表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第8話 早送りの海

※第8話は空白十年編の最終話です。

由比ヶ浜の編集仕事から、

結衣が”yui_“アカウントを十年ぶりに復活させます。

同窓会グループで、

ついに《黒川悠真》の名と再会。

◇◇◇ 水野結衣side ◇◇◇

十年目の夏、私は由比ヶ浜の編集依頼を受けた。

依頼主は地元の観光協会。

古いVHSテープをデジタル化し、プロモーション動画に使いたいという。

机の上に積まれたテープを再生する。

ノイズ混じりの映像に、波と笑顔が映る。

八月十五日の海水浴客、花火の光、砂浜の喧騒。

どれも、どこか懐かしい。

作業中、ふと手を止めた。

画面に映る階段、海へ降りる人影。

十七年前の自分の姿が、一瞬だけ重なる。

私は深呼吸して、再生を続ける。

波音がスピーカーから流れ、部屋を満たす。

——早送りみたい。

あの夏から、ずっと早送りしてきた。

夕方、依頼主から追加の指示が来た。

「由比ヶ浜の夕焼けシーンを強調してほしい。」

テープを巻き戻し、十七時のカットを抜き出す。

画面の隅に、時刻表示がちらつく。

17:19、17:20、17:21。

胸の奥で、波音が鳴った。

私は一時停止して、立ち上がった。

スマホを取り出し、SNSアプリを開く。

“yui”アカウント。

三年生の頃に作って、ほとんど使わなくなったまま。

プロフィールは空っぽで、最後のリツイートは数年前の海の写真。

ログイン画面で指が止まる。

パスワードを打ち込む。

古い文字列が、指先に蘇る。

ログイン成功。

タイムラインは埃をかぶったまま静かだった。

私は由比ヶ浜の編集シーンをスクショして、投稿した。

キャプションは入れない。

ただの画像だけ。

投稿ボタンを押すと、かすかな達成感があった。

その夜、真帆に連絡した。

『yui、復活させた。』

すぐに返信が来た。

『おかえり。どうして今?』

『由比ヶ浜の仕事してたら、懐かしくなって。』

『17時21分、見た?』

『うん。編集素材にあった。』

真帆からの返信は、少し遅れた。

『気をつけてね。時間は、触ると動きたがるよ。』

私は笑ってスマホを伏せた。

彼女の言葉は、いつも少し先にある。

翌朝、SNSを開くと通知があった。

クラスグループの招待リクエスト。

同窓会の告知アカウントから。

『201X年卒業生同窓会!

 一次会:鎌倉駅近く居酒屋

 二次会:由比ヶ浜にて花火大会!

 参加表明お待ちしてます♪』

グループに参加する。

メンバー一覧をスクロールする指が、ふと止まった。

《黒川悠真》

名前が、リストの中にあった。

プロフィール写真はぼやけている。

最後の投稿は、数年前の風景。

心臓の鼓動が、少し速くなる。

十年ぶりの名前。

でも、変わらない響き。

私は深呼吸して、画面を閉じた。

通知の赤い点が、静かに点滅を続ける。

昼、仕事の続き。

由比ヶ浜のテープを早送り再生する。

花火のシーン、笑顔の人波、海面に反射する光。

どれも鮮やかで、でもどこか遠い。

作業を終え、依頼主にデータを渡す。

「夕焼けの光、きれいに仕上がりました。」

「ありがとう! これで観光PRもバッチリだよ。」

帰り道、スマホを握りしめる。

同窓会グループのトークルームが、静かに賑わっている。

『誰か幹事やってくれる人〜』

『二次会花火楽しみ!』

名前が流れる中、《黒川悠真》のアイコンがちらりと見えた。

既読がついていないメッセージ。

私は参加表明のスタンプを押した。

小さな音が鳴り、グループに溶け込む。

夜、アパートの窓辺で海の編集動画を再生した。

由比ヶ浜の波音が、スピーカーから流れ出す。

十七年前の自分と同じ光景。

スマホの通知が光る。

グループに新着メッセージ。

誰かが写真を投稿した。

由比ヶ浜の夕焼け、同じ角度。

私はそれを、リツイートした。

——早送りしてきた十年。

ようやく、巻き戻しを止めたのかもしれない。

波音が、夢の中だけに聞こえなくなった気がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

空白十年編、全8話完結。

結衣が過去の早送りを止め、

現代のSNSで悠真と再接続しました。

次章『再会前夜編』では、

同窓会前夜の心理戦と、

17:21の真相が徐々に明らかになります。

感想・ブックマーク、いつも励みになっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