮膚や内臓機能も10倍になってる?バイタルは?…じゃあ、シナプス20倍にしてみて」

 ビクっと全身が震える。動きが軽くなる。

 「さあ、立ってみて」

 ドクターにせかされながら、立ちあがった。

 

 敵は、5mほど前でファイティングポーズをとっている。

 なんと、メガネ娘ボクサーだ。黄色のヘッドギアとグローブ。黄色のトップに、トラ縞のトランクス。ヘッドギアの上から、黄色のショートヘアとトラ耳までのぞいている。

 ボクは両拳を軽く前にだした。

 メガネ娘も両グローブを合わせてくる。

 

 「こんな礼儀ただしい良いコが敵ですかぁ?ボク、メガネも獣耳も大好きなんです」ドクター映像にささやいたのが、聞こえたのだろう。メガネ娘の目元と頬がピンクに染まる。

 「BGMがかかると肉食系になるの。試しに君もドラミングしてみなさい」

 所長命令だ。ゴリラを真似て自分の胸を軽くドラミングする。

 

 7回ドラミングした。突然、股間にセン光がはしる。

 ビュッピューン。セイ射1発目の白い液弾が、透明なカテーテルの中をとぶ。

 「お、オ、OH~」発情したオットセイみたいに雄叫びをあげた。カテーテルがポンと外れて、白い滴をこぼしながら、後方へすばやく巻きとられていく。

 「いやーっ!!」

 メガネ娘がグローブで目を覆う。ボクも恥ずかしくて股間のリボルバーを両手で覆う。

 

 ダン、ダダンダ、ダダンダ、ダダンダーン。BGMイントロがはじまった。これは…ボクシング映画の定番曲…虎の眼だ。

 メガネ娘が顔からグローブをはなした。瞳が憤怒と軽蔑に燃えて、メス虎モードになっている。ペロリと牙を舌なめずりして、マウスピースをはめなおすと、右構えでファイティングポーズをとった。

 

 (くる!)ボクもファイティングポーズをとった瞬間、メガネ娘がとびこんできた。

 ワンツー・ストレート、ボディ、ボディ、フック、ストレート、ジャブ、ワンツー。

 パンチを受けるたびに衝撃がはしる。顔をガードする両腕が悲鳴をあげる。

 「ブロッキングが甘い!もっとダッキングして!足をとめない!スウェーよ!足!足!」

 映像でドクターがわめいている。

 

 無茶苦茶だ。ボクササイズ体験入会を14分で辞めたボクに何ができる。ひたすらパンチの雨を耐えるのみ。

 巨大化のせいか、動態視認力と比べて運動スピードがスローに感じられる。パンチの初動を認識して、両腕のガードをあわせれば、顔は守れる。でも、ボディをうたれ放題だから消耗していく。

 

 (しまった!)ガードが上がりすぎた。心の中で舌うちした瞬間、メガネ娘が大きく踏みこんできた。

強烈なアッパー。ガラ空きのミゾオチにパンチが吸い込まれてくる。

 ドガッ!

 体が折れ曲がって、浮きあがる。後へタタラをふむボクの顔面に追いうちストレート。

 ガンッ!ドン、ガシャン。

 ボクは後方へ15mもふっとんだ。公園に面した中層ビルに背中から落下して、倒壊させる。周りの戸建ても巻き添えにする。飛び散るコンクリと窓ガラス。折れ曲がった鉄筋がムキダシになる。

 

 ブハァッ。鼻血が噴きでる。

 「カウント8までに立って!ファイティングポーズよ!立って立って」

 ドクター映像が叱咤してくる。

 鼻血と涙と汚れで顔をグシャグシャにしながら、フラフラと立ちあがった。2本指で両目と鼻の中間をつまんでおさえる。タラーリ、タラリと鼻血がしたたる。

 

 メガネ娘は追撃してこない。さすがにラッシュで息が切れらしく、両モモにグローブをついてあえいでいる。

 ボクがフラフラしているのを認めると、両グローブを胸の前で、パチンとあわせた。再びペロリと牙を舌なめずりして、マウスピースをはめなおした。

 

