12.最終話
逃げるように、自室に戻った。
「ほんとどういうことよ。なんで誰も、私に聞いてくれないの」
私は一応当事者なんですけど?
勝手に当事者になってたんですけど?!
「こんなの絶対嫌だし!」
クローゼットを開けて、持ってきたばかりの旅行用の鞄にまた荷物を詰めていく。
****
私はベッドから起き上がった。
荷物を詰めた後、仮眠のためにベッドに入ったが結局一睡もできなかった。
だが不思議と眠くはなかった。むしろ、神経が研ぎ澄まされているような感覚だ。
窓の鍵を、静かに外した。窓枠に手をかけて、外を見渡す。
空はまだ暗く星が瞬いていて、東の空がほんの少しだけ白み始めていた。
見下ろすと、大きな木がある。
幼い頃、こっそり城を抜け出す時に使っていた木だ。
私は下に誰もいないことを確認し、鞄を落とした。
「リリア」
「!!!」
声が出なかった。
軽々と鞄を受け止めた彼――アシュレイは、窓の大きな木にの傍にたちこちらを見上げている。
(なんでそんなところにいるのよ?!)
見上げる浅葱色の瞳が月の光を反射して淡く光っている。
黒髪が風に揺れてその整った顔を縁取っていた。
「どこか行くの?」
彼は首を傾げた。その仕草があまりにも自然で。
まるで散歩で偶然出会ったかのような軽い口調。
でも彼は疑っているようには見えなかった。
むしろ少し心配そうな顔をした。
「まだ暗いよ。危ないから僕も一緒に行こう。
降りるの、手伝うよ」
そう言って、彼は手を伸ばしてきた。
「い、いえ、大丈夫です。一人で降りられます」
「それにしても大きな荷物だね」
そう言ながら手に持っていた鞄を不思議そうに見て、そしてこちらに目線を向けた。
その声には非難はなかった。ただ、純粋な疑問。
「これは…その…」
私は言葉に詰まった。
彼は、私をじっと見つめていた。
そしてふっと微笑んだ。
「まあいいや。とりあえず、そこにいてね」
そういうやいなや、彼はさっと木を登る。
そして、窓の枠に足を掛けて部屋へ入ってきた。
「…あ、ごめん。お邪魔して良い?」
「どうぞ」
この状況で嫌とは言えない。
私は彼から受け取った鞄を横に置いた。
「ここが君の部屋なの?」
「ええ、幼い頃から変わりません」
「嬉しい……」
「んんっ、一応レディの部屋ですよ。」
「――ずっと楽しみにしてたんだ。君との結婚を」
視線を私に戻した彼は屈託のない笑みを向けてくる。
(そんなこと言われても)
私は、思い切って聞いた。
「殿下は…私に結婚したいと言いましたか」
彼は少し考え込むような顔をして――
「昔、言ったよ」と答えた。
「昔?」
「子供の頃に。僕、リリアちゃんに言ったよ。
『大きくなったら結婚式しようね』って。何度も」
「……」
私の頭の中で、記憶を辿る。でもそんな記憶はなかった。
あるのは彼をボコボコに殴った記憶ばかり。
「新居の話を聞いたでしょう?」
「新居の話は聞きました」
私は必死で言った。
「でも、それが結婚だとは――」
「そうなの?」
彼は本気で驚いたような顔をした。
まるで信じられないとでも言うように。
「私は研究所に行くつもりでした」
私は声を振り絞った。
「それに婚約なんて、とっくになくなった話だと思っていましたっ」
彼は首を傾げた。
その顔に、初めて――悲しみの色が浮かんだ。
「どうして……? 僕達は番なのに」
その声は小さく震えていた。
「番……?」
「ほら」
彼は私の手を強く握った。
その瞬間――
ふわっと何かが溢れ出た。濃密な花のような蜜のような香りだ。
体の芯から湧き上がってくる。
私の体から、そして彼の体からも。
二つの香りが混ざり合って空気を満たす。
「あ……」
私は息を呑んだ。この匂い知っている。
遠い昔、彼を殴った時にいつも嗅いでいた。
当時は何の匂いか分からなかった。
これは番のフェロモン。
お腹の奥に熱が籠もった。
体が熱くなり頬が火照る。
彼の顔も真っ赤に染まっていた。
浅葱色の瞳が、艶めいて熱っぽく潤んでいる。
私はばっとその手を離した。
「……外でだと、少し障りがあるから」
香りが少しずつ薄れていく。
でもまだ体の奥に熱が残っている。
「我慢していたんだ」
彼は顔を背けて言った。その耳が真っ赤だった。
「学院でもできるだけ触らないようにしてた」
「だから人前では離れていたの?」
「うん、人前でこうなっちゃうから。
それに君のそんな可愛い顔見せたくないし」
「子供の頃は、まだフェロモンが弱かったから平気だったんだけどね。
だから僕、よく君に抱きついていたでしょう?」
その言葉を聞いて――私の頭の中で、記憶が蘇った。
幼い頃、彼はいつも私に抱きついてきていた。
「リリアちゃん、好き」
そう言ってぎゅっと私を抱きしめた。
だけど小さくてか弱そうな彼を番だとも男だとも認識していなかったからそういう意味だとは考えてなかった。
「それに君も熱烈に愛してくれていたし……。
だからずっと寂しかった」
――熱烈な愛……???
