1.四つの障壁、四つの限界突破
これは何者でもなかった男子高校生が、乳搾りに一夏を捧げた青春の記録である。
「そうだ! 北海道へ行こう」
当時十八歳の僕はエネルギーを持て余していた。
部活を早々に引退し、友達と飲んだくれる毎日を送る中。青い焦燥感に駆られていた。
『俺はこんなもんじゃねえだろ』
静かに、それでいて熱く燻らせていた。
ウチは貧乏だったから、高校卒業と共に就職することが決まっていた。
だからだろう。モラトリアムが終わるまでに、何かどデカいことをしてみたかったのだ。
導き出された答えが──。
「そうだ! 北海道の酪農場で働こう!」
われながら訳の分からない奴である。
ではでは僕という男の自己紹介。
僕はとっても動物が大好きである。
それも大きければ大きいほど垂涎だ。
小さな『かわいい』たちも当然愛しているのだが、男心としては『デッッッカ』に惹かれるのだ。
好きが行きすぎて、馬の牧場でバイトしたこともある。
牛を間近にみたことがあるか?
奴ら、とんでも無く大きいんだぜ。
なにせケツの穴が目の前にくる。
腰の位置があまりにも高すぎる、モデルさながらだ。
顔面もどデカくて、僕の上半身をすっぽりと隠すことができてしまう。
想像よりも倍は迫力があった。
十八のころ、周りが『ゼファー』や『シャコタン』にお熱のなか。僕はある牛に心を奪われていた。
白と黒の斑紋、悠々のししむら、乳牛のシンボル──。
『ホルスタイン』
牛と言われていちばんに想像する、アイツらのことだ。
奴らに触れ合いたい。でも地元に牧場はない。どうせやるなら本場だろ!
かくして酪農の王国、試される大地。
すなわち『北海道』へ挑むのだった。
ここでいくつかの問題が発生する。
どうやっていく?
金がない。
交通手段がない。
住む場所がない。
親が許してくれない。
牧場のツテがない。
最大級の障害、『スマホがない』。
旅立ちは七月初頭。行くと決めたのは六月下旬。ドタバタがすぎる。
万年貧乏学生の僕は、軍資金を用意する時間的余裕がなかった。
金がないから飛行機も手配できず。急遽決めたことだから計画性が無さすぎて親も許してくれず。
関西住みの僕が北海道の牧場にツテなどあるわけもなく。
なによりそれら全てを進めるにあたって必須な、スマホがなかった。
(スマホを契約するお金もなかったから)
普通の人なら諦める。
でも、僕は底抜けにバカだから。
やろうと決めてしまえば、やれるだけの無謀な行動力と、根拠のない自信を持ち合わせていた。
まず第一の障壁として交通費、宿泊場所の確保。
これらを度外視するたった一つの冴えたやり方、僕が考えた秘策こそ。
「ボランティアとして住み込みで働く代わりに、交通費と泊まる場所ぐらい牧場側に出させればいいじゃん!!」
厚顔無恥にも限度がある!!
しかし当時の僕にとって、この考えは理路整然としたナイスなアイデアだった。
第一関門クリア。
第二関門。
親が許してくれない。
本来ならしっかりと話し合い、いかに本気なのかをプレゼンテーションし、双方同意の上で決行する一大プロジェクトだ。
僕はバカだからバカすぎる答えを導き出した。
「事後報告でええやん。どうせ北海道! 怒られたとしても来れへんやろ。行ったもん勝ち!」
親不孝にも限度がある!!
第二関門クリア。
第三関門。
牧場探し。
住み込みかつ、食事付き。絶対に位置がバレない遠方。
さらにいえば親から許可の降りていない高校生を働かせるぶっ飛び具合。
全てをクリアする牧場探しは困難を極めた。
普通に調べても出てくるはずもなく。
ここで僕はバカなりに頭を捻ってみた。
当時、我が日本ではとある施策が取り沙汰されていた。
『外国人技能実習制度』である。
これは発展途上の外国。
主にベトナムやインドネシアから、国際貢献を口実に人材を掻っ攫って。日本人よりも低賃金で労働させるというすっごい制度である。
(あえて露悪的に書いています。凄すぎて2,027年に廃止が決定しました笑)
その制度を活用している牧場は、猫の手ならぬ外国人の手を借りたいほど、人手不足で忙しいわけだ。
なら、こんなにも若くてやる気のある男子、喉から手が出るほど欲しいはず!
ある程度のわがままなら推し通せるはず!
僕は市の図書館にあるパソコンで外国人の受け入れ実績がある牧場を手当たり次第に調べ。
驚異の電凸作戦を決行。
直接電話をかけ、来てもいいよと言ってくれる牧場が引っかかるまでローラー作戦を行い。
何十も断られたのち、どうにか好感触な牧場を引き当てることができた。
『本気で来るなら、交通費と寝床、飯くらいは用意するよ』
そこはネットにも載ってないような個人経営の牧場で。だからこそ僕みたいなやつを匿える? 度量と自由さがあった。
へぇ〜。
この僕に対して、来るなら来てみろと?
いくに決まっているじゃん!
自惚れるにも限度がある!!
第三関門、牧場問題クリア。
最終関門、スマホがない。
僕は現代高校生にしては珍しく、スマホを持っていなかった。
うちの家族は『自分の金で契約するなら好きにすれば?』というスタンスで、素寒貧の僕が持てるはずもなく。
令和時代のくせにテレホンカードを持ち歩いていたレア個体だった。
(友達のおばあちゃんまで電話番号を控えていたんだぜ。待ち合わせのためだけに)
スマホがないと、関西から牧場までの経路も調べられないし。何かあった時の緊急連絡手段もない。
死活問題だ。
でも当時の僕は、とあるスローガンを掲げていたから。
『江戸時代にスマホはなかった! どうにかなるっしょ!』
楽観的にも限度がある!!
最終関門クリア。
いざ北海道へ。
実話です。




