2章 最弱のボクが路上レスリング?
━ E世界の7日目はストリートファイト日和だった ━
大型トランクをひっぱりながらボクは地下鉄の出口階段をのぼっていた。地上に出ると、そこは“下々町商店街”アーケード通りの入り口だ。
買い物客のジャマにならないように入り口の横へ寄ってキョロキョロしていると、急に両脇へ太い腕が差しこまれた。左右の腕が上方に抱えあげられて、ボクの両足はつま先立ちになる。保安官に捕獲されて宙づりになった小柄な宇宙人みたいだ。
「あのぉ、どなたですか」黒い競泳用水着をつけた右側の女性に、おそるおそる話しかける。ボクよりも頭ひとつ以上デカい。
「アンタの試合相手、女子プロレスラー2人組のビュー〇ィー・ベアさ。リングネームはBBで、自分はベア1号、相方はベア2号だ。よろしくな」
左側を向くと、白い競泳用水着の2m級女性がうなずいている。
2人とも愛嬌のあるアスリート顔で、腹筋も割れているみたいだ。コスチュームの上からでもわかる。
「スケベ」
凝視していたボクの耳元でベア1号の声。
バスッ「ぐふっ」旧式カラオケ・マイクを握ったベア1号の右手が、ボクの腹にめりこんだ。ミゾオチにマイクがめりこんで、昼食のオニギリを吐きだしそうになる。
涙目で見あげると、ベア1号もベア2号もニヤニヤしている。冗談でコづいただけらしい。
体育会系サバサバ女子は、嫌いじゃない。ただ、もう少しお手柔らかにお願いします。
「試合場所へ行こっか」「レッツらGO」
両腕をホールドされたまま3人4脚状態で歩き始める。ボクとキャスター付きトランクをつなぐ透明カテーテルが引っぱりっコになった。
「痛っ!ちょ、ちょっと、まってください」カテーテルとつながった22口径レボルバーに痛みが走り、ボクは待ったをかける。
「なんじゃ、それは」「まさかリード?」
ベア1号もベア2号もあきれた表情で、ボクを上から見おろしている。
「そのトランクには…外部バッテリーが納まっていて、試合開始までボクへエネルギーを供給しています。つながったカテーテルは電源コードを兼ねるので、ボクとトランクは離れずに移動する必要があります」
ボクのカッコウは不審者そのものだ。無人コンビニで調達したポンチョ式レインコートを素肌にまとい、素足に自販機で買ったビーチ・サンダル。暗がりでレインコートをまくれば、ワイセツ物チン列で即タイホされるだろう。
「アンタも苦労してるな」「だな」
丸いクマ耳をつけたベア1号がつぶやくと、台形クマ耳のベア2号も同意する。
結局ベア2号が、左手でトランクをころがしてくれることになった。
ボクはベア1号とベア2号に挟まれて、商店街の奥へ進んでいく。
ボクの視野の右上は、カウントアップ映像が表示されるように改良されていた。バトル開始前だから0.00秒のまま。
視野の左上のドクター映像に目を移すと、ドクターはつまらなそうに頬杖をついていた。
(…………)アドバイス求むとボクが目で訴えても、両肩をすくめるだけだ。
「みなさーん!下々町商店街の非公認アイドル、ビュー〇ィー・ベアが参りましたー。イェ~イ!」
いきなりベア1号が大声をはりあげた。右手のマイクを使って、盛りあげようとしている。
(そんなのでモりあがるとは…)と思いきや、すぐに商店街の雰囲気が変わった。
「まってましたあ」「きょうも試合勝ってねー」「応援しているよ~」
タイ焼き屋のオジさんも花屋の姐さんも魚屋のオバさんも、店先に出て声援をおくってくる。
BBファンクラブの親衛隊員達がラーメン屋からとびだしてきて、ボクらを囲み、一緒に練り歩き始める。
「BBゴー!BBゴー」「GoGoGo」
“勝つぞBB”とか“ベア1号タソ”とか“愛ラグ2号”と書かれたハチ巻き姿で、歓声と言うよりも騒音をあげ続ける。
青果店の店長が、ベア1号に向かってリンゴを2コ投げてきた。
「あんがとー」
礼を言いながら、ベア1号が右手で持っていたマイクを放りあげる。歩きながら、リンゴ2コとマイクを右手でトス・ジャグリングする。親衛隊員達の称賛の拍手に包まれる。
ベア1号がボクをチラ見した。
「あーンしろ」
「はぁ…」ボクが口を開いて答えた瞬間、ベア1号の右手がリンゴを突っこんできた。折れそうになった歯で、リンゴを噛みしめる。
「ドクター…ボクの対戦相手…悪役レスラーじゃなくて…人気者でス…」連行されながら、リンゴを噛みしめながら、ボクはドクター映像にささやいた。
