3話目 演算処理
駐車場の隅。容赦ない直射日光がアスファルトを溶かし尽くし、陽炎が蜃気楼のように揺らめくその場所に、岩田はいた。
しゃがみ込み、地面に這いつくばるようにしているその男の髪は、たった数週間で老人のように真っ白に変色していた。泥だらけのパジャマの膝は擦り切れ、左目には薄汚れたテープがバツ印に貼られている。
岩田は、削れて指先ほどの短さになったチョークを握りしめ、溶けそうなアスファルトの上に狂ったような速度で「何か」を書き連ねていた。チョークを持つ爪はめくれ血が滲んでいる。
「……課長」
山本が声をかけても、岩田はピクリとも反応しない。ただ、ブツブツとノイズのような音を喉から漏らしながら、アスファルトの上に、びっしりと異常な記号群を描き続けている。
山本は、その足元に広がる数式を直視できなかった。
日本語でも英語でもない、今まで見たことがない記号が、おぞましいほどの緻密さで羅列されていた。それを見た瞬間、山本の脳内で警鐘が鳴り響いた。これ以上見てはいけない。これを見れば、自分の中の「当たり前の日常」が音を立てて崩れ去ってしまう。
本能的な恐怖が、山本の両足をすくませた。
「……帰りませんか、課長。もう、いいんですよ」
山本は震える声で空虚な言葉を投げかけ、返事を待った。セミの鳴き声と岩田の削るチョークの音だけが響き、山本は怖くなり逃げるように背を向けた。
足早に病室へ戻り、ひどくやつれた奥さんに「大丈夫ですよ、きっと良くなりますよ」と、自分でも吐き気がするほど中身のない慰めの言葉を並べ立てる。山本はただ、この異常な現実から一秒でも早く逃げ出したかった。
一方、炎天下の駐車場。
岩田の血のにじむ指先は、狂気の数式を紡ぎ続けていた。
壊れた岩田の書いた、その羅列された未知の記号の末尾に、岩田は『YAMAMOTO』という文字列を加えた。
そこで一瞬だけ、チョークが止まる。
岩田の感情のない右目が、一度だけ虚無の空を瞬きする。
そして彼は再び、削れた指先でアスファルトに冷たい数式のノイズを刻み始めた。




