第一話:剣と魔法と迷宮と (1)
貿易街道の途中、宿屋街の古びた一軒。その二階の中央の部屋に置かれたベッドの中で、アイン・スレッドはその時、熟睡しきっていた。夢の中で、絶世の美女数人に囲まれて、今まさに男にとって至上の喜びに浸ろうとした瞬間だった。
「!」
うなじから背筋にかけて、電撃のような悪寒が走った。突きささるような殺気を感じて目が覚めた。とっさに目を開いた、その目前に、わずかに湾曲した細い鋼の光沢が見えた。それが、剣の刀身であり、剣先は自らの鼻先に突き付けられていると悟った瞬間、アインは気合いの一声を聞いた。
「アイン・スレッド、覚悟!」
「ぬわっ!?」
まさに顔面に剣が突き立てられる刹那、アインは身をよじって、辛うじてその一撃をかわすと、ベットから転げ落ちた。剣先は、枕を無残にも切り裂いた。
「おのれ!」
寝込みを襲ったその犯人は、舌打ちしつつ、アインを追う。アインは壁に立て掛けてあった愛用の剣を取り、その鞘で背中から斬り付けた相手の二撃目を防いだ。
「だ、誰だ、一体? 人がいい夢、見てるときに!」
「我等が恥辱の恨み! 今日こそは!」
「な!? ディオーヌ! またお前かよ!」
アインはようやく暗闇に目が慣れてきた。今、自分自身に斬り付けている相手を見て、うんざりとした気分になった。
相手は、その透き通るような青い瞳に殺気をみなぎらせて、アインを睨んでいる。そんな怒りの形相でも、その顔の美しさは変わらない。今まさにアインを斬り殺そうとする者、それは先程のアインの夢の中の美女達にも、決して引けを取らない程の美女である。
「お前を殺すまで、私達に安息はない!」
「美人に迫られるのは光栄だけど、迷惑なんだよ! そういうの!」
アインは力任せに、女暗殺者を押し返した。ディオーヌは二、三歩よろけて下がったものの、直ぐさまファルシオンを構える。
「よくも、ぬけぬけと!」
アインはため息をついた。三日前、苦労のうえ、国境近くの森の中でようやくまいたと思っていた追跡者が再び、目の前に現われたからである。
「あのなぁ、あんなことぐらいで、命狙うか? 普通よ?」
その言葉を聞いたとたん、ディオーヌの顔が真っ赤に染まった。剣を持つ手が、怒りに震えた。
「あんなことをしておいて……絶対に許しはしない! フィオーヌ!」
ディオーヌが叫んだ瞬間、部屋の窓が突然、開け放たれた。そこから猛烈な突風が、部屋の中に吹き込んでくる。
「ぐっ!」
アインは風によって壁に押しつけられ、身体を動かすどころか、息も出来ない状態になった。窓の外で、もう一人の女が空中に浮かび、杖を構えているのが見えた。見た目には、ディオーヌと瓜二つの顔をしたその女性、フィオーヌのその口が呪文を紡ぎ、右手で空中に複雑な魔法陣を描きだす。
「……レグレメイアス……アルーフ……我が召喚に答え、その姿を現せ。炎の精霊たちよ!」
空中のフィオーヌの周りに、赤々とした炎の玉がいくつも出現した。やがてそれは彼女の前で一つになる。
「ちょっ、ちょっと待て!」
アインは叫んだ。だが、それは虚しい願いである。
「精霊魔法、ファイア・ジャベリン!」
フィオーヌの指差す先……アイン目掛けて、炎の玉は巨大な槍に変化して、突進した。
「うわぁぁぁ!」
炎の槍は、部屋の中に突入し、爆発して弾けた。その直前、ディオーヌは窓から外へ飛び出していた。部屋の窓が、ベッドが、扉が、そして天井が、爆発してバラバラに四散した。
「やった!!」
地面に着地したディオーヌが、部屋のあった二階部分を見上げて聞いた。
「ダメよ。逃げられたわ!」
フィオーヌは、部屋の跡に、アインの死体がないことに気付いていた。
「一体、何処へ!?」
その時、アインは宿屋の裏にある、馬小屋の屋根を突き破って、そこに積んであった干し草の固まりの中でもがいていた。炎の槍が部屋に突入する瞬間、風の束縛がゆるんだ。その隙に、アインは廊下側の窓から外へ脱出したのだった。しかし、着地のことまでは考える余裕がなかった。頭からまっさかさまに干し草の中に落下したのだ。
「畜生! あの姉妹、いつか裸にひん剥いて、仕返ししてやる!!」
手足をジタバタさせながら、アインは叫んだ。
「そういう台詞は、今の状態から脱してから言うべきだな……」
落ち着いた男の声が何処からともなくした。
「うるせぇ。ああなる前に危険を知らせろよな、ロムナイト」
アインはようやく干し草の中から脱すると、愛用の剣に向かってそう言った。
「私にはお前の安全を監視する義務はない」
剣の柄頭にはめ込まれている青い水晶球から、その素っ気ない返事が帰ってきた。
「たく、あの姉妹といい、お前といい。俺の周りには、ロクなのがいないぜ」
「因果応報……。全ての元凶は自分自身にあるのだから、文句は言えまい?」
「ぐっ……」
アインは二の句がつけなかった。確かに狙われる原因に覚えはあるからだ。
「自らの行いのツケは払わねばな」
ロムナイトの言葉は容赦ない。アインは誤魔化すように辺りを見回し、よさそうな馬を見付けると、その背に跨がった。
「盗むのか?」
「この際、馬一頭ぐらい、ケチくさいことは言いっこなしだ」
「この様な輩が、我が担い手とは……嘆かわしい」
「何とでも言えよ」