「君、行儀悪いよ。食べ物を口に入れながら、話しちゃダメでしょ」
「もらったモノ…落としたら…失礼っス…リンゴおいしい…」かじるとリンゴが落ちそうになるので、汁を吸って、ヨダレをこぼさないようにしながら、ボクはドクター映像にモゴモゴ反論する。
「リンゴ1コで買収されて、どうするの」
あきれ顔のドクター映像が説教するので、話題を戻すことにした。
「好感度高い…BBは敵っスか?…ボクのほうが…悪役みたい…」少しずつモグモグしながらボクは質問する。
「彼女らは近隣のご当地キャラを挑発し、非合法のプロレス勝負にひきずりこむ闇の賞金稼ぎよ。途中まで接戦に見せかけて、最後は圧勝する手口ね。歌って踊って、さびれた商店街の客寄せもする。だから地元ではヒロインなの」
アーケード通りの中で、シャッターを閉めたままの店も数軒あった。E世界の沙汰も仮想通貨しだいか。そこでヒラメいて、ドクター映像にささやく。
「じゃ…ボク勝てば賞金…もらえまス?」賞金がもらえれば、地下道暮らしから脱出できるかもしれない。ダンボール・ハウスは寒くて寝心地悪くて、おなかが痛くなる。
「君ね、等身大の1.7mに戻ったでしょ。2m級のプロレスラー2人に勝てると思っているの。それに、当局と受託契約しているから、賞金ゲットしても没収されるだけよ」
(賠償金支払で受託利益ゼロになるから、ドクターはヤル気なしだ。勝てないし、勝ってもタダ働きだし…いつ脱走しようか)カテーテルが外れてから210.00秒以内に、地下鉄駅まで逃げきるプランしかない。
そんなことを考えているうちに、ボクらはアーケード通りが交差する十字路に着いてしまった。
先回りした親衛隊員グループが、体育の授業で使う古いマットを四つ角に敷きつめて、臨時のリングをつくっている。観客や野次馬がリングの周りを四角く囲み、応援歌を合唱しながら試合開始を待ちわびていた。
人垣が割れた間をボクらは進む。正方形のリングの中央で、ようやくベア1号とベア2号から解放された。
ベア2号はボクにトランクを返すと、トス・ジャグリングからリンゴを受けとり、コーナーで控えていたマネージャーへ渡す。
ボクはトランクをころがしながら、対角のコーナーへ歩む。ビーチ・サンダルを脱ぐと、きちんと外向きにそろえ、かじりかけのリンゴと一緒にリングの角へ置いた。観客が左右に動いて、そこだけ人垣が薄くなる。予想どおりだ。
「本日のメイン・イベント~。赤ぁ~コーナー!ビュー〇ィー・ベア~!!」
ベア1号がリング中央でベア2号を指さしながら、マイクにシャウトする。ものすごい歓声と口笛の嵐。
「青ぉ~コーナー、リードマン・カオル~!」
ベア1号がボクを指さしたので、お手上げ顔で両腕をあげる。不本意なリングネームだけど、カテーテルでトランクとつながって引っぱられているのは事実だ。
マイクを持ったベア1号が、空いている手でベア2号とボクをリング中央へ手招きした。
「アンタは素人だから、ベア2号が一人で相手する。自分は、レフェリー兼実況だ。ところで凶器はもってないな?」
ベア1号がにらむので「カテーテルの先が…」と、ボクは正直に申告する。
「チェックするぞ」
ベア1号が空いている手で、ポンチョ式レインコートをパっとまくった。ボクの銀色に輝く22口径リボルバーがモロだしになる。
「いやー!」「きゃあー!」
女性客たちが悲鳴をあげ、顔を手で覆う。が、指のすき間からしっかり見ている。ちょっと恥ずかしい。
「レインコートを預からしてもらうぞ。リードは…引っぱれば、抜けるか?」
レインコートを頭から脱がされ裸になった。ベア1号の質問に、ボクは首を横にプルプル振る。
「試してみよう」
「痛たた」ベア1号が対面でカテーテルを引っぱっても、ボクが悲鳴をあげるだけ。
「ほんじゃ、アメリカ式の歯を抜く方法でトライしよう」
「まだ心の準備が…」ボクは、背後からベア2号に羽交い絞めにされた。
「リードが抜けたら、試合開始だからな」
「待って…」ボクのタンマを無視して、ベア1号はトランクの後に立つ。1歩助走し、ドスッと前蹴り。反対コーナーまでトランクを弾きとばした。
ピカッ「ゔぐっ」股間にセン光がはしり、ボクはうめいた。ピィーンと伸びきったカテーテルの中を白い液弾がとんでいく。カテーテルがリボルバーから外れ、チーン音を発しながらトランクへ巻きとられる。リングを2重3重にとり囲む観客から、どよめきがおこる。
