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#3

「これでもまだ、意志は変わらないんですね?」

「はい!」

「では仕方ありません……先生としては、ここはあまり紹介したくなかったのですが」

 リタはガレアとシーラの前に一枚の書類を差し出した。

「これは……?」

「魔王との戦いが収束したこの国で、数少ない『魔物退治で食べていける冒険者』と目されているチーム、『黒の兄弟団』です。今後のあり方を模索する中で、彼らも新卒採用を検討しているとか。これは、インターンの申込書です」

 インターン。簡単に言えば職場体験である。見学だけでなく、実際に仕事を経験しなければ分からないこともある。冒険者のように特定の仕事場を持たない職種ならなおさらだ。

 ――アットホームな楽しい職場です!

 ――未経験者歓迎! やる気さえあれば大丈夫!

 ――一緒に夢を追いかけましょう!

 書類にはそんなうたい文句が躍っている。

「仮に魔王軍が進軍を開始したとして、もっとも早い段階で動くのはこうした冒険者です。あなたたちが望む、『焼かれる前に村を救う』ことも、彼らにならできるでしょう。あなたたちの身の振り方はともかくとして、実際の現場を見るのは勉強になるはずです」

「な、なるほど……俺、行きます!」

「私も行きたいです。行かせてください」

 ふたりの返事を聞いて、リタは重々しく頷いた。


 ◇


「……どうでしたか?」

 それから二十日ほど後。リタは再び、進路指導室でガレアとシーラを前にしていた。

「社会は……すごい……」

 けれどガレアの瞳から感じる爛々とした輝きには、以前とは少しばかり違った雰囲気がある。

「俺は……俺は本当にダメな人間で……でも先輩たちが助けてくれて……お客様のためを思えば寝てる暇なんて……いついかなる時であろうと……俺は……」

「私は……魔王よりもよほど邪悪なものを見ました……世界には、魔王より先に倒されるべきものがあるのでは……」

「シーラ! お前、まだそんなことを! 頂点を目指すのなら、休みなんてものは必要ない! 気合があれば何でもできる! 俺は……俺には気合が足りなかった……でも、次は!」

 シーラが据わった瞳をリタに向ける。

「やっぱり、まずあの人たちを倒さないと……ガレアがおかしくなっちゃいます……っ!」

「とりあえず落ち着いて。様子はだいたい分かりました。プロの冒険者の元で働くのは、さぞ刺激が強かったことでしょう」

 だから気が進まなかったのだ。良い方向にか悪い方向にかは分からないが、こんな経験が彼らの進路に影響を与えないはずもない。責任を取る覚悟があるかどうか――リタは自問し、そして彼らにこのインターンを紹介したのだ。

「あ、あんなの無理です! あとお尻触られるの本当に気持ち悪かった!」

「……セクハラは別の問題ですから、そちらについては苦情を入れておきます」

「そうしてください……私はもう、あの業界で働けなくなっても構いません……」

「そこまで狭い業界でもありませんから、セクハラ告発ひとつで思いつめなくてもいいと思いますが……まあ、そう思わせるのも彼らの策のうち、でしょうか。シーラ、せめてあなただけでも現実を見ることができたようで、先生はホッとしています」

「現実……あれが、現実……なんですね……」

 あれだけのノルマをこなすなんて私には無理です、とシーラは肩を落とす。魔物退治にしろ盗賊退治にしろ、シーラがついて行けなかったものに、ついて行けた若者がどれだけいたのかは疑問だ。とはいえ、「黒の兄弟団」の構成員たちは、自分が無茶なノルマを課していると考えていたかどうか。たとえ無謀なノルマを達成できなかったことでシーラたちが責められたのだとしても、その意図はリタには分からない。「兄弟団」の面々が優秀すぎて、彼らから見ると若者が怠惰に見えているのか、意図して若者をいじめることで心を鍛えようとしているのか……判断は難しいところではある。自分たちが寝ないでいくらでも戦えるから、それを当然のように他人にも押し付けている――という可能性も、かなり高いとリタは見ていた。

