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僕の壁  作者: 吉江 一樹
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第1章 2話

 彼女はその日の出来事の意味を理解してくれたらしく、次の日に部活で顔を合わせても何も言わなかった。健一も、宮部もその後に何が起こるか、その後の話の流れを全て予期していた様に何も言わなかった。

 二年生になった頃に僕は一生懸命にエッセイを書き、校内新聞に投稿し、採用され、新聞に載るようなことも、時々出て来た。僕の其の頃の目標は、健一が小説を投稿し、やすやすと載せる校内新聞に、エッセイでの掲載が、目標となっていたのだった。しかし文芸部の中でもそれぞれが書いた小説、エッセイ、詩などが校内新聞に掲載される人間は少ない。校内新聞の掲載経験者は文芸部の中でも重鎮とみなされるのだった(つまり僕は、高飛車になっていたのだった)。二年になっても恵は専ら女子の読みグループの中で本を読んでいた。ある日、彼女を俯瞰していた僕は、彼女が「どんな本を読んでいるのか?」ふと興味が沸き、面白半分に声を掛けてみた。

「清水さん、面白い本はある?」

「えっ?」

「誰の本を読んでるの?」

「いっ、いっ、今読んでるのは、カッ、カミュ」

「えっ・・・・」僕はドキリとした。誰かの恋愛小説を想像していたのだが、僕は思わず身を引いてしまった。

「随分と難しい本を読んでいるんだね」

「おっ、おっ、面白い、でっ、ですよ」

「日本の小説家は誰が好き?」僕は少し表情を引き締めて聞いた。

「おっ、おっ、大江健三郎」

「随分と難しい小説を読むんだ・・・・」

「恵ちゃーん」

 誰か女性部員が彼女を呼ぶと、彼女は立ち上がり、何も言わずに僕の前から消えた。

 三年生になると僕らは受験勉強が、生活の中心となった。兄は東大の文学部志望だった。一度模擬試験の後に成績表を僕に見せながら、健一が聞いてきた。

「健二お前はどうするんだ?」

 健一は志望大学の合格ランク「A」、第二志望も「A」ランクとなっていた。

「俺はまだ、決めていない・・・・」

 僕は健一と同じ東大は「C」ランク、別な東京の私立大学も「C」ランクだったのだ。


 健一と同じ大学はとても手の届かないレベルだったが、僕は父に頼んだ。

「一浪覚悟で俺も行きたい!」

父は言った

「本当に一浪で行けるのか?」

「行って見せる」なんの根拠もない強気な宣言だった。

 父は当然僕の性格は知っていた。もう半分呆れたように言った。

「まあ、やるだけやってみろ、頑張れや」


 結果は健一が現役で合格したが、僕は当然のように落ちた。ついでに言っておくと宮部も東京の私立の大学、経済学部を落ちた。恵みがどこの大学へ行ったのかは僕は知らない。ひょっとすると、就職したのかもしれないが、僕はもう、全く気に掛けていなかった。

 僕は宮部と一緒に予備校へ通った。通っていた予備校は僕の高校の卒業生がほとんどだった。僕は何故か、健一の弟ということで有名になってしまった。ある女の子からは健一の書いた原稿が、欲しい、などと言われたりした。別の女の子からは、健一の原稿がサイン入りで欲しいなどと言われたりもした。僕は冗談だと思って笑って胡麻化すしかなかった。

 兄、健一と離れて暮らすのは僕は今回が初めてになった。離れて暮らすと、意外にうまくいくもので、今まで感じていたストレス的なものが完全に消えたとは言わないが、減少したような気がしていた。ということは受験勉強には不利なことなのであった。今までの必死さが抜けて、「まあ、そこまででいいか」という気になって来てしまっていた。そこへ宮部が誘い掛けてくるのである。

「お前には国立は無理だよ、俺と一緒に私大の経済に行こうぜ」

僕は「そうだな・・・」、という気になって来てしまっていた。模擬試験でも健一の行った、東大、文学部の合格ランクはどんなに頑張っても、現役の時に「C」だったのが精々「B」である。一方、宮部が誘う私大経済学部だとランクは「A」となっているのだ。僕は迷っていた。この後、必死になって、国立文学部を狙うのか。

 父はそんな僕を見ても全く何も言わない。僕が浪人生活に入ってから、一言も僕に声を掛けなくなったのだった。夕食時に、僕の顔さえ見ない。

 母は時折、10時過ぎに僕の部屋に来た。部屋のドアにノックの音がすると、僕は慌てて読んでいた漫画の本を隠し、机に向かって参考書を広げ勉強をしていた振りをしたが、そんな僕の机の横に、コーヒーを置き、母は言った。

「頑張りなさいよ」

 いつも同じセリフで僕を励ましてくれた。しかし、不思議とこのセリフが僕の心に響くのだった。そして少し甘めの、暖かいコーヒー・・・・。


最後まで御覧戴きありがとうございました。次回一週間後程度に、掲載させる予定です。是非ご覧ください。

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