「試合開始!両者ファイト!!」
ベア1号がマイクにシャウト。ベア2号とボクのバトルが始まった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベア2号が身をかがめて両手を伸ばしてきた。
ボクも前傾姿勢で構える。互いの十指がからみあってロックし、頭はごっつんコ。
「前半は、アンタにも攻めさせてやる。強くこい」
ベア2号が小声で指示するが、何を強くすればいいのだろう。わからない。とりあえず指に力をいれてみた。
「まずは力比べだ!リードマンが攻める!顔をまっ赤にしてベア2号が耐える!」
「負けるなー」「ベア2号ガンバ」
ベア1号の実況にあわせて観客から声援がとぶ。
(いて、イテテ。指こわれそう)ベア2号の演技で拮抗しているように見えるだろう。けれども、倍の力で指をロックされているのはボクのほうだ。圧に負けて、前傾から棒立ちになっていく。
「もっと攻めな」
「ト、トモエ投げいきます」と、ボク。
「こいッ」
ベア2号が頭上からささやき、指ロックを緩めた。なんとかしたくて、ボクは捨て身技を告知。相手の腹に片足をかけ、後方へデングリ返シしながら跳ねあげる。
「大技キター!」
ベア1号の実況にあわせるように、ベア2号の体がほとんど自力で後方へとんでいく。
が、その勢いのまま両手を引っぱられて、相手の脇に引っぱりこまれた。すばやく起きたベア2号が、ボクの腰と腿をすくいあげる。
「大技から逆転して、これはー!」
左後方に反り投げる寸前、ベア2号がタメをつくる。ベア1号の実況があおる。
「必殺!バックドロップだー!!」
ドッスーン。首から背中まで運動マットにたたきつけられた。頭の中でキラキラ星がまわっている。
(死んで…はないか)ボクを殺さない程度に、ベア2号は優しく投げてくれたらしい。
ベア2号が覆いかぶさり、体固めでボクをフォール。ベア1号が片膝でのぞきこんでいる。
「ワン、ツー、…」
ベア1号が、3カウントの2まで数えた。ベア2号が体固めを解いて、パっと横にころがる。
ボクは、ヨロヨロと立ちあがった。
「ファイト!」
ベア1号が、ニヤリと笑いながら督戦する。試合開始から、まだ21.12秒。
「カモン、カモン」
ベア2号が笑顔をうかべながら自らの鎖骨のあたりを拳でたたいて、挑発してきた。
ボクは下向きの掌で手刀をつくり、バックハンドで逆水平チョップを相手の胸にうちこむ。コンシンの一撃。なのに、ベア2号はビクともしない。
今度は、上向きの掌で袈裟切りチョップ。
チョップが当たる直前、ベア2号は手刀をたぐりボクを振り回す。リングの際まで放り投げられた。
囲んだ観客にぶつかりそうになるのを、ボクはころんでギリギリ避ける。
「ストップ、試合ストップ!」
レフェリーのベア1号が試合を止めた。ボクに向かって説教する。
「ロープへとばされたら、反動で戻ってくるのがお約束だろ」
「ロ-プなんて、ないですよ」ボクは目を白黒させながら立ちあがって、反論する。
「お客がロープだ。見てろ」
ベア1号がベア2号へうなずき、ベア2号がうなずき返した。ベア1号がマイクを持った手でパンチをくりだす。その腕をベア2号がつかみ、ベア1号をリングの際へ放る。
ベア1号が両腕両脚をひろげ、観客に背もたれすると、最前列で正座していた親衛隊員達が受けとめた。2列目3列目の観客と力を合わせて、ベア1号をリング中央へ押し戻す。
戻されて立ったベア1号の喉元へ、ベア2号が上腕を軽く当て、ベア1号は仰向けに倒れた。
「こんなふうにアックスボンバーを受けろ。ロープへとばされるとこから、再開だ」
起きあがりながら、ベア1号が命令する。
「ファイト!」
ボクの片腕をベア2号がつかみ、再び振り回した。
(2段飛びで脱走するチャンスだ)振られながら、ボクは決心する。
放り投げられた。
模範プレーどおり観客に背もたれすると、最前列がボクを受けとめた。エア・ロープ反動みたいに、ボクの体は押し戻される。
戻された1歩目で体の向きを変え、ボクは青コーナーめがけてダッシュした。
ビーチ・サンダルとリンゴを置いたコーナーは、最前列が正座した親衛隊員1人。2列目が口元をおさえて立つセーラー服女子で、3列目はいない!
