第8話 早送りの海
※第8話は空白十年編の最終話です。
由比ヶ浜の編集仕事から、
結衣が”yui_“アカウントを十年ぶりに復活させます。
同窓会グループで、
ついに《黒川悠真》の名と再会。
◇◇◇ 水野結衣side ◇◇◇
十年目の夏、私は由比ヶ浜の編集依頼を受けた。
依頼主は地元の観光協会。
古いVHSテープをデジタル化し、プロモーション動画に使いたいという。
机の上に積まれたテープを再生する。
ノイズ混じりの映像に、波と笑顔が映る。
八月十五日の海水浴客、花火の光、砂浜の喧騒。
どれも、どこか懐かしい。
作業中、ふと手を止めた。
画面に映る階段、海へ降りる人影。
十七年前の自分の姿が、一瞬だけ重なる。
私は深呼吸して、再生を続ける。
波音がスピーカーから流れ、部屋を満たす。
——早送りみたい。
あの夏から、ずっと早送りしてきた。
夕方、依頼主から追加の指示が来た。
「由比ヶ浜の夕焼けシーンを強調してほしい。」
テープを巻き戻し、十七時のカットを抜き出す。
画面の隅に、時刻表示がちらつく。
17:19、17:20、17:21。
胸の奥で、波音が鳴った。
私は一時停止して、立ち上がった。
スマホを取り出し、SNSアプリを開く。
“yui”アカウント。
三年生の頃に作って、ほとんど使わなくなったまま。
プロフィールは空っぽで、最後のリツイートは数年前の海の写真。
ログイン画面で指が止まる。
パスワードを打ち込む。
古い文字列が、指先に蘇る。
ログイン成功。
タイムラインは埃をかぶったまま静かだった。
私は由比ヶ浜の編集シーンをスクショして、投稿した。
キャプションは入れない。
ただの画像だけ。
投稿ボタンを押すと、かすかな達成感があった。
その夜、真帆に連絡した。
『yui、復活させた。』
すぐに返信が来た。
『おかえり。どうして今?』
『由比ヶ浜の仕事してたら、懐かしくなって。』
『17時21分、見た?』
『うん。編集素材にあった。』
真帆からの返信は、少し遅れた。
『気をつけてね。時間は、触ると動きたがるよ。』
私は笑ってスマホを伏せた。
彼女の言葉は、いつも少し先にある。
翌朝、SNSを開くと通知があった。
クラスグループの招待リクエスト。
同窓会の告知アカウントから。
『201X年卒業生同窓会!
一次会:鎌倉駅近く居酒屋
二次会:由比ヶ浜にて花火大会!
参加表明お待ちしてます♪』
グループに参加する。
メンバー一覧をスクロールする指が、ふと止まった。
《黒川悠真》
名前が、リストの中にあった。
プロフィール写真はぼやけている。
最後の投稿は、数年前の風景。
心臓の鼓動が、少し速くなる。
十年ぶりの名前。
でも、変わらない響き。
私は深呼吸して、画面を閉じた。
通知の赤い点が、静かに点滅を続ける。
昼、仕事の続き。
由比ヶ浜のテープを早送り再生する。
花火のシーン、笑顔の人波、海面に反射する光。
どれも鮮やかで、でもどこか遠い。
作業を終え、依頼主にデータを渡す。
「夕焼けの光、きれいに仕上がりました。」
「ありがとう! これで観光PRもバッチリだよ。」
帰り道、スマホを握りしめる。
同窓会グループのトークルームが、静かに賑わっている。
『誰か幹事やってくれる人〜』
『二次会花火楽しみ!』
名前が流れる中、《黒川悠真》のアイコンがちらりと見えた。
既読がついていないメッセージ。
私は参加表明のスタンプを押した。
小さな音が鳴り、グループに溶け込む。
夜、アパートの窓辺で海の編集動画を再生した。
由比ヶ浜の波音が、スピーカーから流れ出す。
十七年前の自分と同じ光景。
スマホの通知が光る。
グループに新着メッセージ。
誰かが写真を投稿した。
由比ヶ浜の夕焼け、同じ角度。
私はそれを、リツイートした。
——早送りしてきた十年。
ようやく、巻き戻しを止めたのかもしれない。
波音が、夢の中だけに聞こえなくなった気がした。
お読みいただき、ありがとうございます。
空白十年編、全8話完結。
結衣が過去の早送りを止め、
現代のSNSで悠真と再接続しました。
次章『再会前夜編』では、
同窓会前夜の心理戦と、
17:21の真相が徐々に明らかになります。
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