「それと……『元気になる水』の販売も……あれ、ただの水じゃないんですか……? どうしてあんなに高い値段で……売りつけて……」

「え、ちょっと待ってください、それは先生ぜんぜん聞いてないんですが」

「先生! だったら先生も飲みましょう! この『ハイパー龍脈パワードリンク』!」

 ガレアがどこからともなく水の入った瓶を取り出す。リタは思わず椅子を引いて、一歩後ずさった。

「り、龍脈パワー……?」

「そうです! 秘密の製法で作られた、パワーあふれるこの水! 飲めばどんな病気も治るしモテモテになります! 宝くじも当たる! 俺はこれを飲んで連日の徹夜も乗り切れました!」

「え、待って、それはそれで怖いんですけど……何が入ってるの……?」

「霊域の湖で汲み上げられて、優れた魔法使いが祈りを籠めた水です!」

 ガレアがすらすらと水の効能について述べ始めた。リタは内心で頭を抱える。

 いいえ、落ち着いて、リタ。怪しい水を売るほうが、魔王を倒すよりは地に足の付いた夢だと言えるんじゃないかしら? それに、そのほうが、私の「本当の仕事」にとっても都合がいいわけだし――

 自分に言い聞かせながら、リタは机の上の瓶を眺める。

「俺はこの水を飲んで……頑張って、生まれ変わるんです! そしていつか魔王を倒す!」

「あ、そこは変わらないんですね」

 少しホッとしてしまってから、いやいやいや、とリタは首を振る。

「実際に現場を見てみれば、組織力にも頼らず、ただ『魔王を倒す』ということがいかに無謀なことか、よく分かったでしょう。目の前のブラック企業ひとつ倒せない人間に、魔王が倒せると思いますか」

「思いません……」

「ブラック企業なんて言い方をしないでください! どんな業界でも、本当のプロなら人より余計に働くものです!」

「長時間労働そのものまでは否定しませんが、そのやり方があなた自身にも通用するとは限りませんよ。あなたには、あなたが最大限に力を発揮するためのやり方があるはずです」

 シーラがハッと顔を上げた。

「そうですよね、私ったら、視界が狭くなっていました。やり方はひとつじゃない……とりあえずあのジジイを燃やせばいいのでは……?」

「セクハラは悪いことですが、それを罰するためにあなたが犯罪者になっては元も子もありませんよ、シーラ」

「バレなければ犯罪にはならないと……私はインターンで学びました……」

「でもバレたら犯罪ですから」

「そうですね……では色々言い逃れのできない証拠を捏造して新聞社に売ってきます」

「あー……」

 それは、確かに、犯罪ではないような気がする。

 名誉を損なうことになる? いや、あんなところの与太記事を相手にすれば、余計に世間からの印象が悪くなるはず。けれど、もし同じような被害者が多いのならば、そこから口コミでじわじわと……。

「シーラ……先生、あなたは結構記者に向いているんじゃないかという気がしてきました」

「はい。私も今、そんな気がしてきました。ガレアが元通り、素直な気持ちで魔王を倒しに行けるようになるまで、私、頑張ります!」

「魔王は倒すんですね……」

 シーラはにこりと笑って、リタの耳元で囁いた。

「私、気がついてしまったかもしれません。私が見たいのは、魔王を『倒した』ガレアではなく、魔王を『倒そうとしている』ガレアなんじゃないかって」

 微笑むシーラの整った顔立ちの下に、何か見てはいけないものを見てしまった気がして、リタはぶるりと肩を震わせた。

「安心してください。先生のおかげで、私もガレアも、ちゃんと身の程を知りました。命を無駄にはしません」

 いえ、私は間違ってなんかいない。私はいいことをしたのよ、リタ。私の進路指導が、ふたりの若者を無謀な未来から救い出したのだから。

 ガレアを優しく宥めるシーラの姿を眺めながら、リタは長い息を吐いた。

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