ボクは、マットを左足で蹴ってステップする。更に、親衛隊員の肩に右足をかける。リング外の自由をめざしてジャーンプ!
「こないでー!」
セーラー服女子が悲鳴をあげながら、ジャンプ途中のボクの両胸を強くプッシュした。
(え?)プッシュされたボクの体は、頭を中心に空中で後方回転する。
「リードマン、バクテーン!」
ベア1号が実況するなか、ボクはリング内へ両脚で着地してしまった。倒れないように、こらえる。満点のバク転着地に観客の暖かい拍手。両腕をあげてこたえる。
「こっちだ」
ベア2号の声にふりかえった瞬間、ボクの喉元に太い上腕がドッと激突する。体がキリキリ舞いする間に、ドガッともう一発。
「ベア2号のアックスボンバー連発!」
大の字に倒れたボクに、ベア2号が覆いかぶさる。シャウトしていたベア1号が片膝でのぞきこむ。
「ワン、ツー、…」
再び3カウントの2で、ベア2号がフォールを解いた。
「ファイト!」
ベア1号にあおられた残酷な観客がファイト!ファイト!を連呼するなか、ボクはフラフラ立ちあがる。試合開始から、まだ63.97秒。
ベア2号が腕を伸ばしてきた。よろめき続けるボクは、簡単につかまってしまう。頭がベア2号の脇に抱えられ、強く締められる。
「強いぞベア2号。ヘッドロックだー!」
ベア1号の実況と同時に、ベア2号がダンッと片脚をスタンピング。こめかみが強く圧迫され、激痛がボクを襲う。親衛隊員達のヤッチまえー!という喚声も襲ってくる。
「逃げたらダメだろ」
ベア2号の恐ろしいささやき声が降ってきた。
「へ?」ボクがごまかすと、ベア2号がダンダンダンと連続スタンピング。痛い、こわい。
「に…にげません。ギブアップ…します」ボクは、ベア2号へボディタッチして降参する。
「フィニッシュ技まで、ギブアップは許さん」
ベア2号の脅迫に、ボクの全身から冷や汗がふきだす。汗と、涙や鼻水や涎がまじりあって、滴りおちていく。
「にげません。ギブ…しません」ボクの約束にヘッドロックが緩む。ボクは、ようやくベア2号から解放された。
「おーっと!リードマンがヘッドロックを脱出!汗ですべったかー!」ブー!ブー!
ベア1号の実況と熱狂したBBファンのブーイング。まだ104.85秒。あと半分もある。
それから後は、攻めても空振る。ベア2号につかまっては、技で痛めつけられる。その繰返し。キャッチ・アンド・リリースの連続だった。
トウトオトウトオ!と叫びながら、ボクは突っ張りを連打。が、届かない。大きな掌で頭を圧されて、距離をとられてしまった。疲れたところで、ベア2号が腕ひしぎ十字固め。激痛。しびれる。リリースされても右腕は動かない。
やっ!と気合をいれて、軽傷の左腕で朽木倒しを仕かけてみた。が、エルボー・スタンプを後頭部に打ちおろされる。耐えながらベア2号の腰にムシャぶりついていると、パワーで体勢チェンジ。コブラツイストをかけられ、肩や脇腹をたっぷり痛めつけられてからリリースされた。
ヤケのヤンパチで突進。小外刈りを狙うも、すくい投げで背中からマットにたたきつけられた。
大の字になって仰向けにころがる。出血こそしていないが、どこもかしこも…痛い。
ベア2号が怖い顔で、荒い息のボクを見おろしていた。ファイティングポーズをとらないと、怒られそうだ。でも、起きたくない。
その時、「!」とヒラメくものがあった。
ボクは上半身だけ起きて、両膝をたてる。ベア2号が近よったら、向う脛か膝を前蹴りする構えをとった。ベア2号の顔が険しくなる。
「リードマンは、アリキックの構えだ!どうするベア2号?」
ボクの意外な構えに、実況するベア1号も面くらったようだ。試合開始から178.51秒経過。少しは時間稼ぎできそうだ。
ボクの視野の左上で、ドクター映像が久しぶりに動いた。
「もしもーし。敵のフィニッシュ技がわかったの。電気アンマよ。足とられないように注意して」
ドクター映像の音声は、外部には聞こえない。しかし、雰囲気は伝わってしまう。
ベア2号が、ニヤッと笑った。すばやく屈み、両手でボクの両足首をつかんで、下半身からスライディングしてくる!