アインはぶつぶつ言い続ける剣を腰に帯びると、馬を走らせた。夜の闇にアインは飛び出し、街並を一気に走り抜けた。
「逃がしはしない!」
「げっ!」
アインが街を出たとき、後方から追いすがってくる一頭の馬に気付いた。
「しつこい!」
「フィオーヌ、あいつの足を止めて!」
ディオーヌの声に、フィオーヌが頭上に杖を振り上げ、呪文を詠唱する。
「……サムルセイダ……レイテス……」
「魔法が来るぞ」
いち早くそれを察知したロムナイトが、アインに注意を促した。
「ちっ!」
アインは道を外れると、林に向かって馬を走らせた。ディオーヌも直ぐ様、それを追う。
「……ラグナレス……怒れし雷の子らよ。風をともないて舞え!」
ディオーヌは更に馬に拍車をかけて追いすがる。その頭上に青白い雷光が集中していた。
「ライトニング・ストーム!」
アインの背中目掛けて、渦巻く雷光が襲いかかった。
「当たるかよ!」
アインは馬を右に巡らせて避けたつもりだったが、雷が馬の足元に命中し、驚いた馬がアインを振り落としてしまった。背中から地面に叩きつけられて、地面に転がった。
「がはっ!」
痛みに顔をしかめながらも、立ち上がったアインの目に、猛烈な勢いで走ってくる馬と、その上で剣を振り上げたディオーヌの姿が飛び込んできた。
「たぁ!」
アインは剣を抜いて、ディオーヌが振り下ろした一撃を弾いた。
「くぅ!」
馬のスピードに、ディオーヌの力を加えたその一撃は、アインをもってしても、防ぐのが精一杯だった。アインは弾き飛ばされて、再び倒される。
「くそっ、やってくれる!」
走り抜けた馬から、姉妹が飛び降りた。
「ここがお前の墓場だ!」
「言うねぇ……」
アインは剣を頼りに立ち上がると、正眼に構えた。
「女を殺すのは、趣味じゃないんだが……こうも、しつこいんじゃな!」
「望むところよ!」
同じようにディオーヌもファルシオンを構える。その後でフィオーヌが呪文を唱えていた。
「……イルーシャ……ヘイメル……炎の輝きよ、かの剣に宿れ。鋼と魔を断つ力となれ!」
ディオーヌの剣が、炎をまとって輝いた。炎の精霊がディオーヌの剣に宿ったのである。
「魔法剣!?」
「これで、お前も終わりだ。我が一族の掟にしたがって、お前を殺す!」
一度、ディオーヌが大きく剣を振った。赤い軌跡が、夜の闇に浮かび上がる。
「ふん、もう聞き飽きたぜ、その台詞」
アインは言い放ってから、右手で柄を持ち、左手でその刀身を持って、顔の前で剣を真横に構えた。
「はあぁぁぁ……」
深く長く、アインが息を吐き出す。すると、長剣の刀身に、複雑な模様が浮かび上がった。
「何!?」
「こっちにも、『とっておき』はあるんだぜ」
アインの長剣が、ほのかな光を放ち始めた。ディオーヌの『炎の剣』に比べれば、それはあまり派手な光ではない。
「そんなモノ!」
ディオーヌは臆する事無く、斬りかかってきた。アインはその上段からの剣撃を、斜め下から斬り上げる形で、受けとめる。鋭い金属音が、夜の林に鳴り響いた。
「防いだ!?」
フィオーヌは驚きの声を上げた。魔法の力を宿した、ディオーヌの剣が通じない。それどころか押されている。
「うらぁ!」
アインが力任せにディオーヌを押し返した。ディオーヌの体勢が崩れる。
「危ない!」
フィオーヌが思わず、二人の間に飛び込んだ。
「フィオーヌ!?」
「おいおい、杖なんかで、俺とヤリ合おうってのか?」
嘲ら笑ってアインは剣を突き付けた。だが、フィオーヌは負けじと睨み返す。
「……アムサスト……」
剣士の目の前で、フィオーヌは詠唱を始めた。それは自殺行為にも思えた。
「甘いな!」
案の定、アインが大人しく待っているはずがなかった。間合いを詰めて、フィオーヌに斬りかかる。
「やらせない!!」
素早くフィオーヌの前に出た、ディオーヌがその一撃を受け止める。
「どけ!」
「……ウイムセース……ファナウリス……水の精霊よ! 渦巻く奔流の鞭と化せ。邪なる力を退かせよ!」
フィオーヌの身体の周辺から、鞭のように伸びた水の流れが幾筋も現われる。それはまるで意志を持っているかのように、アインに襲いかかった。
「くっ……何!?」
それはアインの胸や腹に叩きつけられ、アインの身体が飛ばされた。後にあった、岩にアインは激突した。水の鞭は更にその身体を打ち付け、彼の背後の岩をも崩した。
「これで!」
ディオーヌがチャンスとばかりに、体勢の整わないアインに剣を突き出した。その変化にいち早く気が付いたのはフィオーヌだった。アインが叩きつけられた岩に亀裂が走っていたのだ。
「だめよ、ディオーヌ!」
だが、その声も遅かった。ディオーヌの突きをアインが抱え込むようにして受けとめたとき、二人の体重に耐えきれない岩肌が崩れ落ちた。そこは、岩盤が薄くなっていたのだ。その奥には大きな空洞が口を開けていた。二人の身体がその中へ落ち込む瞬間、フィオーヌはディオーヌの腰に手を回したが、その勢いを止められるはずもなかった。結局、フィオーヌまで引きずられる様にして、その闇の中へ落ちてしまう結果となってしまった。
「うわぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁっ!!」
三人の悲鳴も、闇の中へと吸い込まれ、何処までも続く闇の中を三人は、絡み合いながら落ちて行った。