頭の中が真っ白になった。
抱きついてきた彼を鬱陶しいと引っ剥がしてそしてボコボコに殴っていたというのに?
幼い頃の彼との記憶はそんなろくでもない記憶しかないというのに。
「あ、あれが…?」
「君、すごく激しかったから。僕、すごく嬉しかったよ。」
(言い方……! あれが嬉しかった…? めちゃくちゃ泣いてた気がする)
私の価値観が崩れていくのを感じた。
「でも少し痛くて。泣いてごめんね。
母上に叱られたよ。僕が弱いから痛いんだって。」
いやいやいや、私が言うのもなんだけどおかしい。あんたも母親も。
「あんたは人前で私の事無視してたでしょ! それで番だなんておかしいでしょ!」
「それは君が、『みんなの前で話しかけないで』って言ったからそうしてたんだけど、
もしかして話しかけてよかったの?」
私の頭の中で記憶が蘇る。
オークの血が騒いで、イライラしていた時。
彼が人前で話しかけてきて恥ずかしくなってつい――。
『みんなの前で話しかけないで!』
『ええっ! そんな、待ってリリアちゃん』
『ついてこないで』
『ね、それっていつまで……? いつまでなの? 淋しいよ』
『あんたが大人になるまでだ!』
そして、そこで彼の顎と鳩尾に拳をクリティカルヒットさせたような。
「うぇえん、リリアちゃんっ、長すぎるよっ。待ってよぉ」
それでも起き上がって後ろを追いかけて来たっけ。
(思い出した。言ったわ……。)
彼は、それをずっと何年も守り続けていた。
私は何も言えず、頭を抱えた。
「嬉しいなぁ。君が変わってなくて良かった」
「あ……」
(あー、あー、なんかもういい。
いや、番だとかそんなの横に置いて、こいつと結婚できる?
無理でしょ……。
イカれてるし、話通じないし、ストーカーだし!!!!)
「結婚はお断りだ!!!」
END
続きません。
お読みいただきありがとうございました。
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ざっくりふわっとした設定
■アシュレイ
幼い頃は魔力は平均並で「弱かった」。しかしそれは魔界の王になる基準からの評価。
彼は身体能力も魔力も上位の魔族の種族である。この時からリリアに勝てるだけの力は十分あった。
アシュレイにとってリリアの愛(?)の暴力は受け止めるべきもの。当然痛いが体へのダメージはあまりない。
外堀を埋め、盛土をし、空高く塀を建てるタイプ。
リリアへの愛がカンストしている。
学院に入学する必要も無いのに入学したのはもちろんリリアに会いたい一心である。
リリアは自分がモテないと思っていたが、幼少期の頃からアシュレイが手を回して排除してきたから。
「リリアちゃんは僕の番だよ。……お前、死にたいの?」
ストーカー気質と思い込みが激しいのは彼の性格。
弁明すると、彼の頭のネジが外れてイカれているのはリリアの事だけ。
■リリア
エルフとオークの混血。
幼い頃はオークの本能が強く現れ、常に興奮状態で癇癪を起こした。
大人になるにつれエルフの血が色濃く現れ、容姿はエルフとほぼ変わらない。
オークの本能が次第に落ち着くと、自分のしていたことにショックを受け、心をやんでしまった。
幼少期の記憶は薄く、また心を病んでいた期間の記憶が無い。その為、アシュレイと番であることも忘れてしまっていた。
■あれやこれや
両親に連れられてリリアの国に訪れたアシュレイが一目惚れして一方的にリリアを好きになり無理やり番にした。どういうことがあったのかはもちろん《なろう》では書けないこと。
性に未熟だったリリアは綺麗な男の子に負かされたと思って何をされたのかあまり事の重大さを分かってなかった。
リリアか病んでしまった後、リリアの両親は、リリアのことは忘れて欲しいとアシュレイの両親やアシュレイに話していたが、
アシュレイは、「生涯たった一人の番なのに、忘れられるわけが無い。
番が病んでしまったのは自分が不甲斐なかったせいもある。」と、リリアが回復するまで距離を置くことにした。
彼が言った【人前で話しかけないで】を守っていたというのは嘘。単に番の反応を誰にも見られたくなかっただけ。
学院でアシュレイと会って問題ないなら結婚させると、両家との間で既に決められていた。
アシュレイは当然彼女が受け入れなくても彼女を必ず娶ると決めていた。
ん? この後2人はどうなったかって?
そりゃ喧嘩しながら(リリアが一方的に怒り何度も逃亡を企て失敗)、幸せに暮らしたに決まってるよ!