大きく開かされたボクの両脚の間に、ベア2号の剛脚がバッと割りこんだ。ボクの股間のリボルバー銃身を、白いブーツで圧してくる!
ブーツが小刻みに激しくバイブして、リボルバーをドスドスとプレスする。
「ゔぎゃギャギャ!!ゔガーッ!」ボクは絶叫。残った全力で、上半身をよじる。
その時、ボクの頭上を影がとびこえた。ベア1号だ。ボクの両腕に両脚で着地する。黒いブーツでボクの上半身を制圧しながら、マイクでシャウトする。
「でたーフィニッシュ技!電気アンマだー!!」
ボクは激しく首をふる。うめく。声がでない。胃液がまじった泡が、口からふきだす。
「リードマンは、この技で負けるのが2度目。こども園年長組の子にかけられて以来だぁ!」
ベア1号がボクの黒歴史をあばく。5歳の時も今も1対2だ。汚いぞBB!
「フィニッシュ・エンド近い!ガツンといけベア2号!」いけー!勝つぞーBB!
ベア1号のシャウトに、大歓声が極まる。
白いブーツのプレス連打で、ボクの弾が、タマが、めりこんできた!!
ドビュッ、ドビュルン。
ベア2号がガツンと最凶プレスを放つと同時に、ボクのリボルバーが暴発した。
2発目、青い液弾。3発目、緑の液弾。極限までプレスされた銃身から連射された液弾は、青緑色の大粒シブキとなって散っていく。
ボクの両脚の間でプレスしていたベア2号の膝にシブキがかかる。両腕の上でシャウトしていたベア1号のスネにも。
ベア2号が息をのんだ。ベア1号は口を開けたまま呆然としている。観客も静まりかえる。カウントアップ映像は210.00秒。
「ババッチい」
我にかえったベア2号が叫んで、つかんでいたボクの両足を放りだした。
「バイキン!」
目を三角にしたベア1号が怒声を吐きながら、ボクの両腕から飛びおりた。
「汚い!キタない!キっタなーい!」
2人は連呼しながら、緊急離脱していった。
親衛隊員達が無言でマットを片付け始めた。大多数の観客もガヤガヤと不平やタメ息をもらしながら、足早に去っていく。何人かが残って、大の字にのびたボクを見おろしながら、タブレット内蔵カメラで撮影している。
カシャカシャ音から顔や股間を隠そうと、ボクはあがく。が、手も足も動かせない。完全にバッテリー切れだ。
恥ずかしくて情けなくて、涙があふれてきた。忘れていた激痛が、股間から突きあがってくる。ドクター映像もカウントアップ映像も消えていた。
(勝ったのに…)汗と涙と鼻水と涎と泡をタレ流しながら、白目をむきながら、ボクの意識はとんでいった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ハックション」夜風に体を冷やされたボクは、クシャミして起きた。
試合会場跡の十字路には、ボクが寝ていたマットだけ残されている。深夜なのだろう。周囲の店は、すべてシャッターがおりていた。点在する街路灯とネオンサインが、寒々としたアーケード通りを照らしている。
誰かがボクの裸体に、レインコートをかけてくれていた。傍に、ビーチ・サンダルとトランクも置いてある。縮こまったリボルバー銃身には、自動追尾挿入式のカテーテルが差しこまれ、トランクとつながっていた。
(地下鉄駅まで歩いて、一番電車を待とう)と考えながら、レインコートを頭からかぶり、ビーチ・サンダルを履く。
(さっき撮影された恥ずかしい画は…E世界の嘲笑ニュース1位にランキングされるだろうな…)心の中で自虐すると、起きてから続いている胃痛が強くなってきた。
トランクをころがしながら歩こうとして、かじりかけのリンゴが落ちているのに気がつく。拾いあげようと屈むと同時に、すっぱい胃液がこみあげてくる。四つん這いになって、ボクは吐いた。
吐瀉物に血がまじっている。胃痛が激しくなって、横に倒れる。
「おなか痛い…助けて…」ミゾオチを手でおさえながら、ボクは暗く冷たい路上をころげまわった。




