8 微笑みの"偽"優男貴族
ぽけーと魂が抜けている間に、私はメイド長に連行されていた。
「さぁ、入って」
(あぁ、きっとここで辞表を書かされるんだわ…そして母上にぶっ殺される。短い人生だった…)
「……それではメイド長、今までありがとうございました」
「……?何を言っているの?あなたに来客がいらっしゃるのよ」
「え?」
「……何と勘違いしてるのか分からないけどとりあえず、入ってちょうだい」
そう言うと、メイド長は目の前の分厚い扉キィと押し開けた。
「……久しぶり、クレア。待っていたよ」
「!アイザック……様!?」
ソファに腰掛け、長い脚を優雅に膝を組んでいる彼の名はアイザック・フィオフォース。この国の最高位貴族フィオフォース家の長男だ。
彼は深い紺色の長い髪を一つにくくり、上品なグレーの瞳をしている。そして目元は優しげに下がっていて令嬢の間で"優男"と人気が高い。
アイザックはクレアの2歳年上で昔から優秀で次期宰相になるのではないかと噂されている人物だ。
なぜそんな高位の人と没落令嬢のクレアが知り合いなのかというと、単純にクレアの母と彼の母が仲が良く、幼少期に頻繁に会っていたから。
「クレア、君に直接話したいことがあって来たんだよ。……あぁ、メイド長さん、僕のためにどうもありがとう。もう大丈夫だから、仕事に戻っていいよ」
「まぁ、そんな…。では失礼致します」
貴族きっての優男と呼ばれるその美しい顔がにこり微笑むとメイド長は頬を赤く染め、そそくさと出ていった。
(……皆この微笑みにまんまと騙されているなぁ)
このニコニコと笑う彼は外から見たら好青年。しかし、彼の本性はもっと違うのを私は知っている。
彼女が遠ざかるのを確認すると、彼はバンと机を叩き、立ち上がった。
「単刀直入にいう、俺は優秀だからこの国の次期宰相になるんだ!」
相変わらずの自信満々な様子は優しげな顔立ちに似合わず、せっかくの美形も台無しである。
「…そうですね」
とりあえず合図ちを、うっておく。いつも通りだ。
「でも、現状では次期王はあの全てがだめだめなオーディン王子がなるだろう。そうなったらこの国はもう終わりだ。今もあのアホ国王で国民の支持が下がりつつあって、危ういのにこれは俺にとって喜ばしくない」
……こんな毒を混ぜたような暴言を吐く彼をみたら"彼を宰相に"と押していた臣下たちも推薦を取り消し、彼に恋い焦がれていた全令嬢は悪い夢から覚めるだろうか。
まぁ、この毒吐き過剰自信家男が本当のアイザック・フィオフォースであるのだが。昔からこうやって2つのアイザックを使い分けてうまく生きているのがこの男。
やっぱり期待される分だけ自信がつくのか年々自信家になってしまって今では可愛げもない。……と言っても彼は本当に何でもできる優秀な人だからぐうの音もでないのだけど。
「そこで、クレア、君に2つ提案がある」
「はぁ、何ですか…?」
「ポンコツ第一王子と結婚するか、死んだはずの第二王子の専属メイドになるか、どちらか選んでくれ!」
(………え?)
「ちょちょちょ!ちょっと待って、さすがに急すぎると思うんですけど…!」
「何を言ってるんだ。俺の話しっかり聞いていたか?だから…」
「聞いてました!聞いてたから分からないんですよ!!あなたが宰相になるって話からなんで私がポンコツ王子と結婚しなきゃいけなくなるんですか!」
「……じゃあ、お前はポンコツ王子と結婚を選ぶ、それでいいな?」
「そうじゃない!だいたいもう一つの選択肢の第二王子が…って、え?…第二王子?」
慌てた頭で言い返していたが、冷静になると不思議になる"第二王子"という言葉。我が国には第二王子なんていないはずの存在だ。
「やっと気づいたか…、まったく話は最後まできちんと聞いてほしいものだな」
はぁ………、とわざとらしくため息をつく彼に 長年の知り合いである私でもイラッとしてしまった。危ない、危ない。メイドが来客を殴ったじゃ今度こそ仕事をやめさせられてしまう。
「……でも第二王子って確か既にお亡くなりになったんじゃないんですか?」
確か2年くらい前、持病でこの世を去ったと聞いた。それ以前にもその王子は公の場にはあまりでなかったため彼の存在もよく知らないし、王族のことには興味もを持っていなかったのである。
「一般国民たちにはそう伝えてあるんだ。国王に仕えるもののうち上位の人物はこれを知らされているんだ。俺は一応、王に認められた次期宰相候補だからな。最近、ある人から聞いたんだ。これは確かな情報だ」
「……じゃあなんで亡くなられたなどと嘘が出回っているんですか?王族への不敬罪とかで捕まるでしょう、それは」
"王族不敬罪"それは王族をむやみにけなしたり、貶めたりすると問われる罪のこと。王族絶対主義な国ではないけれど変な噂などのせいで国民の支持を得られなくなったりして反乱が起きたら大変だからとそんな法律ができたのだが。
「そりゃ、王族自ら出した嘘だからな」
(………へ?)