第三十話 ※1章最終話
宿のラウンジのベランダ。
皆が帰ってきてから部屋で休んでいる中、俺はふらりと外に出た。
そこで夜空を見ながら黄昏ていると、ふと隣に東堂さんの姿。
いつのもようにギャルギャルしくなく、どこかアンニョイな雰囲気だ。
「ねぇ、あんた」
彼女は俺の方を見ていない、誰に話しているのだろうかと一瞬「?」だったが、俺しかいないよな、空のキラキラ星相手に話しているのでなければ。
「何?」
「あんたって、こっちの世界に来てよかったと思ってる?」
いつになく真面目なその声。
あなた誰ですか?と思ったけど、東堂さんだ、その姿は変わらない。彼女は空を見たまま、その長い黒髪が夜風に揺れている。
どうなんだろう?
こっちの世界にきて色々あり過ぎで、そんな事考える暇がなかった。
でも、俺以外の皆は一度は考えたのかもしれない、そうする時間があったんだと思う。
俺も時間が経てばそういった事を考えだすのかもしれない。
ギャルかったり、ちゃらかったりする彼らだが、内面はそれ程変わらないと思う。
所々で感じる気づかいや雰囲気を通してそれを感じる。
俺はどうなんだろうか?
こっちの世界に来てよかったのか?
どうなのだろうか?
・・・
・・・
「分からない」
それが答えだった。
まだこちらにきて数日、見知った仲間がいるからか、気分的には修学旅行にきたようなものだ。でも、これが長引けば徐々に変わってくるのだろう、徹君達の様にこの世界の服が馴染んでくれば違うんだと思う。
「そっ、まぁ、あんたは来たばっかだかんね。それにそういうの、あんまり気にするようなタイプに見えないしね」
俺より気にしそうにない東堂さんに言われると微妙なところだが、彼女は意外と考えているのかもしれない。その笑顔の下で何を考えているのか、ふと、彼女の事が知りたくなった。
「東堂さんはどうなの?来てよかった?」
「・・・。あーし?どうだろう、よく分からんない」
てっきり、「いいわけないじゃんwww」っと返ってくると思ったが違った。
彼女の声はいつもより落ち着いており、そのゆったりとした口調が夜のとばりにマッチする。その声は、言葉を発生する前の僅かな沈黙を打ち消すようだった。
「この世界ってゲーム見たいでしょ。だから、最初は光が一杯あると思ってたん。でも、そんな世界でもやっぱり住むと違ったの。この世界でも光も浴びている者は極少数で、それは現実の世界と変わらない」
んん?
あれ?何を言ってるんですかこの人は?
んん?
本当に東堂さんですか、すっごく真面目な事語っていますが。
「でも、光を浴びても、暗い所でも、やっぱりフレといるのは心地良いの。それだけは本物だと思ったし、私が失敗しても、皆何も言わずに笑っていてくれる。あんたにも感謝してるから」
「お、おう」
一瞬ドキリとした。
彼女から向けられたその言葉に心を揺らしてしまう、その言葉が夜空よりも俺の体を冷やしていく。彼女から出たその言葉が身体に染み込みんでいき、心の片隅の何かを揺らす。
「別に、あーしはあんたの事嫌いじゃないの。前に言った通り好き。でも、他の皆も好きなの。だから、だから、ずっと仲良くしたいの」
不意に好きと言われてドキッとする。
でも、それは淡い揺らぎではなく、温かい揺らぎで、彼女のその好意は友情的なそれだと感じる。
彼女は今のこの関係を維持したいと言った、それが彼女にとって一番いい環境なのだろう。そのまっすぐな思いが伝わってくる。
「だから、あーしも皆に迷惑かけないように強くなりたいの。あんたばっかに頼る訳にはいかないでしょ」
「あぁ」
彼女は空を見たまま言葉を紡ぐ、俺はその声に耳を傾ける。
「徹は囮をかってでたし、ミクは失敗したけど自分から子ゴブリンにぶつかって行った。本当なら私がするべきだったけど、皆がそうしてくれた。でも、やっぱり、そういうのはいけないと思うの」
「・・・」
夜風が彼女の黒髪を揺らし、耳が露わになる。
その小さく可愛らしい耳。
「今でも、こうして空見てないと言えないけど、いつかはちゃんとしたいの」
「・・・」
彼女の唇の動きに目を奪われてしまう。
綺麗だとかそういう意味ではなく、その口から出てくる言葉に心を揺らされてしまう。
「いつもそう思ってるんだけど、中々難しいんだぁ、こういうのは」
「・・・」
小さく、震えた声だが、それはするりと俺の耳に入ってくる。
そんな怯えたような声だけど、どこか不思議と力強さを感じる。
「ずっと、そうしたいと思ってるんだけど、中々できなくて困ってるの・・・うん」
「・・・」
彼女が僅かに頷くと、さっとターンし、ベランダの入り口を見る。
その長い髪が彼女の横顔を隠し、その表情は見えない。
「それだけ」
そう呟くと、彼女はベランダから出て行く。
彼女が最後に放ったそれは、小さな声だが、不思議と聞き取りやすいものだった
こちらに顔を見せることなく立ち去って行き、その後には甘い匂いが残った。
その匂いが鼻をくすぐった瞬間、すぐに夜風がその匂いを吹き飛ばし、肺が新鮮な空気で満たされる。その空気の冷たさで身体の内部が冷やされ、意識が覚醒されていく。
俺はそのままベランダで夜空を見上げた。
星の煌めきを見ていると心が落ちついてくる、その光を見ているとすべてが整然となっていくように思える。
魔物との戦闘で高揚していた体と心、それが冷やされて整理されていく。
今の会話で乱された心が、静かに落ち着きを取り戻していく。
そうして見えてくる心の動き。
夜風に整理され沈黙しながらも、どこかそわそわしているその心。
ネット小説の様に何故か転生して異世界に来、リア中パーティーに入ってしまった俺。
でも、テンプレのそれのように俺TUEEEで活躍して称賛の嵐でもないし、何故か異様に女性に好かれてハーレムを築くわけでもない。でも、そんな事がなくても、そんな予定調和がなくても、俺はそこそこ今の環境に満足していた。
異世界に来たからといって、現実とそれ程変わる訳はないだろうと思っていた。それは連続して続くもので、いきなりリセットされるものではない。それは異世界にきても、チート能力も得ても変わらないだろう。
だから、今いる仲間と過ごしながら、少しづつこの世界を事を知り、現実に戻る手がかりを探そうと思う。
今夜は初めて魔物を倒した夜。
星が煌くどこまでも開けた空の下。
夜風が乱れた髪と着なれない服を揺らす中、思った。
俺達の冒険は、こうして始まるのだろうと。
【1章 転生と始まり 終了】