 メガネ娘はファイティングポーズでステップしながら、急接近してくる。虎の眼のBGM曲は、まだ2周目。2本指で鼻をおさえながら、120秒以上も耐えなければならない。

 「逃げなさい!」

 ドクター映像のアドバイスに従って、2本指で鼻をおさえながら、とりあえず反対方向に駆けだした。

 

 高層ビルが林立するエリアに逃げこんで、ジグザグに曲がりつづける。

 ハアハアしながら幅広のビルの裏にかくれんぼ。背中を窓壁にあずけて、後方をうかがう。

 

 殺気!ドゴーン!

 しゃがんだ瞬間、ボクの顔があった階の壁面がパンチでブチぬかれて、大穴があいた。

 コンクリとガラスの破片が煙のように舞い散る。

 「ヒぃー!」尻もちをついたボクのほうに、ビルが倒れてきた。横へダイブして片手でんぐり返し。

 ドーン。崩壊音とホコリにまぎれて、中腰で逃げる。

 

 ビルの反対側で、メガネ娘がボクと同方向にダッシュした。次の高層ビルの壁面もブチぬかれた。隣のビルも、その隣のビルも大穴があいて崩壊していく。

 「ゴホッゴホッ」ガレキとホコリの煙がおさまってくると、ボクが隠れそうなビルは全部ガレキになっていた。

 

 煙の中からファイティングポーズのメガネ娘があらわれた。三たびペロリと牙を舌なめずりしている。両グローブから炎が燃えさかっている。

 「敵はグローブをパワーアップしたの!」

 「ボクにはドーピングアイテムないんですか!」ムダなアドバイスをするドクター映像にダメモトでたずねる。

 「君にはリボルバーがあるじゃない!今、ちょうど180秒よ」

 

 メガネ娘のステップがとまった。ドクター映像の声が聞こえたとは思えないが、ガードを固めて警戒しながら小刻みに体をゆらしている。

 ボクのリボルバーの銃身に力がみなぎり、仰角45度を保つようになってきた。けれども(モヨおしてこない。あと30秒で2発目は、やっぱムリだ)

 

 そこで、「!」とヒラメいた。

 (行く気にならなくても、引金が…トリガーがあれば、それを引いて、セイ射できるんじゃねえの)

 空いた手でリボルバーの根元をさぐる。

 (指がトリガーにかかった!でも、どこを狙えばいい?)ボクの心の中のつぶやきが聞こえたらしい。ドクター映像が小声でささやいてくる。

 「顔を狙いなさい。顔に命中すればイチコロよ」

 AVじゃあるまいし、無茶をいう。鼻を2本指でおさえ、反対の手で股間リボルバーを握りしめた体勢で、どうやって狙いをつけるんだ。

 

 メガネ娘もボクの思惑に気づいたらしい。

 すばやくガレキの後ろに身をかくす。跳びだして、右隣のガレキの裏へ。次に、左のガレキへ。ジグザグに駆けながら、ボクとの距離をつめてくる!!

 ボクも体の向きをスイングするが、間にあわない!

 

 ダッシュしたメガネ娘が、腕を体をのばしてタックルしてくる!!

 ドピューン。ビチャッ。

 2発目の青い液弾が、敵の腹部に命中していた。

 セイ射の反動で尻もちをついたボクに、メガネ娘がのしかかっている。はずみでトリガーをひいてしまったらしい。

 

 何も変わらない。メガネ娘はノーダメージの様子。凶悪なグローブは燃えつづけている。彼女の黄色いトップに青いシミが広がっているだけだ。

 身を屈めて腹部のシミを凝視していたメガネ娘が、激怒してボクをドなりつけた。

 「お気に入りだったのに!どーしてくれるのよ!」

 「すみません、スミマセン。洗濯しますから殴らないでください」ボクは尻もちをついたまま上半身だけペコペコする。

 

 「ん?」

 メガネ娘が、再び身を屈めた。腹部の青い液弾シミに鼻を近づけてクンクンしている。

 その顔がゆがんだ。悪臭をかいでボーゼン自失するネコ科の顔だ。

 「クっサー!」「クサい!クサい!クサい」

 「もーサイテー!」「イヤぁー!」

 メガネ娘はグローブでボクをつきとばすと、悲鳴をあげながら6倍速スピードで街のかなたへ逃げていった。

 「第1戦目の任務達成、おめでと」

 仰向けに倒れたまま朝やけを見あげるボクに、ドクターの声が降ってきた。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  

 

 「お取込み中に、割込み申し訳ありません」

 ドクター映像よりも大きなウィンドウが、ボクの視野のまん中で開いた。

 年配の女性2人が、こちらをのぞきこんでいる。

 「私は清掃局の担当者、お隣は法務部の主任です」

 向かって左の女性が自己紹介する。

 

 「さきほどのバトルで、中央公園および高層エリアの建物構築物が多数損壊しました。つきましては、その損害賠償と復旧をお願いします」

 丁寧な口調で、厳しく指摘する。

 「バカいわないで。私たちはE世界の敵アバターを退治したのよ」

 ドクター映像が叫ぶ。

 

 「若干の情状酌量はしますが、御社と締結した業務委託契約書第84条第九項の規定に基づき求償権を行使させていただきます」

 役所言葉でドクターを圧倒する主任。ボクの視野から見えないところで、条件や金額の提案が送受信されているらしい。

 「そんな賠償金払ったら倒産よ」「誰が残りの敵を退治するの」

 ドクターの大声とともに、担当者も主任も、ウィンドウから出たり入ったりしている。

 

 担当者も主任も、獣耳をつけていない。

 NPCは獣耳をつけない、ログイン者アバターは獣耳をつける。それがマナーだということは、後から説明を受けた。

 ボクは獣耳をつけていないから、厳密にはマナー違反だ。ただし、巨大アバターとしてログイン召喚されたため、特別に許されたということも、後から聞いた。

 

 5分たった頃、全員がウィンドウに戻ってきた。担当者がボクにむかって宣告した。

 「E世界の私有建物は、ユーザーが工作ソフトでVR創作したものですが、工作時間に基づき金額評価され、仮想固定資産税の対象となっております。協議の結果、御社の巨大アバターが損壊させた私有建物につきまして課税対象額の20%を賠償金として徴収いたします。また、公道や並木等の公有資産につきましては、巨大アバターが復旧作業に40時間労働従事することを求めます……」

 

 役所側のウィンドウが消えて、すべてが終わった後も、ドクター映像は黙りこんでいた。

 「君の今月の基準内賃金は、払えなくなっちゃった…来月分は考えさせて」

 ドクターのささやきに、ボクはうなずくしかない。

 「労働従事って何をするのですか?」悪い答えを覚悟しながら、たずねる。

 「ブルドーザーやクレーンと並んで、ガレキ撤去や資材運搬を手伝うの。1日8時間を5日間」 

 こうして第1戦の後始末がはじまった。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  

 

 第1戦のあと5日間、朝昼はガレキ撤去と掃除を手伝い、夜は地下道でダンボールを集めて、くるまって眠った。17m級が泊まれるホテルはなかったし、E世界の仮想通貨もなかった。哀れんだ作業員の人たちの差入れ弁当で食事にありつけた。が、損壊したビルのオーナーや野次馬から掃除中に「壊した責任とって!」「早くかたづけろよ!」と罵声をあびて、すごくヘコんだ。

 

━ 6日目に、ドクターが設定変更したおかげで1.7m級に復帰することができた。レンタル・タブレットに振りこまれた仮想通貨で銭湯に入れたし、自販機で買い物もできたが、ホテルやネットカフェから宿泊を拒否されて、地下道に戻った。まっ裸のため不審者扱いされたのだ。そういう仕様とのことだった ━


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